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第171話 人質と猫


「だから、こちらは、もっと直接的なを取ります」


「人質?」 


「はい──です」


「え!?」


 その言葉に、一同は目を瞬かせた。


「か、株主!?」


「はい。株主は、言わば、会社にとって大事な出資者です。そして、その株主を失うことは、会社の存続に大きな影響を与える。そこで、結月を連れ戻そうとするなら、この証拠を、直接、株主に触れ込むと脅します。既に傾きかけている会社が、更に支援者を失うと分かれば、奴らだって、従わざるをえなくなる」


「確かに、株価は着々と下がっていますし、これ以上、株主が減るのは、あちら側としては避けたいところでしょうね」


 矢野が、ふむと考え込みつつ、また資料を見つめた。確かに、それが、もし実行されれば、世間からのバッシングに加え、出資者を失う。


 会社の存続のために、娘を餅津木家に嫁がせようとするあの親なら、それなりに狼狽えることは間違いない。


「ただ、その株主の中には、ホテルとグルになっている奴らもいるようです」


「グルに?」


「はい、阿須加家は、洋介の友人たちに、容姿のいい従業員たちを使って、特別な接待をさせていました。もう、何年も前から……そして、その中には、株主も混ざっている可能性も」


 すると、レオは不意に、父のことを思いだした。


 父の玲二れいじも、その接待に駆り出されていた。


 飲めないお酒を無理やり飲まされ、夜遅くまで、客への奉仕で拘束される。


 早く帰って来て欲しいと願う息子がいながら、帰りたくても帰れなかった父は、いつしか限界が来て──自ら川に身を投げた。


 まさか、ここにきて、父が残した日記が、大きな証拠になるとは思わなかったが、あの時の無念もまとめて、今、果たそうとおもった。


「あの、接待って、一体……っ」


 すると、恵美が恐る恐る問いかけてきて、再びレオは顔を上げる。


「株主への接待自体は、珍しい話ではありません。株券を購入し、それにより特別な待遇を受けるのは、株主としての魅力でもありますから。ですが、ホテルの中は密室ですから、その中で、どのような接待が行われていたのかは、俺にもわかりません。とはいえ、従業員をホストやホステスのように扱って、客のご機嫌を取っていたのは確かです。なにより、それ以上のことを要求されていたとしても、従業員たちは、逆らえなかったでしょう」


「っ……なにそれ。そういうの、訴えれば勝てるんじゃないの?」


「そうかもしれません。でも、これまで訴えた者は誰一人としていません。阿須加家に潰されたか、元から勝てないと泣き寝入りしたか。それだけ阿須加家は、この街では、恐ろしい存在です。だからこそ、外からではなく、内側から崩さなくてはならない」


 内側から──それはまさに、今の状況を指しているのだろう。


 悪行の証拠を提示し、出資者を人質にとり、そして、お嬢様を奪うことで、跡取りを断つ。


 後に会社を継ぐものがいなくなれば、あの会社は、いずれ自らの過ちにより、破滅する。


「俺の目的は、あくまでもです。だから、あの会社を、今すぐ潰すつもりはありません。ギリギリ潰れない程度に追い詰めて、ゆっくりゆっくり首を絞めていく。それに、こちらが弱みを握っている以上、結月が失踪しても、警察沙汰にするのは避けるでしょう。やましい事があるなら、尚更」


「確かに、脅すには最適なネタですが……でも、肝心の株主の情報は、どうやって手に入れるのですか?」


 矢野が問いかけれは、一同は同時にレオをみつめた。


 会社には、客の情報を守る義務がある。そして、その顧客情報は、別邸とホテルにしかない、持ち出し禁止の重要書類だ。はっきりいって、簡単には手に入らない。


 だが、そんな中、レオは不敵に微笑むと


「大丈夫ですよ。その情報なら、既ににありますから」


「え?」


 するとレオは、次に自分のこめかみを指さした。それはまるで、脳内でも指すように。


「え!? ここって……まさか、頭の中にあるってことですか!?」


「はい、主要株主に筆頭株主と、重要な株主の情報はあらかた覚えました。ただ、記憶の中にあるものを証拠として提示はできませんので、暗記した情報は、すべてノートにまとめてあります」


「すごい……っ」


「五十嵐さん、一体何者なんですか!?」


「ただの執事ですよ。いえ、執事だからこそ出来たと言った方がいいかもしれません」


「執事だからこそ?」


「はい。俺が、執事になったのは、主に二つの理由があります。一つは、結月を傍で守るため。そして、二つ目は、阿須加家の屋敷を、何食わぬ顔で出入りするため」


「屋敷を……?」


「はい。別邸への呼び出しはよくありましたし、中を把握するのは造作もないことでした。なにより、最近は、別邸の業務も覚えるように言われていたので、金庫や書庫に加え、機密書類の鍵の在処まで教えもらいました。あちらが、俺を利用するなら、こちらも利用してやります。おかげで、より多くの情報を手にいれることが出来ました」


「へー、さすがだね、レオは。刺されても、刺し返すまでがセットだなんて、怖いなー」


 傍らで、壁に寄りかかり話を聞いていたルイが、楽しそうに微笑んだ。

 

 美結の言いなりになるだけでなく、それを逆に利用していたなんて……


 すると、そのレオの話に、恵美も納得したように呟く。


「じゃぁ、五十嵐さんが、夜中に起きてなにかしていたのは、その資料を纏めてたんですか?」


「そうですよ。別邸から手にいれた情報は逐一まとめていました。万が一の時、すぐに、結月を連れて逃げられるように」


「え!? じゃぁ、私たちが手伝うまでもなく、もう準備万端じゃん!」


「まぁ、そうですね」


 愛理が、驚きつつ叫べば、レオは苦笑いを浮かべた。


 さすがは、執事。その手際の良さには、毎度、驚かされる。だが、その後、少しだけ表情を曇らせたレオは


「――でも、そういいたいところではありますが、実は、ここに来て、一つだけ問題が」


「問題?」


「はい。結月と屋敷を出た後に、住むはずだった住居が、使えなくなりました」


「え!? 住居が?」


「それって、住むところがないってこと!?」


「はい。実は念の為、警察沙汰になった時に足がつかないよう、執事として屋敷に来る前に、住む家をあらかじめ、確保してから来ました。若い男女が、新しく家を借りると、そこから足がついてしまう場合がありますから」


「え、来る前って!?」


「執事になる前ってことですか!? なんですか、それは用意周到すぎませんか!?」


「あはは。まぁ、うちにはがいるので、住む場所は限られてきますし」


「……猫?」


 すると、その言葉に、結月がピクリと反応した。


 記憶を思い出した際、それと同時に思い出したことがあった。


 幼い頃、レオと共に『家族』になった仔猫。


 そして、その子の名前は──


「ルナ……今、どうしてるの?」







✤✤✤✤✤



いつも、応援頂いている皆様、ありがとうございます。


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今回は、ちょっとしたお知らせです。


カクヨムでは、あまりあとがきを載せる雰囲気ではないので、この度、お引っ越し完了にあわせて、FANBOXを開設いしました。


最新話のあとがきや、次回予告などを公開しております。無料で読めますので、物語の裏話が気になる方は、よかったら遊びに来ください。オマケで恥ずかしい『執事の日記』も公開中です(笑)


https://www.fanbox.cc/@yukizakuraxxx


では、この先は、更に盛り上げていきたいとおもいますので、今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。


雪桜


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