第18話

「むぐ! むぐぐ……」

「どうだ、憲明?」

「……驚いたな」

「むむー! むぎゅ……ぷはっ! はあ、はあ……。いきなり何するんだよ!」

「それはこっちの台詞だ、ガキ。お前が『自分も戦いたい』というから、素質があるか見極めてやったんじゃないか」

「そ、素質……?」


 大きく、ゆっくりと頷く憲明。


「お前、名前は?」

「和也……小野和也だ」

「和也。それに葉月も聞いてくれ。剣矢、そっちにも聞こえているな?」

《ああ。合流まであと二百秒》

「よし。この小野和也ってのは、随分と大変な目に遭ったようだ。瞳が絶望色をしている」


 絶望色? 何だそれは? 自分の知らない日本語かと、頭を捻る和也。


「使えそう、ということだな、憲明?」

「ああそうだ、葉月。ついて来い、和也。お前を歓迎するかどうかは分からんが、戦ってもらうぶんには、それなりの特性を見せてもらわねばな」


 ちょうどその言葉が終わる頃、剣矢が自動小銃を抱えて、こちらに向かって走ってくるのが見えた。


         ※


「そういえばそうだったな、和也。お前の特性が狙撃にある、とドクに見込まれて、狙撃手になったんだもんな」

「まあ、ね。でも――」


 和也は、はあっ、と息をつき額に手を遣った。


「結局、君の父さんには通用しなかった。僕なんかいてもいなくても、一緒なんだ。葉月を助けられなかった」

「馬鹿野郎、葉月はまだ死んじゃいねえよ。縁起でもないことを言うな」

 

 和也はくっ、と喉を鳴らして、ベッドそばの丸椅子に腰を下ろした。やがて嗚咽が響き始める。


 剣矢はそっと上体を折り、寝かされた状態の葉月の顔を見つめた。

 葉月は、剣矢の次にドクの下に集ったメンバーだ。ドクが、自分の立ち会えない現場で指揮をとれるよう、現場指揮官に任命した。

 にもかかわらず、葉月は十分戦っている。だからこそ、和也を銃火から守ることができた。


 そうか。和也はずっと、葉月の姿を姉と重ねて見ていたのだ。


「これじゃあ敵わないよな……」

「……えっ、な、何がだい、剣矢?」

「ん? ああいや、何でもない」


 剣矢は、自分の声が上擦るのを止められなかった。今の『敵わない』と言う言葉、無意識に発したものだが、一体何が敵わないのだろう?

 葉月に対する思慕の念だろうか。って待て待て待て。自分は葉月のことが好きなのか?


 だとしたら、こんなのフェアじゃない。剣矢はそう思った。

 自分の方が前線で戦っているのだから、葉月の気を惹いてしまうのは当然ではないか。否応なしに、和也よりも『葉月に好かれる』という意味で勝ってしまう。


 だが、好かれる『対象』である葉月のことは脇に置くとして、葉月のことを思慕する人間としての立場はどうだ? 自分よりも和也の方が、葉月のことをよっぽど真剣に、大切に思っているのではないだろうか。


「葉月……」


 俺は一体、どうしたらいいんだ。

 剣矢が頭を抱えそうになった、その時だった。ドア脇のインターフォンがチリン、と鳴った。


《俺だ。憲明だ。ドクが映像から、尚矢のパワードスーツに関する分析を出した。至急、集まってほしいそうだ。剣矢、和也もそこにいるな?》


 インターフォンに向かい、頷く剣矢。


《では三分後に、データ解析室に来てくれ》


 その言葉が終わると共に、通信は切れた。

 室内には、未だに和也の喉の鳴る音が響いている。


「和也、来られるか? 無理して来なくてもいいんだぞ」

「……行くよ」


 顔を俯けたまま、答える和也。


「今戦う準備をしなかったら、葉月がどうしてこんな怪我をしたのか分からなくなる」

「そうか」


 剣矢はそれ以上何も言わずに、背を向けてスライドドアを開けた。


         ※


 ドクと剣矢たちは、研究室と会議室の間で通信を行っている。


《あの装甲版は、おそらくルナリウムだ》

「ルナリウム?」


 疑問符付きの憲明の言葉に、頷いて見せるドク。


《月面で採取された特殊金属……いや、地球人にとっては軍事用金属か》

「軍事用、ってのは?」

《その通りの意味だ、憲明くん。その防弾性、軽量性、他の素材との相性など、そのいずれもが極めて優れている。それを軍事利用しない種族など、人間とは呼べまい?》


 皮肉交じりのドクの言葉に、頷きながらメモを取る憲明。どうやら、不在の葉月に代わって話を進めようとしているらしい。


「何か弱点は?」

《現在の我々の武装では、太刀打ちするのは難しいな》


『ふむ』という溜息が、誰からともなく漏れる。弾丸や爆発物など、物理兵器は通用しない。強酸性の液体にも耐性がある。素材自体は完璧なわけだ。――待てよ?


「ドク、素材ではなく、あのスーツに問題はありませんか?」

《どういうことかね、剣矢くん?》

「素材が最強でも、それを運用するシステムに問題があればと」

《目先を変えた、ということだね?》


 そのドクの言葉に、剣矢はぱちん、と両の掌を打ち合わせた。


「そうだ、吸排気口だ!」

「吸排気口?」


 オウム返しに尋ねた憲明に、剣矢は説明する。


「戦闘中、パワードスーツの関節部から白い煙が出ていただろう? あれは、スーツ内の熱気と外気を交換しているんだ。それに、二酸化炭素と酸素の交換をしなくちゃならない。そこを塞いでしまえば……!」

「いいのか、剣矢」

「ああ、そうとも憲明! これを軸に作戦を立てれば――」

「違う。そうやって親父さんを殺して構わないのか、って訊いてんだ」

「何だと?」


 剣矢の脳内で、何かがカチン、と音を立てた。

 憲明だって、剣矢の母親を始め多くの人たちが殺されたことを知っているだろうに。


 しかし、剣矢はそこに突っかかりはしなかった。突っかかる価値のある人間だとは思えなかったのだ。自分の父親を。


「お前に心配はかけないよ、憲明。他の皆にもな」


 会議室を見渡す剣矢。そこには、こちらを訝しげに見上げる憲明、俯いたままの和也、そして心配そうな表情のエレナがいる。


「ドク、尚矢が二度目の挑戦を申し込んだ場所の地図をください。それと、二酸化炭素の詰まったボンベをありったけ用意してください」

《あ、ああ》


 剣矢の勢いに押される形で、ドクは頷いた。


「憲明、ボンベの配置に行くぞ。今度こそ、奴を――尚矢を仕留める」

「仕方ねえな。だが、すぐにでも行かねえと、仕掛けが間に合わねえぞ?」


 再び立体ディスプレイを見ると、ドクは大きく頷いた。


《ボンベはすぐに用意できる。地上まで、貨物運搬用のエレベーターで運んでから、重機でトラックに載せるといい。トラック用の偽装免許証も準備してあるが、まさか使う日が来るとはな……》

「ぼやきは後でゆっくり聞きます、ドク。憲明、手伝ってくれ」

「言われなくともそうするさ」


 よっこらしょと席を立つ憲明。ふと正面に目を戻すと、やはり俯いたままの和也の姿が目に入った。


「和也、お前の狙撃の腕が必要だ。手伝ってくれるか?」

「……」

「悪い。今答える必要はないな。それより、お前は葉月のそばにいてやってくれ。いつ目を覚ますか、分からない様子だからな」


 その時ようやく、ゆっくりと和也は顔を上げた。


「剣矢は、いいの?」

「何が?」

「葉月のそばにいなくても?」


 衝撃的な一言だった。心臓を鷲掴みにされたかのようだ。

 剣矢は曖昧な笑み――と呼べるように努力して作った歪んだ顔――を浮かべ、和也の肩を叩いて会議室を後にした。


         ※


「なあ、剣矢」

「どうした?」


 作業中に、突然憲明が剣矢に声をかけた。作業と言っても、制御室から機材を操るだけなので、昔のクレーンゲームに近い。二酸化炭素のボンベを、配置予定場所までフォークリフトで運び、天井に取り付けられたアームで挟み込んで固定する。


 問題は作業工程ではなく、作業中に憲明が声をかけてくるという非常に珍しい事象のことだ。

 しばし間を置いてから、憲明は口を開いた。


「お前はいいのか、葉月のことは」

「ッ!」


 危うくレバー操作を誤りそうになった。


「ど、どうして俺が葉月のことを? ああいや、そりゃ、まだ目覚めてないから心配ではあるが……」

「見苦しいぞ、剣矢。誰にだって分かるさ。和也は葉月が好き。でも葉月は剣矢が好き。そして剣矢はとびっきりの朴念仁と来てる。こればっかりは、いつかは誰かが言わにゃならんだろう」

「うぐ……」

「ん? 言葉に詰まるってことは、お前、この三角関係を把握していたのか?」


 訝しげな憲明と気まずい視線を合わせ、『ま、まあな』と一言述べる剣矢。


「全く苦労するな、お前も。妙な話題を振って悪かった。今は作戦に集中だ」


 肩を竦めてから、憲明はそう言って作業に戻った。

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