第173話 再考


「大丈夫よ! だって私、本で読んだことあるもの! と同じでしょ!?」


((キャンプ!!?))


 すると、少し的はずれなことを言い出した結月に、皆は絶句する。なぜなら野宿とは、キャンプのように楽しいものではないからだ!


「お嬢様~~、私たちは、心配でたまりません!!」


「え!? 私なにか、変なこと言った!?」


「五十嵐さん、本当に大丈夫ですか? はっきりいって、お嬢様は、かなり」


「大丈夫です。十分わかってます」


 矢野の忠告に、レオがピシャリと返せば、結月は、その後、恥ずかしそうに俯いた。


(あれ? 野宿とキャンプって違うの? どちらも外で寝るから同じなんじゃないの?)


 違いが分からず、結月がパニックになっていると、そんな結月をみつめながら、斎藤が朗らかに話しかけた。


「はは、確かに、お嬢様に野宿は無理だろうなぁ」


「そ、そんなにダメ?」


「ダメというか、いくら五十嵐くんと一緒でも、危険すぎますよ」


「そ、そう……っ」


 斎藤に諭され、結月は自分の不甲斐なさに縮こまった。

 自分は、世の中のことを知らなすぎる。ちゃんと、本で学んできたつもりでも、それは、ただの知識でしかない。そして、その知識も全て本当と限らない。


「それより、住む場所が決まらなければ、仕事にもつけない。生活費の方は、大丈夫なのかい?」


 すると、続けざまに斎藤がそう言って、レオが答える。


「それは大丈夫です。ある程度の貯えはあるので、暫くは働かなくても生活できます。ただ、ホテルを利用するにしても、宿泊費がバカにならないので、できるなら屋敷を出る前に住処は決めておきたいです。ルナも……飼い猫も連れていきたいですし」


「そうか……実は、私に一つだけ、アテがあるんだが」


「え?」


「私の妻の実家が、今、空き家でね。妻が、ずっと誰かに譲りたいと言っていたんだ。自分が死んだあとは、手入れする人が誰もいなくなっとしまうからと……ただ、この屋敷と違って和風の作り出し、田舎にあるから、買い出しなどは少し不便かもしれない。そこで良ければの話になるが」


 話によれば、その家は一軒家で、人里離れた場所にあるらしい。だが、田舎にあるため、買い手はつかず、定期的に妻が実家に行き手入れをしていたらしい。

 物件として、あまり優良とは言い難いが、猫も一緒に住める住居を探しているレオにとっては、またとない話だった。


「いえ、むしろ助かります。人目につきにくい田舎の方が、こちらとしてはありがたいですし」


「そうか、なら、妻に話してみよう。五十嵐くんの事は妻にも話してあるから、君に譲るなら、きっと喜ぶ」


 斎藤の計らいにより、なんとか住居の目処がたち、皆が、ほっと胸をなでおろした。


 だが、そこに──


「それで、駆け落ちは、いつ決行するのですか?」


 そう、恵美が問いかければ、その言葉に、また緊張が走った。


 二人を駆け落ちさせるその日まで、絶対に、このことを阿須加家の人間に知られてはいけない。


 すると、場が緊迫する中、レオが静かに口を開く。


「結月が、餅津木家に行くのは、高校を卒業したあとです。だから、卒業式が行われる3月1日までには、決行しなければなりません」


「じゃぁ、今は12月だから、あと三ヶ月」


「はい。ですが、あまりギリギリに動くのはリスクが高すぎるので、決行は、2月頭かと」


 そう言って、大まかな期日を話し合う。だが、その後、ルイが、レオの傍に歩み寄ってきた。


 壁際に寄りかかり、話を聞いていたルイ。だが、そこからいきなり離れたルイに、レオは何事かと顔をあげる。


「ルイ、どうし……」


「ねぇ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんじゃない?」


「!?」


 瞬間、ルイがレオの額に触れた。不意をつかれ、止める間もなく、触れられた手にレオは、じわりと汗をかいた。


「ル……ッ」

「あー、やっぱり」


 すると、その額のを感じとり、ルイの青い瞳が、見透かすように細められた。


「レオ、ずっと熱があるよね。屋敷の業務に加えて、別邸の仕事、その上、夜な夜な資料をまとめてたんじゃ、明らかな過重労働だ。2月まで待っていたら、君の身体が持たない」


「……っ」


 その言葉に、レオは小さく唇を噛み締める。

 確かに、休めていないからか、37度台の微熱がずっと続いている。そしてそれが、疲れから来るものなのも分かっていた。


 だが、今このタイミングで、無様に倒れる訳にはいかない。


「大丈夫だ。あと二ヶ月くらい」


「そんなこと言って、肝心な時にぶっ倒れたらどうするの? どうせ、みんなにはバレちゃったんだし、ここは素直に甘えて、体調を戻すべきだと思うけどな~。で、早々に駆け落ちしちゃおう!」


「早々にって、何を考えてる?」


「んー」


 すると、ルイは、そのまま斎藤に目を向けた。


「ねぇ、その家には、いつ頃から住めますか?」


「え? そうだなぁ、掃除や手入れさえすめば、いつからでも……ただ、妻が病気になってから一度も行けていなくてね。その上、かなり遠方にある。私が妻を連れて行ったところで、一人で住める状態にするまでに何日かかるか」


「あ、じゃぁ、私も手伝いますよ! 家の掃除なら、任せてください!」


「私も手伝うよ。なんなら、車も出してもいいし! 雅文を連れていけば、男手もあるし」


「では、私は生活用品や食料の手配をしましょうか。その辺は、主婦である私の方が適任でしょうし」


 恵美と愛理がたて続けに挙手すれば、その後、矢野も追言し、話は、あれよあれよと進んでいく。


「あはは、みんな頼もしいね! じゃぁ、住処や食料の準備は、三週間以内に終わらせてもらって」


「ちょっ…まて、ルイ! なにも、そこまでしてもらわなくても」


「何言ってんの、レオ。みんな手伝ってくれるって言ってるのに」


「そうですよ! だいたい、五十嵐さんは、働きすぎなんです! こういう時くらい、ちゃんと頼ってください!」


「ですが……っ」


「全く、レオは相変わらず真面目すぎるなー。ねぇ、レオ、君はもう


「……っ」


 すると、ルイがレオの目を見て、再度語りかけた。


「みんなが、君たちの幸せを願ってる。でも、それは、君たちが、彼らのために、それだけのことをしてきたからだよ。それに、レオは、昔から無理をしすぎる。一人で何でも背負い込んで、全部一人で解決しようとして……だけど、君が無理をして、、よく考えて」


「………」


 そう言われ、レオはゆっくりと結月に視線を向けた。

 目があえば、これまでにも時折目にした、結月の不安げな瞳が見えた。


 わかってはいた。

 結月が、どれほど自分を心配しているか。


 だが、大事な時だからこそ、大丈夫だと言い聞かせた。


 でも……その瞳と、皆の言葉を聞いてしまえば、もう何も言えなくなった。


「……わかった」


 その後、小さく頷き、レオが、改めて使用人たちにお礼をいえば、その姿をみて、結月が安心したように息をつき、ルイはニッコリと微笑んだ。


「よし! じゃぁ、レオはまず体調を戻すことを優先に、来たるべき日に備えてね!」


「来たるべき日?」


「うん。アイツらに見つからずに逃げなきゃいけないんでしょ? なら、逃げるなら、もっとうってつけの日があるよ。このにはね」


「日本には?……て、まさか」


「うん、そのまさか。レオには、に合わせて、また計画の再考をお願いしたいんだけど、いいよね?」


「………」


 ルイが微笑むと、レオはその意志を読み取り、呆れたように苦笑する。まさか、今日一日で、ここまで覆されるとはおもわなかった。


 でも……


「あぁ……任せろ」


 そう言って、レオが不敵に微笑めば、その二人の姿を、皆が勇み立つような面持ちで、見つめていた。






 この屋敷が『空』になるまで



 残り、数週間





 決行の日は





 人々が、もっとも『夢』を願う





 あの











 ────始まりの夜





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