第15話
※
《こちら和也、目標より北西二百メートル地点、廃工場屋上より通信中。目標と思しき高熱源体を捕捉。人型で、数は一体》
《こちら憲明、『高熱源体』とはどういう意味だ?》
《分からない。表面温度は五十度を超えてる。人型をしてはいるけど……あ、そうか!》
《どうした?》
《パワードスーツだ!》
和也と憲明の通話を聞いて、剣矢ははっとした。
父親は『自分は一人だ』と言っていた。まさか生身ではあるまいと思っていたが、そうか。それなりの武装を施してきたということか。
きっと高温を帯びているのは、そのパワードスーツの排気によるものだろう。
《こちら葉月、そのパワードスーツとやら、戦闘前にできるだけ情報が欲しい。和也、狙撃できるか?》
《了解! 任せてよ!》
どうやら和也は、葉月を巡る一件をひとまずわきに置くことにしたらしい。
剣矢の頭上から、ヒュン、と狙撃銃が空を切る音がした。
しかし直後に響いたのは、キン、という微かな金属音。通用しなかったようだ。
《おっと、まだ時間まで十七秒あったんだがなあ。悪い子だ》
剣矢は素早く倉庫の隙間を駆け抜け、敵を視界に入れた。が、その姿をしっかり目に焼け付ける前に、パワードスーツは、コンクリート片を持ち上げた。
今度はその石片が頭上を通過していくのだろう。そう予想した剣矢の予想は、しかし、見事に裏切られた。
それは、『投げつけられた』というものではなかった。それこそ弾丸のような速度で『発射された』と言った方がいい。
「和也、避けろ!」
思わず叫んだ剣矢。だが、そんな声が石片の速度に追いつくはずもなかった。
がしゃん、と堅苦しい破砕音がして、和也からの通信が切れた。
「和也? 和也!」
「心配するな、剣矢。当ててはいない。彼の狙撃銃は使い物にならなくなっただろうが」
その声に、剣矢は再び振り返った。
「錐山……尚矢……!」
「おっと冷たいな、呼び捨てとは。久々の親子の対面だってのに」
ガシュッ、と音がして、肘の部分から排気が為される。
尚矢の外見は、全身を金属板で覆われているようなものだった。滑らかな部分もあれば、平板な部分もある。それらが複雑に組み合わさって、隙間なく尚矢の身体を守っていた。
隙間があるとすれば、やはり排気口だ。しかしそれらは閉じたり開いたりしており、隙をつくのは難しいだろう。
剣矢は尚矢を観察するのも兼ねて、話をしてみることにした。
「どうして母さんを殺した?」
「仕方なかったんだよ、剣矢」
両腰に腕を当て、俯く尚矢。
「あの女は、私が兵器開発に携わっていることに感づいていた。下手をすると、私の研究に支障が出るかもしれない。だから死んでもらったんだ。お前を巻き込んでしまったことは、申し訳なく思っている。だが――」
剣矢には、尚矢がにやりと笑みを浮かべたのが見えたような気がした。
「そのお陰で、戦う力を得ただろう? 人体戦略兵器02号」
「ッ!」
自分の素性が把握されている。
剣矢の腹部から、焦りが酸っぱい液体となってせり上がってくる。
「お前の能力の発現条件は分かっている。さあ、神経増強剤を打つがいい。それくらいは待ってやる」
望むところだ、と呟いて、剣矢は腰の後ろから注射器を取り出し、そちらを見もせずに上腕に刺し込んだ。すぐさま身体に痺れが走り、視野が広がって、薄暗い倉庫街が昼間のように明るくなった。
「さあ来い、我が息子よ!」
「誰が好きでてめえの子供に産まれたもんかよ!」
関取のように両腕を広げ、背を丸くして待ち受ける尚矢。剣矢は奇をてらわず、ダッシュした勢いそのままに、真正面からミドルキックを蹴り込んだ。
「むっ!」
「ぐっ!」
剣矢の脚力に驚く尚矢と、尚矢の防御性能に顔を歪める剣矢。
剣矢はすぐさま飛び退き、尚矢の手の届かないコンテナの上へと退避した。
「憲明、頼む!」
《了解》
すると、尚矢の背後に憲明が現れた。両腕でグレネードランチャーを構えている。弾丸には一般的な榴弾が込められている。
ばすん、ばすん、ばすんと、憲明は容赦なく弾丸を撃ち込んだ。たちまち爆炎と黒煙に包まれる尚矢。通常の金属製の弾丸が通用しないことも想定し、準備しておいたのだ。
《憲明、剣矢、状況は?》
「待て葉月、尚矢だって無傷では済まないはず――」
と言った直後、黒煙を振り払って、尚矢がドッと飛び出してきた。アスファルトが削れ、砂塵が舞い散る。
なんて速度だ、と剣矢が唖然とした直後、彼の顔面は、尚矢の手中にあった。
「うっ!」
息ができない。が、その手はすぐに離された。剣矢は思いっきり放り投げられたのだ。
身体を丸め、衝撃を和らげる剣矢。だが、いくら注射を打ったからといって、痛みが完全になくなるわけではない。
「がはっ!」
勢いよく倉庫のコンクリート壁に打ちつけられ、剣矢は息が詰まった。そのまま壁を貫通し、床面に叩きつけられる。肺の機能が一時停止させられた。
「ぐっ……」
剣矢はすぐさま左胸を掴み込んだ。早く。早く脳に酸素を送り込まなければ。さもなければ、迎撃態勢を取ることができない。そうすれば、次の一撃で仕留められてしまう。
その一撃を準備するため、尚矢は剣矢の立っていたコンテナの上に着地していた。
「そこまでか、剣矢?」
「まだ、まだだっ!」
剣矢は寝そべったまま横転を繰り返し、飛び込んできた尚矢の踏みつけを回避した。
「どうしたどうした! これでは鼠退治にもならんぞ!」
何とか回避を繰り返し、剣矢は膝立ちの姿勢を取った。さっと立ち上がり、バク転しながら鉄棒の端を握り締めた。回避している最中に目に入ったものだ。
「でやっ!」
剣術の心得はないが、これで明らかにリーチは伸びた。剣矢はバックステップで距離を取り、正眼に構えた。
「おや? お前に剣道を習わせた記憶はないが?」
「生憎、我流で戦っていくしかなくてな」
「そうか。それは楽しみだ!」
ドォッ、と短いジェット噴出音を伴い、突っ込んでくる尚矢。
「はあああっ!」
剣矢はそれを、力任せにぶっ叩く。ガアン、と鈍い金属音がして、尚矢の腕は狙いを逸れた。だが、すぐさま短距離ジェットで姿勢を整え、尚矢はボクサーのように腕を構えて見せた。
「そらそら、どうした剣矢! せっかく棒切れを手にしたというのに、間合いに入られているぞ!」
繰り出されるジャブを嵐を、剣矢は驚異的反射能力でなんとか切り抜ける。しかし、その間の防御に使ったために、鉄棒は中ほどからひしゃげてしまった。武器としては使えまい。
あと十メートル。十メートルだけこちらに誘導すれば。
そう思いながら、剣矢は鉄棒を放り投げ、尚矢の拳を躱し続けた。
敢えて腕を下げ、思いっきり後方に跳ぶ。
「それで逃げたつもりか、剣矢!」
超低空を滑空するように、ジェット噴射で突っ込んでくる尚矢。
「葉月、今だ!」
次の瞬間、複数の出来事が同時に起こった。
尚矢の足元から、凄まじい爆炎が上がった。剣矢は既に、コンテナの陰に退避している。
そして、滑空中だった尚矢の姿が炎に呑まれ、消えた。もちろん、焼き尽くされたわけではない。それでも、この危険な落とし穴に嵌ったのは事実だ。
だが、剣矢の度肝を抜いたのは、まさに次の出来事だった。
「が、は……」
「剣矢っ!」
葉月が叫ぶ。剣矢の腹部には、パワードスーツの左腕『だけ』がしっかりとめり込んでいた。まさにロケットパンチそのものだった。
部外者が見れば、昔のロボットアニメじゃあるまいし、などと思うだろう。しかし、事実は事実だ。
ただし、腕の中身は空である。流石に、尚矢も生身の部分を切り離して飛ばすわけにはいかない。
と、その時だった。
「だったら!」
葉月が、待機中だったキャットウォークから飛び降りた。その手元には手榴弾が握られている。
剣矢には、葉月の意図が分かった。あの地獄の窯と化した落とし穴に、手榴弾を投げ込むつもりなのだ。
だが、剣矢には見えていた。爆炎の中、床面に指をかけてよじ登り、再び床面に立ち上がった尚矢の姿が。
「葉月、よせっ!」
葉月が大きく腕を振りかぶった瞬間、ばすん、と只ならぬ音がした。銃声だ。
しかし、これほど威力のある拳銃の発砲音など、聞いたことがない。
手榴弾のピンを抜く直前、葉月は腹部から身体をくの字に曲げて、後方に吹っ飛ばされた。
「なるほど、いい作戦だったな。しかし、ここまでだ」
尚矢は、剣矢には見覚えのない大型拳銃を手にしていた。剣矢に与えられた十分間はとうに過ぎ去り、最早這いつくばることしかできない。
ここまでか――。
そう剣矢が思った、その時だった。
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