第164話 復讐と愛執のセレナーデ ⑲ ~キス~


「おめでとう~!」


 どこからか聞こえてきた賑やかな声。それは、教会で結婚式をしている人々の声だった。


 白いタキシードと純白のウェディングドレスを着た新郎新婦が、祝福されながらフラワーシャワーの中を歩いている。


 その光景は、まさに最高の瞬間を切り取ったかのような、そんな幸福に満ちた光景で、俺たちは、つい釘付けになった。


「結婚式だ」


「そうだな」


「素敵ね。花嫁さん、とっても綺麗」


「結月も、あーいうのに憧れたりするのか?」


「うん、そうね……憧れるわ」


 そう言って、目を細めた結月は、まるで、夢見る乙女のようだった。お嬢様でも、女の子らしく、結婚式には憧れるらしい。


 だけど、結月にとっては、それが手に入らないものだからこそ、余計に憧れていたのかもしれない。


 このままいけば、結月は好きでもない男と、結婚しなくてはならないから……


(結月が結婚させられる前に、ここに戻ってこないと……)


「ねぇ、レオ」


「ん?」


「レオは、したことある?」


「──は?」


 すると、結月が再び俺に声をかけてきた。


 だけど、目が合った瞬間、想像もしていなった事を聞かれて、軽く動揺する。


「キ、キスって……あるわけないだろ」


「そうだよね、私達、まだ子供だし」


「なんだよ、いきなり」


「うん……結婚式で、神様に誓いの言葉をいったあと、最後にキスをするでしょ。アレ、どうしてか知ってる?」


「?」


 更に意味のわからないことを言われて、俺は眉をひそめた。


 結月が言っているのは『誓いのキス』のこと。


 結婚式で、新郎新婦は、神様の前で誓いを立てる。病める時も健やかなる時も……って言う、定番のアレ。


 そして、その後に、新郎は新婦のベールをあげて、誓いのキスをする。


 だが、その一連の流れは、ある意味、お約束とでも言うような流れで……


「どうしてって、盛り上げるためにやってんだろ。アレに、意味なんてあるのか?」


「あるに決まってるじゃない。人前でキスするのよ?」


「あー、もしかしてアレか。また変な本の知識か?」


「ふふ、そう! 本で読んだの!」


 パッと表情が華やいだ結月は、話したくてうずうずしているようだった。


 まぁ、話したいなら聞いてならないこともない。俺は結月の顔を覗きこむと


「どんな意味があるんだ?」


「あのね、誓いのキスは、にするの」


「約束?」


「うん。神様の前で、誓いの言葉をいうでしょ。『死がふたりを分かつまで、愛し続けることを誓いますか?』って……あの言葉を、キスをすることで、お互いの中に封じ込めるの」


「封じ込める?」


「そう。一生、その人だけを愛するって誓いを、決して破ることのない約束として、キスで封じるの。だから、最後にキスをしないと、あの儀式は成り立たないのよ」


「…………」


 そう言って、朗らかに笑った結月に、俺は、また教会の方に目を向けた。


 誓いのキスに、そんな意味があるなんて知らなかった。


 だけど、約束を封じ込める。

 それが、もし、本当なら──


「ねぇ、明日は会える?」

「……!」


 すると、結月がまた俺に笑いかけてきた。


 明日は日曜日。いつもだったら、必ず逢いに行くところだけど……


「ごめん。明日は、会えない」


「そうなの?」


「うん……明日は、新しい親と会う日だから」


 それは、6月の中旬のこと。フランスから、五十嵐夫婦が来日する事になった。


 新しい親との、対面の日。


 そして、その後は、あっという間に結月との別れの日がやってきた。


 それは、夏休みに入った7月下旬。


 俺は『望月もちづき レオ』から『五十嵐いがらしレオ』に名前を変え、日本を離れることになった。

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