第160話 復讐と愛執のセレナーデ ⑮ ~五十嵐~


 結月と家族になったその次の日、俺は飼い主の見つからない黒猫を、家に連れ帰った。


 黒猫の名前は──ルナ。


 結月がつけてくれたこの名前は、俺たち二人の名前と同じになるようにつけられた。


『阿須加 結月』と『望月 レオ』


 俺たちの名前には、どちらも『月』の字がはいっていたから、娘の名前も月にちなんだ名前にしようと、ラテン語で月を意味する『ルナ』になった。


 血の繋がりはなくても、せめて、名前だけでも繋がろう。


 それは、本当にママゴトみたいな家族だったけど、今の俺達には、十分すぎるくらい幸せだった。



 ✣✣✣



「まぁ、可愛いね~」


 子猫を家につれかえれば、小さい黒猫は、見知らぬ家に来て、かなり警戒していた。


 だけど、昨日話しをしたからか、祖母の方はあっさり受け入れ、子猫を可愛がってくれた。


 ルナは思いのほか可愛くて、一緒にいると心が癒された。


 辛い時は、まるで慰めるみたいに頬に擦り寄ってくる。それは、愛しいと思う存在が増えた瞬間で、だけど、祖母はあっさり受け入れてくれたけど、やはり伯母には、こっぴどく叱られた。


「レオくん! 何考えてるの!? 子猫を貰ってくるなんて!」


 無理もない。俺の引き取り先ですら、まだ決まらないのに、猫なんてもらってきたら、さらに厄介事が増える。


 だけど、俺は──


「この子も一緒じゃなきゃ、行かないから」


 この反抗的な言葉には、伯母も呆れ返っていた。


 だけど、父親を亡くしたばかりの子供の気持ちを多少は汲んでくれたらしい。その後、責めるようなことは、何も言わなかった。


 だけど、その代わりに……


「わかったわ。でも、猫と一緒に引き取ってくれる家がみつかったら、そこにお世話になりなさいね。今、に確認を取ってるから」


「五十嵐?」


 ルナを抱いたまま、伯母の話に聞き入る。


「五十嵐って、なに?」


「あら、レオくん知らなかったのね。五十嵐家は、紗那ちゃんのご実家よ」


「え?」


 紗那さなとは、俺の母親の名前だった。


 どうやら、望月家に嫁ぐ前の旧姓が『五十嵐』だったらしい。


「望月家の縁者を色々尋ねてみたけど、どこも受け入れられないと言われて、思い切って、五十嵐家の方にも連絡を取ってみたの。そしたら、紗那ちゃんの弟さんが、引き取ると言ってくださって」


「え……?」


 急に訪れたリアルな話に、軽く目眩がした。


 五十嵐家? 弟?

 思考が全く追いつかない。


「な、何言ってんの?」


「何って、だからレオ君の引き取り先の話よ。弟さんはね、ご夫婦で暮らしてるの。でも、子供には恵まれなかったみたいで、レオくんのことを、喜んで引き取ると言って下さってるのよ」


「ちょ、ちょっと待って……母さんの弟って、俺、一度もあったことないけど」


「それはそうよ。紗那ちゃんが亡くなってから会う機会もなくなったし、それに今は、外国で暮らしてるみたいだから」


「外国?」


「えぇ、フランスにいるの。まぁ、猫のこともあるから、まだ確定ではないけど、ルナこの子も一緒でいいといってくれたら、レオくんは、いずれ五十嵐さんと養子縁組して、フランスに行くことになるから、そのつもりでね」


「……っ」


 フランス──それは、はるか海を越えた遠い異国の地。


 それが、どれだけ気が遠くなる地にあるのか、子供の俺でも、はっきり分かった。


「なんで……外国なんて、嫌だ!!」


 行きたくない。素直に、そう思った。


 そんな遠い地にいったら、もう結月に会えなくなる。だけど、伯母は


「レオくん、日本をはなれるのは不安でしょうけど、五十嵐さんは、とても優しい方々よ。裕福だし、貧しい思いをすることはないし、きっとレオくんのことを大切にしてくれるわ」


 伯母は、俺を安心させるように微笑むと、その後、祖母をつれて部屋からでていった。


 きっとそれは、俺にとって、最高の引き取り先だった。


 会ったことはないけど、叔父にあたる人だから、血の繋がりだってしっかりある。


 だけど……


「フランスなんて……っ」


 その瞬間、結月に、家族になろうと言ったことをできたことを思い出した。


 ずっとずっと、そばにいたい。だけど、フランスにいったら、もう傍には居られなくなる。


 俺は、その五十嵐さんが『猫は引き取れない』と言ってくれることを願った。


 できるだけ、この街にいられるように。

 結月の傍を離れなくてすむように。


 だけど、俺が『望月』の名を捨て『五十嵐 レオ』として生きる、その始まりの日は


 そう、遠くない未来だった。


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