第227話 お嬢様の護衛


「こっちだよ」


 結月と恵美が、町を歩いていると、奥ゆかしい日本家屋の中から、ルイの声が聞こえてきた。


 輝かしい異国の髪色ではなく、日本人らしく黒髪姿になったルイは、一見、ルイとは分からない。


 だが、その女性に見間違うほどの美しさは、黒髪のカツラを被ったくらいでは衰えず、恵美と結月は、それがルイだとわかった瞬間、ホッと息をつく。


「ルイさーん! よかった。無事にたどり着いて~」


「お疲れ様。二人とも上手く紛れこめたみたいだね。男装もサマになってるし」


 冠木門かぶきもんを抜け、ルイ宅の敷地内に入ると、ずっと口を閉ざしていた恵美と結月が、口々に話し始める。


「恵美さん、本当にありがとう。真夜中に町を歩くのは、初めてのことだったし、私一人だったら、きっと不安で仕方なかったわ」


「そんな、お嬢様は、門限が厳しかったんですから、仕方ありませんよ。でも、こうして、ルイさんの家について、私もほっとしました。五十嵐さんから、お嬢様の護衛を任された時は、正直どうなるかと」


 この計画を練る際、レオから一任された恵美の役目は、"お嬢様の護衛"だった。


 深夜0時、明かりが消えたと同時に、屋敷から抜けだすお嬢様を、ルイの家まで、無事に送り届けること。


 だが、いくらショッピングモールで、一緒に庶民に成りすましたとはいえ、今回は男装をしていたため、あの時とは勝手が違う。

 だからか、恵美には荷が重く、気が気ではなかった。


「はぁ~、緊張したー。護衛なんて、私には、責任が重すぎます……っ」


「ホント、お疲れ様。わかるよ、レオは怒らせたくないタイプだしね」


「そうなんですよー! わかってくれますか、ルイさん! 五十嵐さん、お嬢様の事が好きすぎて、万が一、何かあったらと思うと!」


 恵美とルイが『執事は恐ろしい』と口々に話す。すると結月は、いまいちピンとこない様子で


「レオって、そんなに怖いかしら?」


「あぁ、お嬢様は大丈夫ですよ」


「うん。結月ちゃんは、何しても怒られないと思うよ」


「え! なにをしても!?」


 確かに、レオに愛されてる自覚はある。

 だが、さすがに、なにをしてもは。


「そうだ。屋敷の方は、どうだった? 上手くいきそう?」


 すると、ルイが更に問いかけてきて、恵美が答える。


「はい、屋敷の方は問題なく。愛理さん達が、しっかりウワサ話を流してくれてました!」


「そっか、じゃぁ、明日には更に広がるかもね」


 恵美の言葉に、ルイがニコリと微笑む。

 どうやら、計画は順調のようだ。

 すると、ウワサをすればなんとやら、そのタイミングで、愛理と谷崎もやってきた。


「お嬢様~。よかった。無事にルイさんの家についたんですね!」


「えぇ、恵美さんのおかげよ。愛理さんたちも、寒い中、ありがとう」


「いいえ。みんな屋敷の明かりが消えて、驚いていましたよ。五十嵐くんが言った通り、すぐに広まりそうです」


 謎多き話に、人は興味をひかれるもので、あの執事は、そんな人間心理を利用して、町中にウワサを広めるつもりらしい。


 この町一の名家・阿須加家。そのお屋敷の主人と従者たちが、一夜にして姿を消したと──


「愛理さん、そちらの方が、愛理さんとご結婚なさる方?」


 すると、愛理の隣にいる谷崎を見て、結月が問いかける。すると愛理は、珍しく恥じらいながら


「そ、そうです。彼氏の雅文です」


「は、初めまして、阿須加さん! その節は、御屋敷の前で騒いでしまい、すみませんでした!」


「いいえ、気になさらないでください。お二人の誤解が解けて、本当によかったです。この度は、ご結婚おめでとうございます」


 別れたあとのイザコザで、谷崎が屋敷に押しかけた件。結月は、それを責めることなく、おおらかに受け止め、二人を祝福した。


 その姿は、男装をしていても、お嬢様で、その気品と優雅さは、隠すに隠せないほど。


 すると愛理は、谷崎と顔を見合せたあと


「ありがとうございます。でも次は、お嬢様の番ですよ」


「え?」


 愛理の言葉に、結月が目を見開く。


 次は──確かに、レオが戻ってきたら、二人は、この町から旅立つ。


 お嬢様でも、執事でもなくなり、やっと本当の『家族』になれる。


「うん、そうね……っ」


 結月の目に、微かに涙が滲んだ。


 こんなに、喜ばしいことはない。

 だって、やっと結ばれるのだ。


 好きな人と、やっと結ばれる。

 そしてそれは、屋敷を出たからこそ、より実感する。


「結月ちゃん、風邪をひくといけないし、話は中でしようか」


 すると、ルイが自宅の玄関を開けながら、そう言った。


 真冬の深夜は、冷え込みも厳しい。


 レオを待つ間、風邪をひかせる訳にはいかないと、ルイは、愛理や恵美たちと一緒に、結月を家の中に招き入れた。


 中にはいれば、ルイの家は、とても趣のある家だった。結月が暮らしていた西洋風の屋敷とは、全く違う和風の家。


 その古風な日本家屋の中は、落ち着きある畳の香りに満ちていて、どこかのどかで優しい雰囲気を漂わせていた。


 そして結月は、当然、ルイの家に来るのは初めてのことで、物珍しそうに家の中を見回す。


 すると──


「この家、レオが、子供の頃に住んでいた家なんだよ」


「え?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る