第12話
「皆伏せろ!」
剣矢の叫びに、葉月と憲明は素早く対応した。葉月はソファの陰に戻り、憲明は倒れた大型ディスプレイを盾にした。
ドゴォン、と未だかつてない轟音が皆の耳朶を打つ。ソファやディスプレイの反対側に、コンクリート片が凄まじい勢いでぶち当たる。
黒煙は、思いの外すぐに晴れ渡った。その合間を縫うように、すとん、と天井から人影が下りてくる。
「あーあー、困るんだよなあ、うちの坊ちゃんたち、皆殺しじゃねえか」
聞こえてきたのは、明瞭かつ流暢な日本語だった。
「で? 錐山剣矢ってのはどいつだ? サシで勝負がしてえんだが」
その言葉に、剣矢は無防備にも、すっと立ち上がった。
「お、おい剣矢!」
「ダリ・マドゥーだな」
引き留めようとした葉月の腕を振り払い、問いを投げる。
「おお! てめぇか、剣矢ってのは! 一度手合わせしてぇと思ってたんだ!」
満面の笑みを浮かべるマドゥー。立体画像で見た通りの、カウボーイ風の格好だ。武装はリボルバー式拳銃が一丁。きっとこれは主要武器ではなく、格闘戦術を駆使して戦うつもりなのだろう。
剣矢は自動小銃のベルトを外し、がちゃり、と落とした。
「葉月、憲明、分かってるな?」
視界の両隅で、二人が頷く気配がする。
マドゥーがいるのは部屋の中央。もしここで葉月と憲明が銃撃すると、簡単にマドゥーに躱され、互いに撃ち合う結果となってしまう。
「コイツは俺が倒す」
「おっ、いいねいいねぇ、粋がりやがって! 俺は大好きだけどな!」
案の定、マドゥーは懐に仕舞っていた注射器を取り出し、無造作に上腕に刺し込んだ。剣矢もそれに倣う。
全身に痺れが走り、すぐに消え去る。ドクン、と心臓が異様に高鳴る。
二人が動いたのは、互いが注射を打ち終わり、空になった注射器を床に投げ捨てた、まさにその時だった。
剣矢が、拳銃を二丁抜いた。その場でマドゥーに向け発砲。対するマドゥーは身を屈め、巧みに障害物を利用しながら接近し、距離を詰めた。
速いな――。そう思った剣矢は、敢えて接近戦に打って出ることにした。マドゥーが銃口を覗かせると、しかしそこに剣矢はいない。
「チイッ!」
剣矢は頭上にいた。瞬発力を活かして跳んだのだ。真上から、やや狙いをずらして銃撃。必ず一発はマドゥーに当たるという読みだった。
が、敵もさるもの。マドゥーは盾にしていたテーブルを思いっきり蹴り上げ、剣矢を吹っ飛ばそうとした。
「ぐっ!」
剣矢は空中で伸ばした両腕を引っ込めた。そのまま身体を丸め、縦に回転しながらテーブルに激突。バランスを崩すも、なんとか斜めに飛びすさり、マドゥーの銃撃を回避した。
「ハッハァ、面白い小僧だ! 流石、一味違うな! 人体戦略兵器ってぇのはよ!」
弾数で言えば、圧倒的に剣矢の方が有利だ。だが、マドゥーの方が身体の使い方を心得ている。次々に椅子や電子機器を蹴り上げ、剣矢に銃撃させまいとする。
それを回避すると、実弾が飛んでくるという具合だ。一般的に、リボルバーはオートマチックより威力の高い弾丸を撃つことができる。
止まったら、やられる。
着地した剣矢は、壁に掌を着いて自身の身体を思いっきり側転させた。空中で回転しながら、銃撃を繰り返す。だが、遮蔽物がなくなっても、マドゥーには大した問題ではなかった。
バックステップとサイドステップ、それに真上への跳躍。これらを繰り返し、迫る剣矢の弾丸を全弾凌いでみせた。
残り時間、約七分。
その時、マドゥーは思いがけない所作に出た。前転しながら剣矢に殴りかかってきたのだ。
拳銃で狙いをつけるより、格闘戦に持ち込んだ方が早いと判断したらしい。
「ッ!」
剣矢は咄嗟に腕を交差させ、身体を捻ってマドゥーの拳を受け流す。すると反対側から蹴りが飛んできて、剣矢の身体を突き飛ばした。
なんとか転倒を免れ、ざざっと靴の裏の摩擦で身体を静止させる。
すると、いつの間にリロードしていたのか、マドゥーは無造作に銃撃を加えてきた。横っ飛びして、これを回避する。しかし、
「なっ!」
剣矢の視界が、真っ暗になった。一瞬、しかし突然のことである。それが、銃撃に紛れてマドゥーが投じたテンガロンハットのせいだと察するのに、一秒に満たない時間経過があった。
そしてそれは、マドゥーがチェックメイトを仕掛けるのに、十分すぎる時間だった。
マドゥーは零距離で、リボルバーの銃口を剣矢のこめかみに当てていたのだ。
「勝負あったな、坊主」
そう言って撃鉄を上げるマドゥー。確かに、今横向きに拳銃を構える暇は、剣矢には与えられていない。できるのは、真正面に構えることだけだ。
剣矢はマドゥーの方など見もせずに、真っ直ぐ右腕を上げて発砲した。三発。
すると、発せられた薬莢が飛んだ。マドゥーの顔面へと。
「うっ⁉」
高温を帯びた薬莢を浴びて、マドゥーが怯む。
その隙を逃す剣矢ではない。剣矢はその場でミドルキックを繰り出し、マドゥーを突き飛ばした。さっきのお返しのつもりだったが、マドゥーは横転し、ごろごろと無様に転がった。
これで終わりだ。再び拳銃を構える剣矢。しかし、そこに罠があると悟った時には、マドゥーは目的を達成していた。
「ひっ!」
「葉月!」
マドゥーは素早く立ち上がり、ソファの陰にいた葉月を引っ張り立たせていた。
そのこめかみには、リボルバーの銃口が押し当てられている。
「惜しかったな、剣矢! 生憎お前の方が強いようだが、詰めが甘い」
剣矢は全身に神経を張り巡らせた。残り四分三十七秒。
この間に、マドゥーを排除して葉月を救出しなければ。だが、制限時間に縛られているのはマドゥーも同じだ。
「要求は何だ?」
「俺の脱出に協力しろ」
剣矢の棘のある口調に、素早く答えるマドゥー。
「今の俺なら、真上に跳躍して天井をぶち破ることができる。それを数回繰り返せば屋上だ。さっき、非常脱出用のヘリ要請は出しておいた。残り三分五十秒で、俺は脱出を果たせる」
「見返りは?」
「お嬢ちゃんを解放する。無傷でな。どうだ?」
マドゥーがこちらを見くびって、子ども扱いしている感はない。真剣な交渉を持ちかけている。
だが、マドゥーとて完璧ではなかった。ゆっくりと憲明の射線から逃れる過程で、ソファの陰から足を出してしまったのだ。剣矢になら、すぐにその足を撃ち抜くことができる。
剣矢は拳銃を片方捨てた。にやり、と口元を歪め、唇を湿らせるマドゥー。
「そうだ、剣矢。もう一丁の拳銃を――」
剣矢はもう一丁の拳銃を手離す――と見せかけて、下向きになった銃口をマドゥーに向ける予定だった。が、しかし。
ザシュッ、と音がして、マドゥーの背後で鮮血が舞った。
「が……!」
一体何が起こったのか。剣矢にはすぐに察せられた。
「おい、何をやってるんだ、和也!」
そう、和也が狙撃したのだ。対人兵器とはとても呼べない、対戦車ライフルで。
冷静に考えれば、和也の狙撃テクニックが如何に優れていたか、すぐにでも分かるはずだった。対戦車ライフルの照準を僅かにずらすことで、マドゥーの背を掠らせ、生かしたまま致命傷を与える。しかも、葉月には傷一つつけていない。
しかし、剣矢には『マドゥーの足を撃つ』という作戦があった。和也の危険な賭けを抜きにしても、葉月を救出できるはずだった。
それなのに、むざむざ――いや、最終的には殺してやるつもりではあったが――、マドゥーに致命傷を与えるとは。これでは、吸血行為に伴う記憶の奪取に支障がでるかもしれない。
剣矢は拳銃の照準を、油断なくマドゥーの眉間に合わせながら接近した。そして、はっと息を飲んだ。
マドゥーの身体は、上半身と下半身が真っ二つになっていた。それほど威力の弾丸が使用されたということだ。たとえ、掠らせただけであったとしても。
「くそっ!」
臓物がびちゃびちゃと鮮血を滴らせる中、その上半身を抱え上げた剣矢は、素早く吸血行為に移った。幸い、未だマドゥーの意識ははっきりしていて、記憶もしっかりと抽出することができた。
部屋の反対側で、周辺警戒にあたる憲明の気配がする。
「剣矢、記憶の抽出は?」
「ああ、大丈夫だ」
そう剣矢が言った直後、マドゥーの瞳から光が失せた。
「それより、屋上に待機している別動隊がいるようだ。撤退しよう。憲明、俺を担いでゴンドラで運んでくれ。葉月もこっちに」
「……」
「葉月?」
すると、その場にぺたんとへたり込んでいた葉月は、ぎろりと目を上げた。その場にいない和也を睨みつけるように。
これでは言い合争いになりかねない。そう判断したのだろう、憲明がマイクに吹き込んだ。
「和也、そのビルを降りろ。貨物用エレベーターの一階でお前を回収する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます