第203話 婚約者の恋人


「秘密兵器?」

「はい! これです!」


 すると、トランクを開けた結月は、中から大量に何かを取り出した。ドサッとテーブルの上に積み上げられたのは、大量の本。数にして20冊ほど!


 どうやら、メイドが重いと言っていた、あの荷物の中には本が入っていたらしい。そりゃ、重いはずだ!


「お前、そんなもの持ってきてたのかよ!?」


「はい。実は私、漫画を読むの初めてなんです!」


 キラキラと目を輝かせ、本、いや漫画を手にした結月。何を隠そう結月は、この日のために、様々な準備をしてきた。


 執事の協力の元、夜に起き、昼に寝るという、お嬢様にはあるまじき日常を過ごし、恵美からは、読んだら最後、絶対に止まらなくなるというオススメの漫画を忍ばせてきた。


 オマケに執事特性のドリンクも、先程こっそり飲んできたため、今の結月は、眠れと言われても、絶対に無理だと返せるくらい、目がランランとしている。


「お前、漫画読むために、うちに来たのか!?」


「そうですよ。実は屋敷で1巻だけ読んできたのですが、続きが気になって仕方なかったのです」


(うそだろ。マジで、読む気なのか……っ)


 ニコニコと笑顔を絶やさない結月に、冬弥は呆れ果てた。愛し合ったフリをしろといいながら、添い寝ひとつする気がない結月には、さすがに言葉をなくした。

 さっきまでドキドキは、一体、なんなんだったのか!?


「冬弥さんは、漫画を読まれたことはありますか?」


「まぁ、あるけど」


「では、冬弥さんも読みますか? 1巻はもう読んだので、お貸ししますが」


「はぁ? 男の俺が、少女漫画なんて読むわけないだろ!」


 結月が手にした漫画を見て、冬弥が面倒くさそうに答えた。

 漫画の表紙には、明らかに女性向けと思しき儚げなイラストが描かれていた。どちらかというと甘々な恋愛物のようにも見える。


「あら。男だとか女だとか、そんな小さなことに拘っているのですか? 大丈夫ですよ。男性が読んでも面白い物語だと、うちのメイドが言っておりました」


「メイドがって、そんなの女の主観だろ」


「そうですが……でも、読まずに文句を言うより、一度試してみてはいかがですか? 触れる機会があるなら、なんだって手を伸ばしてみるものですよ。周りの目など気にせず」


 そう言って穏やかに微笑んだ結月は、1巻だけ冬弥の方に差し出し、自分は2巻目を手にし、ソファーに腰掛けた。


 静かな室内には、ベッドに腰かけたまま頬杖をつく冬弥と、穏やかに漫画を読む結月の姿。


 すると、特にやることもないからか、冬弥は、まるで構ってくれとでもいうように、また結月に話しかけ始めた。


「なぁ、結婚の約束をしていた男とは、会えたのか?」


「そんなこと、話す必要あります?」


「だって、気になるんだよ。アンタのにあるを、誰がつけたのか?」


「え!?」


 瞬間、結月は顔を真っ赤にし、首根を押さえた。

 衝撃の言葉に、今まで冷静だった結月の表情が一気に崩れる。頬はバラ色に染まり、耳まで赤くなる。それはまさに、恥じらう乙女のように。


(う、うそ……レオ、見えるところには付けてないって言ってたのに……!)


 首の後ろは盲点だ。結月に気づけるはずがない。

 だが、そのあからさまな反応をみて、冬弥はぴくりと眉を引くつかせた。


 どうやら、結月は、キスマークを付けられた経験があるらしい。


「嘘だよ」


「え?」


。でも、その反応は、明らかにってことだよな。つまり、阿須加家のお嬢様は、俺という婚約者がありながら、別の男に抱かれてよろこんでたってわけだ。つーか、誰だよ相手。やっぱり、あのか?」


「……っ」


 さらに責められ、結月はじわりと汗をかいた。

 万が一レオのことを話して、彼を逆撫ですれば、先程までの話が、全て水の泡になる。


「ど、どうして、そのように思うのですか?」


 あくまでも冷静に問いかければ、冬弥は、何かを確信したように


「だって、あんた”箱入り娘”なんだろ。学校に行く以外は、極力屋敷から出るなって言われてたみたいだし。なら、屋敷の中でしか出来ねーし、相手はどう考えても、あの執事だろ?」


 そして、話しながら、冬弥もまた執事のことを思い出していた。


 兄の誕生パーティーの日、例のスイートルームでの出来事だ。お酒を飲んで朦朧とした結月を、ベッドに連れ込もうとした瞬間、いきなり頭からワインをかけられた。


 執事と名乗り、結月を守るように抱き抱えたその男は、酷く鋭い眼光で冬弥を睨みつけてきて、今思えば、あの顔は執事というよりは、だった気がする。


「やっぱり、あの執事が、アンタの恋人なのか?」


「…………」

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