第163話 復讐と愛執のセレナーデ ⑱ ~執事~


 次の日、4月14日。

 それは、俺と結月の誕生日。


 俺は、昨日、結月に言われたとおり、夕方5時に屋敷の中に忍び込んだ。


 温室のテーブルの裏に『箱』を隠しておくと言われ、見つからないように、こっそり温室に入り、テーブルの前まで足を運んだ。


 この温室は屋敷から離れているから、そう簡単は見つからないけど、いつ使用人が来てもおかしくないため、俺は手早く箱を探して、屋敷からでた。


 その後、家に帰ると、俺は、縁側で丸くなるルナの横に座り込んで、結月から渡された箱の中を確認する。


 温室のテーブルの裏には、手提げ袋がかけられていて、その中には確かに箱が入っていた。


 ピンクと紫のボーダー柄が可愛らしいプレゼントボックス。


 そして、その中には


(……お菓子?)


 そこには宝石みたいに綺麗な形をしたお菓子がたくさん入っていた。


 それはクッキーにキャンディ、チョコレートといった一般的なお菓子だったが、その見た目は、庶民が日頃、見るようなお菓子とは明らかに違った。


 食べるのが勿体ないくらい装飾に凝った、煌びやかなお菓子の数々。きっと、味も一流なのだろう。


「……やっぱ、あいつ、お嬢様なんだな」


 そして、その箱には、メッセージカードがついていた。


 カードには「レオ、お誕生日おめでとう」と結月の字で書かれていて、俺はそれを目にしたあと、縁側から、仏壇に目を向けた。


 仏壇には、父の遺影があった。亡くなってしまった父に、忘れてしまった祖母。


 今年の誕生日は、誰も祝ってくれないと思っていた。


 父の姉である伯母は顔を出してくれるけど、わざわざ誕生日だと、言う気はなかったし……


「おめでとう……か」


 ひとり呟き、箱の中からチョコレートを取りだした。一つ食してみれば、俺が普段食べるチョコレートとは、全く違った。


 口どけの良い上品な甘さ。こんなチョコをいつも食べていれば、1袋100円のチョコなんて不味いって言うに決まってる。


 だけど、それでも結月は、その不味いチョコを、俺がくれたものだから美味しいと言ってくれる。


「バカなやつ……」


 不意に、胸が熱くなって、縁側で一人頬を染めながら、次はクッキーを食べた。


 カラメリゼされたサクサクと香ばしい食感。たぶん使っているバターとか、小麦粉から既に、最上のものを使っているのかもしれない。


 それを食べながら、ふと思った。


 結月が、俺たち庶民の生活を知らないように、俺も、結月の一流の生活を知らない。


 普通の常識を知っているだけじゃダメだと思った。もっと、学んでいかないといけない。


 俺たちの、未来のためにも──




 ✣


 ✣


 ✣



「すごーい、高ーい!」


 それから俺たちは、温室の中だけじゃなく、頻繁に屋敷を抜け出して、町の中を探索するようになった。


 公園に行けば、結月は、遊具でよくはしゃいでいて、ジャングルジムに上って下りれなくなった時は、俺が抱きとめてあげたり。


 他にも、神社に行って、一緒におみくじを引いてみたりもした。


「見て、わたし大吉! レオは?」

「俺は……」


 ただ、その日ひいたおみくじは、結月が大吉で、俺は大凶。なかなか苦い結果になって落ち込んでいると、結月が、俺の大凶と自分の大吉を二枚重ねて、一緒に木に結び付けた。


「こうすれば、半分こよ!」


 そう言って、いい事も悪いことも、共に分かち合おうとする結月に、自然と心は温かくなった。


 そして、俺が執事になることを意識したのは、ほんの些細な雑談からだった。


「え? うちの屋敷で、一番偉い人?」


 屋敷に向かう帰り道、俺はふと気になって、結月に聞いてみたことがあった。


 俺は、結月の屋敷のことを、あまりよく知らなかったから。


「うちの屋敷で、一番偉いのは、私よ。これでも、ご主人様なんだから」


「それは、わかってるよ。使で、一番偉いのはって話。やっぱり、あの白木ってメイド?」


「うーん、白木さんはメイド長だけど、一番偉いわけじゃないわ。うちで一番偉い使用人は、よ」


「執事?」


「うん。メイドだけじゃなく、フットマンとか庭師とか、全ての使用人を総括している人よ。うちの執事は、もうおじいちゃんだから、ほとんど執務室にこもってるけど」


「そうなんだ」


 屋敷の使用人で、一番偉いのは『執事』


 その時は、どんな仕事をするかすら、よく分かっていなかったけど、今みたいに忍び込まずに屋敷の中を自由に動き回るには、屋敷の使用人になるのが一番。


 それだけは、何となく分かった。


「おめでとう~!」

「?」


 すると、そうして話すうちに、どこからか賑やかな笑い声が聞こえてきた。


 それは、ふと通りかかった教会の前。


 新郎新婦を取り囲んで、結婚式をしている人々の姿だった。


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