第232話 ルナ
「ルナ?」
結月が小さく名を呼べば、ルイの腕の中にいた黒猫が、ピクリと耳を動かした。
白木から離れ、結月は恐る恐るルナに近づき、そっと頭に触れてみる。
すると──
「ふにあぁぁぁ!!」
「ひゃ! ご、ごめんなさい!!」
「ちょっと、ルナちゃん!?」
触ろうとした結月にむけて、突如、毛を逆立たせたルナ。それを見て、ルイが慌てふためく。
こちらも感動の再会になるかと思いきや、どうやらそうでもないらしく、警戒するルナは、フーフーと威嚇していて、結月は、思った以上のショックを受ける。
(ルナ……私の事、忘れちゃったの?)
だが、もう8年も会っていないのだ。
忘れられていたとしても、なんら、おかしくはない。
「ルナちゃん。結月ちゃんだよ。君のお母さん」
「いいんです、ルイさん。8年もたってしまったんだもの。きっと、もうわからないんだわ」
哀愁を心を秘め、それでも結月は、ルナに微笑みかけた。
あの頃は、まだ幼かったが、今はもう違う。
大人になったが故に、見た目は、すっかり変わってしまった。だから、分からないのも無理はない。
だが、そう理解していても、やはり、寂しさは拭えなかった。
もしかしたら、あの日のレオも同じような気持ちだったのかもしれない。
はじめて屋敷に来た日、結月はレオに『初めまして』といった。
忘れられたと知り、どれほど、落ち込んだことだろう。だけど、それでもレオは、諦めずに笑いかけてくれた。
どんなに辛くても、決して諦めず、二人の思い出を一つ一つ繋ぎ合わせて、私の記憶を思い出させてくれた。
なら──
「ありがとうございます、ルイさん。私、また一から始めます。ルナに思い出してもらえるように」
今日からは、毎日一緒。
なら、もう離れることはない。
幼い頃、私は、この子達のお世話をするのが、大好きだった。誰かに必要とされるのが嬉しくて、必死に手を焼いていた。
側にいて、じゃれつくこの子達は、とても可愛いくて、そして、いつしかレオが加わり、私たちは家族になった。
それに、あの頃は、手に収まるくらいの小さな子猫が、今は、こんなにも立派に育っていた。
色つやもよく、毛並みも美しく、健康的で愛らしい黒猫。
その姿をみれば、レオが愛情をかけて育ててきてくれたのだと、よくわかった。
そしてそれは、レオが執事として働く間、代わりに育ててくれた、ルイだって──
「ルイさん。ルナのこと、今日までありがとうございました」
心からの感謝をこめて、ルイに頭を下げた。
この子の母親として、ありったけ思いを込めた。
──ガララッ
すると、その瞬間、玄関から音がした。
引き戸を開ける古風な音。するとルイが
「どうやら来たみたいだね。最後の一人が」
最後の──そう言われ、結月が和室の入り口を目をやれば、そこには、息を切らしながら、愛しい人が入って来るのが見えた。
最後の仕上げをすると言って屋敷に残った、最愛の人──
「レオ!」
「結月」
レオの帰還に、結月が安心したようにほころべば、レオもまた、深く息をつき、結月を抱きしめた。
「よかった、無事で」
「レオこそ、よかったわ。ちゃんと出てこれて……っ」
この優秀な執事に失敗など、ありえない。
だが、それでも万が一のこともあったら?
そう思う心が、結月を不安にしていた。
でも、これで、やっと、みんなが揃った。
大切な人たちが、誰一人、欠けることなく──
「本当に……よかった……っ」
屋敷から無事に抜け出せたことを実感し、結月は、レオの腕の中で涙を流した。
安心したからか、一気に力が抜ける思いがした。
だが、まだ気を抜くのには、早いのも分かってる。この町を、無事に抜け出さなくては、すべて終わったとは言いきれない。
だが、最大の難所を越えたからか、皆が一堂に会するその場所は、つかの間の休息を促すように、息をつかせた。
「結月」
「あ、ごめんなさい。私、さっきから泣いてばっかりで……っ」
レオの言葉に、結月が涙をふきながら離れれば、レオが、目線を上げた先で、ふと白木と目が合った。
泣いてばかりと言った結月の言葉を、すぐに理解すると、レオは白木に向け軽く頭を下げ、白木もまた小さく会釈する。
そして、各々が顔を見合わせ言葉を交わすと、それから暫くして、別れの時がやってきた。
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