第224話 カウントダウン


 ゴーン、ゴーン……


 23時50分──


 0時まで、残り10分を切った頃、一足先に屋敷を抜け出した愛梨は、近くの公園にきていた。


 女性らしくオシャレに着飾った愛梨あいりは、今、彼氏と待ち合わせをしている。


 相手はもちろん、先日、破局騒動を起こした──谷崎たにざき 雅文まさふみだ。


「愛梨、お待たせ」

「雅文」


 公園の時計塔の前で待っていると、谷崎が小走りで駆け寄ってきた。愛梨は、寄りかかっていた、時計塔から離れるて


「待ってないよ、時間通り。それより車は?」


「ちゃんとルイさんちに置いてきたよ。荷物も積み込んだ」


「そう。じゃぁ、あとは、無事にお嬢様を連れ出すだけだね」


 ヨシを気合いを入れる。


 ちなみに、逃走用の車には、谷崎の車を使うことになている。レンタカーを使うと、何かしら足がつきやすいからだ。


 しかも、谷崎の車はワゴン車。


 後部座席をフラットにすれば、仮眠を取ることもできるため、お嬢様が疲れた時に重宝する。


 この後の移動は、長距離だ。車での移動は、普通の大人でも疲れるが、なれないお嬢様には、苦痛でしかないだろう。


 オマケに、休憩を挟みながらの移動となれば、つくのは明け方になっているかもしれない。


「雅文、屋敷の様子は?」


 すると、愛梨が、更に谷崎に問いかけた。


 逃走のことも大事だが、その前に、やらなければならないことがある。


「屋敷の前は、もう初詣に向かう人でいっぱいだったよ」


「そう、紅白が終わったら、みんな家から出てくるしね。でも、人で溢れてきたなら計画どおりだよ。私たちも、しっかり恋人のフリして、もぐりこまなきゃね」


「フリじゃなくて、恋人だろ」


 もう直、籍を入れ、夫婦になる二人。

 だが、恋人のフリなどといわれ、谷崎が呆れかえる。


「今日は、恋人として過ごす最後の大晦日だってのに」


「よく言うわ。この前は、破局してたってのに」


「はは、確かになぁ。俺、今年の大晦日は一人寂しく過ごすんだと思ってた」


「私も、絶対、正月に実家に帰ったら、また結婚がーって、うるさく言われるんだと思ってた」


 一度、終わりを迎えた二人の恋は、些細なすれ違いによるものだった。


 それに、本来なら、寄りを戻す事はなかっただろう。


 だが、それを再び、つなぎ合わせてくれた人達がいた。


「私たちが、今、幸せなのは、五十嵐くんとルイさんのおかげだしね」


「あぁ。しっかり、恩返ししにいこうぜ」


 谷崎がそう言うと、愛梨は、そっと谷崎の腕を掴んだ。


 ピッタリ寄りそうと、二人は、除夜の鐘がなる夜の町を、ゆっくりと歩いていった。






 ✣


 ✣


 ✣




「お嬢様、どうか、お風邪を召されないように」


 煌々と明かりが灯る屋敷の外──


 裏口の扉の前では、男装をしたお嬢様に、執事が優しく声をかけていた。


 大晦日の夜。真冬のその空気は、一段と冷たく、吐く息は自然と白くなる。


「マフラーは、しっかり巻いてください」


「大丈夫よ。暖かいし、風邪なんかひかないわ」


 お嬢様の首元に巻かれた黒いマフラーを、執事がほどけないように結び直す。


 すると、甲斐甲斐しく世話を焼く執事に、そばにいた、恵美が、くすくすと笑いだした。


「やっぱり五十嵐さんは、執事ですね! もう姿ってのに」


「すみません。これは、もう癖みたいなもので」


 あの後、私服に着替えたレオは、もう執事姿ではなかった。


 黒のコートを着て、メガネをかけているからか、見なれた執事服とは、違う印象を宿す。


 だが、こうして結月の世話を焼くのは、どんな姿でも変わらず、きっと、この先、執事でなくなっても、結月への溺愛ぶりは、変わらないのだろう。


「レオは、一人で残るのよね?」


 すると、マフラーを巻くレオの手に触れながら、結月が心配そうに見つめた。


 この後、結月と恵美を屋敷から出したあと、レオは一人残ることになっていた。


「あぁ。俺は、この屋敷を、にしてから出なくてはならないからね」


 触れられた手を掴み、レオが微笑みかける。

 愛しい人を不安にさせないように……


 だが、それで結月の不安が、解消されるはずもなく。


「密室って……どうやって、この屋敷を」


「大丈夫だよ。心配しなくても、全て終わらせたら、すぐに結月の元に向かう」


 不安を包み込むように、レオが結月の体を抱きしめる。


 その温もりは、これまでに何度と感じてきた温もりだった。


 力強く勇敢な男らしい香りと、この世で最も愛しく、誰よりも信頼できる熱。


 これまでレオが、失敗したことなどあっただろうか?

 なら、この心配は邪推だ。


 だって、ここにいる人は、誰よりも優秀な



 私だけの執事だから──



「……うん、待ってる」


 心配することはないのだと、結月は自分に言い聞かせると、その後、ふわりとレオに笑いかけた。


 すると、レオもまた微笑み、名残惜しそうに、結月から手を離す。


「じゃぁ、気をつけて。また、ルイの家で落ち合おう」


 時計を見れば、時刻は23時55分。

 年が明けるまで、残り5分を切っていた。


「恵美さん、結月をお願いします」


「はい。必ずルイさんの家に送り届けます」


 その言葉を受け取ると、レオは、最後に裏口の扉を、コンコンと二回叩いた。


 すると、屋敷の外にいる人物が


 ──コン


 と一回だけ返事をならす。

 どうやら、予定通り、来てくれたらしい。


「では、ご武運を──」


 その言葉を最後に、レオは、結月の頬に触れ、その後、二人を残し、屋敷に戻った。


 始まりの時は、もう、そこまで来ていた。

 新しい未来へすすむ、カウントダウンの始まりが。


 ──ゴーン


 そして、残り少ない除夜の鐘が鳴り響いた瞬間、レオは屋敷の中に入った。


 煌々と光り輝く屋敷の中。レオは、明るい廊下を足早に進むと、おくまった場所にある配電室に入った。


 きっと、お嬢様は、知らない場所だろう。


 配電室の中は薄暗く、その中にあるテーブルの前に立ったレオは、予め用意していたキャルドルに火をつけた。


 ゆらゆらと揺れる、蝋燭の炎が、ほんのりあたりを照らす。


 すると、その灯りを頼りに配電室を歩き回ると、その後レオは、高い位置にあるに手をかけた。


 このレバーを引けば、屋敷の光源は、全て失われる。


 部屋の明かりだけでなく、普段は、消えることのない庭園の外灯や、入口にある門灯まで──全て。


 そして、響き渡る除夜の鐘の音を聞きながら、レオは、腕時計に目を向けた。


 今の時刻は、23時59分50秒。


「──10」


 レオの声が、静かな屋敷に響く。


「──9」


 そして、それと同時に町中で


 若者たちによる、カウントダウンがはじまった。



「──8」



 その明るい声は、新しい時代へと進み



「──7」



 そして、その声が、新年を告げた瞬間



「──6」



 この屋敷は、眠りにつく。



「──5」



 あるじを奪われ



「──4」



 従者たちを奪われ



「──3」




 文字通り『空っぽ』になる。



 そう、まるで



「──2」




 『神隠し』にでもあったように。




「──1」




「さぁ、始めましょうか」




「──0」





「──を」






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