第188話 密夜


 ✣ 注意 ✣


 普段よりも、アダルトなシーンがあります。

 ご注意ください。


 


 ✣✣✣✣✣✣




 カーテンを締め切り、深く深く口付けを交わす。


 一日我慢していたからか、はたまた、あんなことを言われたからか、簡単には止められそうになかった。


 レオは、結月の腰を引き寄せると、あれから幾度となく口付けた。


 初めは、ついばむような甘いキス。だけどそれは、次第に深く絡めとるような物に変わり、いつしか呼吸が乱れ始める。


「ん、レオ……もぅ……っ」


 限界に達した結月が、吐息混じりの声を発した。だが、その声は、レオの欲深い感情を、さらに刺激する。


「結月、まだだよ」


 まだ、離してあげない──と、意地悪く微笑めば、レオは再び結月に口付けた。


 乱れた呼吸を更にかき乱すように、舌が口内に入り込めば、結月は、たどたどしくも、それに応える。


 正直、このまま押し倒して、官能的な夜に身を委ねるのも悪くないと思った。


 むしろ、キスをする度に、甘い声を聞く度に、その感情は、ふつふつと大きくなる。


 でも──…


「ん、っ……」


 その後、何度目かのキスを終えたあと、やっとのこと結月を解放したレオは、結月を優しく抱きしめた。


 細い肩に顔を埋めると、気持ちを落ち着かせようと、三回ほど深呼吸をする。


 はっきりいって、ここで中断するのは、かなりキツい。だが、結月のことを思うなら、ここで本能のままに突き進む訳にはいかない。


「結月、俺は一旦部屋に戻るよ。準備を整えたら、また来るから、それまで眠らずに待ってて」


「……準備?」


 触れ合っていた身体が離れると、レオの言葉に、結月は不思議そうに首を傾げた。


 どうやら、の意味が分からなかったらしい。レオはそんな結月に微笑みつつ、名残惜しそうに手を離すと、また部屋から出ていった。


「…………」


 だが、その後一人になり、一旦冷静になった結月は、先程の自分の発言を思い出し、ボッと頬を赤らめた。


「あ! 私、なんてこと……っ」


 考えてもみれば、自分から誘うなんて、とんでもなく、恥ずかしいことをしてしまった!!


「やだ、どうしよう……ッ」


 勿論、後悔はしていない。

 だが、今になって、羞恥心でいっぱいになる。


 しかし、これから、もっと恥かしいことをするのだということに、結月は、全く気づいていなかった。








  


  第188話 『密夜』











 ✣✣✣



 パタン──


 残りの戸締りを終え、準備を整えたレオは、机の上に置いたトランクをパタンと閉めた。


 さっきの言葉に、どれほどの衝撃を受けたかは、一言では言い表せない。


 このタイミングで、それも結月から誘うような言葉。思考なんて、あっさり吹き飛ばすくらいの威力で、まるで夢でも見ているのかとおもった。


 だけど、それは夢ではなく、紛れもない現実で、そしてそれが、結月の覚悟から来るものだと、すぐに気づいた。


 冬弥に会う前に、好きな人に全てを捧げておきたい。その思いに、深い愛と胸の奥に住まう不安を垣間みる。


 なにより、自分だって、何度思ったかしれないのだ。


 冬弥に奪われる前に、結月を自分だけのものにしてしまいたいと……


 だけど、それは、あくまでも自分の心を満たすためだけのもので、結月に押し付けるものではなかった。


 だけど今日、結月は、それを、自ら望んでくれた。



 ──コンコンコン


 その後、結月の部屋に向かうと、レオは再び扉を叩き、中に入った。


 一礼して顔を上げれば、そこには先程と同じく、真っ白なナイトドレスを着た結月がいた。


 レースがあしらわれたドレスは、とても繊細で美しく、ゆったりとしていながら、女性らしいラインを描くシルエットは、まさに、結月の純粋さを映し出すようだった。


 だが、その真っ白で穢れない彼女を、今から自分が穢すことになるのだろう。


 しかし、花を散らす儚さはあれど、それには、男として、この上ない喜びを感じた。


 好いた女が、自分に全てを捧げたいと言ってくれる。こんなにも、光栄なことはない。


「その格好で、きたの?」


 その後、結月がレオの元に歩み寄れば、これまた不思議そうに首を傾げた。


 結月同様、レオも先程と同じく、真っ黒な燕尾服を着ていた。


 準備などと言っていたから、てっきり着替えてくると思ったらしい。するとレオは、そんな結月を見つめて


に、お願いしたのは、お嬢様の方では?」

「っ……!」


 先程の言葉をすくい上げ、意地悪くそう言えば、結月は、少しばかりむくれた顔をする。


「そ、そんな意地悪、言わなくても」


「ふふ……ごめん。意地悪したくなった訳じゃないんだ」


「え? じゃぁ、なんで?」


「それは……」


 なぜ、この服で来たのか?

 それは、を失わないためだった。


 衣装ひとつで、心持ちは変わる。


 どうせ、全て脱ぎ捨ててしまうかもしれないが、それでも、燕尾服を目にする度に、冷静になれる気がした。


 きっと、一度、箍が外れてしまったら、自分は本能のままに彼女を求めてしまう。


 だけど、愛しい人との初めてを、そんな独りよがりな行為で終わらせたくなかった。


 だからこそ、ただの男に戻ってしまわないよう、レオはあえてこの服を選んだ。


 とはいえ、それを素直に告げるのは、少し恥ずかしくもあり……


「いや……やっぱり、意地悪したくなったのかもしれない」


「もう、どっちなの?」


「結月の方こそ、どっち?」


「え?」


「今日は、どっちに抱かれたい? 望月レオか、それとも、五十嵐レオか?」


「……っ」


 そっと髪をすくいあげると、その髪に口付けながら、反応を伺った。


 幼なじみとしての、自分か?

 執事としての、自分か?


 結月が、どちらを選ぶのか、純粋に気になったから……


 でも、結月にとっては、望月くんも、五十嵐も、どちらもかけがえのない人だった。


 まだ幼い望月くんに恋をして、執事である五十嵐にまた恋をした。


 レオの全てが好きで、全てが愛おしい。


「……そ、そんなの決められないわ。どっちもって、いっちゃだめなの?」


「どっちもか」


「なに? 別に嫌なら」


「いいえ、お嬢様のお望み通りに」


 すると、急に抱きかかえられ、お姫様抱っこの状態で、ベッドまで連れていかれた。


 結月が、使用している天蓋付きのベッドは、今日も綺麗にメイキングされていて、肌触りの良いそのシーツの上に下ろされると、二人分の重さに耐えかねて、ベッドが小さく悲鳴をあげる。


 ギシッ──と微かに軋む音。

 それと同時に、また口付けられる。


 まるで「始めるよ」と、合図でもするように

 もしくは「愛してる」と、改めて告げるように


 そして、少し長めの口付けを終えると、ベッドに乗り上げたレオは、始めに白い手袋を取り去った。


 普段は、あまり目にしない整った指先。それが、首元に移動すれば、ネクタイを緩め、胸元のボタンを外す。


 きっちりと着こなした執事服が、少しずつ乱れていく姿に、自然と鼓動が早まった。


 いつもの執事の表情が、男の表情に変わる。緩く乱れた執事服と、ワイシャツから覗く形のいい鎖骨に、視線が集中する。


(ど、どうしよう……っ)


 なんだか、無性に恥ずかしくなって、ここに来て、急に緊張してきてしまった。


 結月は、レオから顔をそらすと


「じゅ、準備って、何をしてきたの?」


 と、あからさまな時間稼ぎを始めた。

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