✣ 番外編 ✣ 執事さんの看病【前編】
こちらの番外編は、第3章が終わった頃のお話になります。
その頃の簡単なおさらい↓
✣ レオは屋敷に来て、まだ一ヶ月ちょっと。
✣ 斎藤は退職したあと
✣ 結月は記憶喪失中で、レオに恋愛感情は一切抱いてない。
そんな感じの、再会ほやほやなころです。
少しでも楽しんで頂けたら、嬉しいです。
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
「え? お嬢様が?」
新緑が美しい5月下旬。
恵美から、突如、聞いた話にレオは眉をひそめた。
なんでも、朝、明るく学校に行ったはずのお嬢様が、突然倒れたらしく、今しがた先生から連絡がきたらしい。
「どうやら熱があるようで、今は保健室で休んでるそうです。五十嵐さん、お迎えに行ってくださいますか?」
「もちろんです」
むしろ、今すぐ飛んでいきたいくらいだ。
レオは、すぐさま返事をすると、屋敷を出て、車に乗り込んだ。向かうは、純心女子学院。お嬢様が通っている女子校だ。
レオは、倒れたと聞いた結月を心配し、執事服のまま車を走らせた。
愛しい愛しいお嬢様の一大事!
果たして、執事さんは、冷静でいられるのでしょうか?
番外編 『執事さんの看病』
✣✣✣
「保健室は、こちらです……!」
その後、学校に着くと、レオは職員室に向かったあと、先生から道案内を頼まれた女子生徒に導かれ、保健室へ向かっていた。
女子校の中は、基本的に男性は入れない。だからか、レオが、この学校の中に足を踏み入れたのは初めてのことだった。
中は、白を基調にした落ち着いた雰囲気で、さすがはお嬢様が通う学校、どこもかしこも優美で豪華。それでいて女性らしい空気に満ちていた。
だが、そんな女の園に、突如、レオのような若く凛々しい男性が現れたからか、廊下では、すれ違う度に、女子生徒達が黄色い声をあげていた。
「まぁ、なんて素敵な方!」
「どちら様?」
「阿須加家の執事みたいよ」
「そうなの!? あんなに素敵なのに執事だなんて、勿体ない!」
ヒソヒソと話す声は、レオが歩く度に増えていく。
なにより、高身長な上に顔立ちもよく、佇まいも美しいレオは、例え執事だったとしても、名だたるお嬢様方から求愛されるほどの素質は、しっかり持ち合わせていた。ある意味、ここで見初められれば、逆玉の輿にだって乗れるかもしれない。
だが、そんな女性たちには目もくれず、レオは一直線に保健室に向かっていた。
(結月は、大丈夫だろうか?)
倒れた時に、怪我はしなかっただろうか?
今、どれほどの熱があるのだろう。
頭の中は、結月のことでいっぱいだった。
心配で心配で、仕方がない。
あぁ、もし結月が自分のことを覚えていてくれたなら、今夜は片時も離れることなく看病してあげるのに!
だが、今の自分は、あくまでも執事。
年頃の女性の傍で、それも寝込んで無防備なお嬢様の傍で付きっきりで看病するなど、流石に許されるはずがない。
──ガラッ
「あら、早かったわね」
その後、保健室につくと、中にいた養護教諭の女性に声にかけられた。
レオは、案内をしてくれた女子生徒に丁寧にお礼のすると、改めて、養護教諭と向き合い一礼する。
「失礼致します。阿須加家の執事の五十嵐と申します。結月様を、お迎えに参りました」
「阿須加さんなら、奥のベッドで寝てますよ。熱があるので、帰ったらお医者様に診てもらってください」
「畏まりました」
主治医には既に連絡済み。きっと、帰宅した頃には屋敷に訪れているだろう。そう思考しつつ、レオは奥のベッドまで移動すると、締め切られたカーテンを開けた。
そして、その中のこじんまりとしたベッドの中で、結月が気だるそう眠っているのが見えた。朝は、平然としていたとおもったが、この様子だと、朝から体調が悪かったのかもしれない。
「お嬢様」
「ん……ぃ……がらし……?」
「はい、五十嵐です。お迎えに上がりました」
「ぁ……ありがとぅ……ごめんね、迷惑かけて」
「何をおっしゃいます。これも、全ては私の責任でございます」
「え?」
「この様子だと、朝からご気分がすぐれなかったのではありませんか? お嬢様の体調の変化に気付かぬとは、執事失格です」
「そ、そんなことないわ……私、いつも急に熱を出してしまって、いつも皆を困らせるの……だから、気にしないで……それに、来たばかりの五十嵐が変わらないのは当然よ」
そう言った結月は、無理に笑って、心配そうな執事を優しく声をかけた。
こんな時でも、使用人を気遣えるとは、結月はどこまでも優しくて聡明だ。そして、その聡明さは、熱があっても変わらず。
「先生……ご迷惑をおかけしました。私、帰ります」
「ええ、ゆっくり休みなさいね」
「……はい」
その後、ベッドから起き上がると、結月は、先生に声をかけたあと、遠慮がちにレオを見つめた。
「あの、五十嵐……申し訳ないけど……肩を貸してくれるかしら?」
「…………」
だが、その意味の分からない言葉に、レオは眉をひそめた。
もちろん。本当に分からなかった訳ではない。
肩を貸せということは、支えが欲しいということ。そして、肩を借りながら自分で歩くつもりなのだろう。だが、レオは……
「肩は貸せません」
「え? あ、そぅ……ご、ごめんね。じゃぁ、自分で」
「誰が自分で歩けといいました」
「え? でも」
「お嬢様、失礼します」
「へ、ひゃ……!」
瞬間、結月の体が、ふわりと宙に浮いた。
無理やり抱き抱えられ、いわゆるお姫様抱っこの体勢になると、結月は赤い頬をさらに赤らめて、慌てて声を発した。
「い、五十嵐、なにして……っ」
「体調の悪いお嬢様を、歩かせる訳にはまいりませんので」
「だ、だからって、こんな格好! みんなに見られたら……っ」
「恥ずかしいのは一時ですよ。車に戻るまでは辛抱してください。それに、お嬢様を歩かせて、また倒れられたら、私が困ります」
「……っ」
はっきりとそう告げれば、結月は黙り込み、その後、俯いた。こうなることは既に予測済み。こちらが、困ると言えば、結月は反論しなくなる。
「分かったら、しっかり掴まって下さい。屋敷に戻りますよ」
「ぅ……うん」
その後、言われるまま、結月はレオの首に腕を回して、きゅっとしがみついた。
するとレオは、大事そうに結月の体を支えつつ、荷物を手に取ると、また養護教諭に目を向ける。
「それでは、失礼致します。明日は、念の為、休ませますので、担任の先生にお伝え頂けると助かります」
「わかりました。伝えておきます。阿須加さんのご両親にも、宜しくお伝えください」
その言葉に、レオは頭だけ下げると、結月を抱き抱え、保健室から出ていった。
そして、そんな二人の姿を見て、養護教諭は
「あらあら、通りで生徒たちが騒ぐはずね。あれじゃ、執事というよりは、王子様みたいね」
執事のあまりの溺愛ぶりに、くすくすと微笑みながら、養護教諭は、また仕事に戻る。
だが、その後しばらく学校内では、レオの話で持ち切りだったとか?
✣✣✣
後編は、明日の夜、21時に更新します。
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