第222話 準備開始


「ねぇ、やっぱり脱がなきゃダメなの?」


 就寝時刻を迎えた頃──


 普段なら眠りにつく阿須加家の屋敷は、未だに煌々こうこうとした光に包まれていた。


 大晦日の夜くらい、お嬢様も夜更かしをするだろう。だが、世間的には、そう思わせつつも、今、結月たちは、ここを出るための準備に取りかかっていた。


 カーテンを閉め切った部屋の中では、執事とお嬢様が二人だけで向き合う。


 黒い燕尾服を着たレオと、真っ白なナイトドレスの着た結月。その姿は、自然と、あの夜を彷彿とさせた。


 初めて身体を重ねた、あの甘美な夜。


 だが、今の二人は、そんな甘やかな夜を想像することすらなく、お互いに押し問答を繰り返していた。


するなら、その胸は隠さなきゃダメだろ」


「わ、分かってるわ! でも、なにも、下着まで脱がなくても……っ」


「サラシを巻く時は、下着ははずすものだよ。素肌にそって巻かないと、隙間が出来て緩みやすくなる」


「そ、そうなの。でも……っ」


「なにを、そんなに恥ずかしがってるんだ。何度も愛し合った仲だろ」


「そ、それでも、恥ずかしいものは、恥ずかしいの!」


 そう、これは、あくまでものやりとり。


 男装するためには、どうしても、結月の豊満な胸元を隠す必要があった。


 だが、巻かねばならないのはわかってはいても、やはり恥ずかしさには敵わない。


「こ、こんなに、明るい部屋でなんて……っ」


「じゃぁ、明かりを落とす?」


「そ、それでも、やっぱり、直接、胸をみられるのは」


「じゃぁ、どうしろって言うんだ」


 胸元を押さえつつ恥ずかしがる結月は、ずっと嫌だと言い張っていて、それには、さすがのレオもため息をついた。


 このままでは、一向に準備が進められない。


 なにより、結月の身体は、もう隅々まで堪能したあとで、今更、胸ごときで、恥ずかしいがる意味がわからない。


 だが、この恥じらう姿ですら、愛らしく思うってしまうのは、結月に、心底惚れているからだろう。


 なにより、嫌がる結月に、無理強いはしたくない。


 とはいえ、今の時刻は、もう午後の10時半。

 まだ、時間はあるとはいえ、あまりモタモタはしてられない。


「では、こうするのはいかがでしょうか、お嬢様」


 すると、まるで切り替えるように執事口調に戻ったレオはふところから、サッとハンカチを取り出した。


 日頃から、白く清潔なハンカチを持ち歩くのは、言わば執事のたしなみ。だが、突然、あらわれたハンカチに、結月は首を傾げる。


「それを、どうするの?」


「はい。明るい場所が嫌なら、暗くしてしまえばいいのです。というわけで、をしましょうか」


「え!?」


 目隠し──そう言われ、結月は瞠目する。


 まさか、目隠しをしたまま、サラシを巻けと!?

 

 驚きを隠くせず、困惑していれば、その後、レオは、結月の背後に移動し、そのハンカチで、あっさり結月の目元を隠した。


「ちょ、ちょっとレオ……!」


 一気に視界を奪われ、世界が黒一色になる。すると、そんな結月の耳元で、レオが、そっと囁きかける。


「これなら、恥ずかしくないでしょう?」


「な……なにいってるの、私が見えなくなっても、レオは……っ」


「そうですね、私にはしっかり見えておりますよ、お嬢様の美しいお姿が……ですが、、この肌に触れるところを、お嬢様が目にすることはございません」


「ひゃっ!」


 瞬間、夜着越しに、そっと背筋を撫でられた。


 視界を奪われているせいか、そんな些細な刺激にすら反応して、結月が艶めいた声を漏らす。


「や……レ、レオ……これじゃ、余計に恥ずかしいわ……っ」


「なぜですか? お嬢様は、見えてないのに」


「み、見えてないから、恥ずかし──ひゃ、あっ……な、なにしてるのッ」


「服を脱がしてるんですよ。サラシを巻かなくてはなりませんから」


「へ、ちょっと、待って……!」


「ダメです。これ以上のワガママはきけません。このまま下着も脱がしますから、大人しくしていてくださいね」


「あ……っ」


 その後は、問答無用でナイトドレス脱がされると、慣れた手つきで下着まで奪われた。


 必死に隠していた胸元は、あっさり空気に晒され、結月は、顔を真っ赤にする。


 だが、抵抗したくても視界を奪われてしまえば、そうもいかず、結月が必死に羞恥心をこらえる中、レオは、準備していたサラシを、丁寧に結月の腰元から胸にかけて巻き始めた。


「んっ……や、レオ……早く終わらせて……っ」


 だが、見えないせいで、余計に意識してしまい、結月は、それからしばらく、わがままを言ってしまったことを深く後悔したのだった。


 

 ✣


 ✣


 ✣



「これからだってのに、何を疲れた顔してるんだ」


 その後、サラシを巻き終わり、衣装の着付けまですませたあと、レオが、結月の髪を結いながら、そう言った。


 計画の実行は、これからだというのに、肝心の結月が、なぜかお疲れモードだからだ。


「レオが、あんなことするからじゃない!」


「俺は、サラシを巻いただけですか?」


「サラシだけじゃないでしょ! 目隠しもしたわ!」


「それはお嬢様が、明るい場所は嫌だとおっしゃったので」


「暗くなったのは、私だけじゃない」


「あぁ、そうでしたね」


 意地悪く微笑みつつも、執事は、お嬢様の反応を十分に楽しみ、ご満悦と言ったところ。


 だが、必要以上に疲れさせるつもりはなかったため、時間をかけずに、手早く終わらせたのだた。


 しかし、目隠しをされていたからか、はたまた恥ずかしさによるものか。その5~10分のことが、結月には、やたらと長く感じたらしい。


「はい、できたよ」


 その後、髪を結い終わりると、レオが結月を見つめながら声をかけた。結月は、鏡に映った自分を見つめると


「ありがとう、レオ。ちゃんと男装できてるかしら?」


「あぁ、よくできてるよ。男装していても、結月は可愛い」


「え? 可愛いのは、よくないんじゃ?」


 見た目は完全に少年だが、可愛いなどと言われると不安になる。


 だが、これも仕方のないこと。

 だって、レオにとっては、結月がどんな姿をしても可愛いのだから……


 ──コンコンコン!


 すると瞬間、部屋の扉がなった。


 結月が返事をすれば、準備を終えたらしい。

 男装した恵美と、私服姿の愛理が入ってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る