第159話 復讐と愛執のセレナーデ ⑭ ~家族~
「私ね、ちゃんとした家族が欲しいの」
「家族?」
「うん。私の……一番の夢。でも、きっと叶わないわ。私には選べないから」
「…………」
明るく笑いながら、それでもどこか影のある表情に、胸がキュッと苦しくなった。
結月の人生は、全て親に決められていた。
これまでも、そして、これからも……
「おかしいよね。欲しいのに、全く手に入らないの。ずっといい子にしてるのに、お父様たちは、私には見向きもしないし、家族みたいに優しいのは屋敷の使用人たちだけ。でも、その使用人たちも、私と一緒に、ご飯は食べてくれないの」
「…………」
「本当の家族なら、一緒にご飯を食べるんですって。様付けなんかもしないし。私は、家族だと思っていても、きっとみんなは、違うわ……だって、彼らには、ちゃんと家族がいるもの」
何不自由なく、裕福で穏やかな暮らしをしている結月。だが、その心は全く満たされてはいないようだった。
親に虐げられて、使用人たちからは一線を引かれて、その上、未来の夫ですら、結月は自分で選べない。
未来の家族ですら、誰かに決められる。
だからこそ、ちゃんとした家族が欲しいと、夢を見ていたのだろう。
お互いの『愛』で繋がった、温かくて優しい家族を……
「ねぇ、今日も、あの『箱』持ってきてるの?」
「え?」
すると、また結月が問いかけた。
温室の中には、小鳥が静かにさえずる音が響いていた。そんな中、俺は結月に言われるまま、鞄の中から、その箱を取り出した。
父が残した、あの『空っぽの箱』を──
「持ってるけど」
「また、中身、見せてくれる?」
「何も入ってないのにか?」
「入ってるっていったじゃない」
親の愛情が詰まっていると言ったあの話を、結月は、まだ覚えていたらしい。
俺が箱を差し出せば、その空の箱を空けて、結月は羨ましそうに微笑んだ。
「素敵な方ね、望月君のお父様は……」
「素敵?」
「うん。だって、亡くなっても、こうして愛情を残してくれてるのよ。望月くんが寂しくないように……」
「…………」
箱だけでも残したのは、確かに愛だったのかもしれない。
そこに、指輪があった証。
そこに、愛があった証。
でも
「……寂しいよ」
「え?」
「愛情が残ってても、いなくなったら寂しい」
箱だけ残っていても、いなくなれば、寂しい。
触れられなければ
声を聞けなければ
会えなければ
こんなにも、苦しくて悲しくて──寂しい。
「あ……ごめんなさい。私、酷いことを」
不意に、結月の手が頬に触れた。
気がつけば、俺は泣いていたらしく、流れた涙を拭おうと、結月は、ハンカチを取り出して、俺の頬に当てた。
肌触りのよいそのハンカチは、父がよく持ち歩いていたハンカチとよく似ていた。
花の刺繍が施されたラベンダー色のハンカチ。
それは、母の肩身だっだ。
だからか、それを目にした瞬間、余計に涙が止まらなくなった。
なんで俺は、一人で入学式になんて行ったのだろう。
辛くなるのも、悲しくなるのも、わかっていたはずなのに……っ
「望月くん。ごめんね、ごめんなさい……っ」
片手で顔を覆って、必死に涙を隠そうとする俺を見て、結月が心配そうに声をかけた。
自分より年下の女の子の前で泣いて、みっともないったらなかった。
だけど、今まで積もり積もったものが、まるで限界とばかりに溢れてきて
「結月……っ」
「なに?」
「さみ、しい……っ」
寂しい──そう言って、素直に弱音を吐けば、結月は、俺の涙を優しくぬぐいながら
「うん……寂しいよね。家族がいないのは、……さみしくて、辛いよね」
「……っ」
慰めるように、優しく頬に触れた手が、とても温かかった。
俺と結月は、全く正反対で
全く違う生き方をしてきて
だけど、家族がいないのだけは
──同じだった。
まるで、ぽっかりと穴があいたみたいに、心の中が空っぽで
ただただ、愛されたいと
もっと、触れてほしい。
もっと、声をかけて欲しい。
もっともっと、抱きしめてほしい。
ただ、それだけを求めていて
「結月……俺を、選んでよ」
「……!」
結月の手を掴むと、俺はその手を握り、問いかけた。
「選べなくなる前に……今、俺を選んで?」
「……っ」
涙目のまま訴えれば、その意味を理解した結月は大きく目を見開いた。
それは、埋まらない心を、手っ取り早く埋める方法だった。
寂しいと泣く弱い心を、満たす方法。
だけど、結月は
「……選べ……ないよ」
「っ……なんでだよ」
「だって、辛くなるもの……これ以上、望月くんなこと好きになったら、諦めるのが……辛くなるわ……っ」
離れたくない。
傍にいたい。
好きだから。
愛しいから。
そんな気持ちを持つべき相手ではないことは、子供ながらに分かっていた。
だけど、人を好きになるのは、そんな単純な話ではなくて
結月の『好き』という言葉を聞けば、もう、この気持ちを押さえることですら難しくなった。
結月も俺のことを、好きでいてくれた。
だけど、それは叶わない恋。
いつか、諦めないといけない恋。
だから、結月は『選べない』と言う。
でも、俺は、ダメと言われれば、より欲しくなって、叶わないとわかれば、より思いは膨れ上がる。
どうして、諦めなければならないのだろう。
どうして、他のやつに奪われないといけないのだろう。
こんなに────好きなのに。
「じゃぁ、今だけ」
「え?」
「今だけ、俺を選んで……」
繋ぎ止めるためについたのは、心にもない嘘の言葉。
それは、期間限定の『家族ごっこ』にみせかけた──ママゴトみたいな本気の恋。
「俺のことが好きなら、今だけ、俺の家族になって……っ」
そんな嘘を軽々しくついて、俺は結月を抱きしめた。
まるで、大人の真似事をするみたいに。
きっと、いけないことだとはわかっていた。子供が、こんなことしちゃいけない。
だけど
「好きだよ……結月」
昔どこかで見たドラマの中で、大人たちがしていたように、結月を抱きしめて、そう囁いた。
結月は、俺の腕の中で酷く戸惑っていたけど、俺は気づいてた。
家族が欲しい結月は、きっと断らない。
今だけと言えば、優しい結月は、きっと俺を受け入れてくれる
「……うん、っ」
すると、案の定結月は、俺の腕の中でコクリとうなづくと、震える手で俺の制服を掴んできた。
誰も知らない。
誰にも言えない。
二人しかしらない『秘密の家族』
だけど、その後しばらく抱き合っていると、結月が俺の腕の中で、恥ずかしそうに呟いた。
「ねぇ……望月くん」
「……なに」
「その……家族って、どういう家族? 望月くんは、私のお兄ちゃん?」
「……は?」
ふいに結月がそういって、俺は固まった。
確かに家族の形は色々ある。
親子
夫婦
兄妹
その中で、結月は『兄妹』だと言い出して、俺は
「なんで、そうなるんだよ!?」
「だ、たって! 私たちまだ子供だし、兄妹の方がしっくりくるもの!」
「俺は、結月の兄貴になりたい訳じゃない!」
「……っ」
ハッキリ「好き」だといったのに、今の告白をなんだと思ったのか?
だけど、それもただの照れ隠しなのだと気づいた。結月の顔は、すごく赤かったから。
でも、確かに『恋人』とか『夫婦』を選択するのは、なんだかすごく恥ずかしくて、俺は頬を赤くしたまま
「な……名前つけて」
「え? 名前?」
ふいにそう告げれば、俺は結月から離れ、猫の箱の中から、一匹だけ残された黒猫を抱き上げた。
「この子に、名前をつけて」
そういって結月を見つめれば、結月は酷く驚いた顔をしていた。
「な、名前って……ダメだよ! 名前なんてつけたら、飼い主が見つかった時に!」
「飼い主は、俺がなる」
「え?」
「この子も合わせて、俺たちは家族だ。俺がお父さんで、結月がお母さんで、この子が娘。そしたら、俺たちは立派な親子になるだろ」
「………」
何が立派かは分からないけど『兄妹』でもなく『夫婦』でもなく、少し強引に『親子』を選択した。
結月は、しばらく呆けていたけど、それからすぐに、花が咲いたように笑いだした。
「ふふ、あはは……なにそれ!」
だけど『夫婦』は恥ずかしくても『親子』なら自然と受け入れられた。
それから俺たちは、明日も会う約束をした。
週末だけじゃなく、会える時は極力、会おうと話をした。
飼い主の見つからない黒猫と一緒に始めた、歪で優しい『家族』
それは、ほんのひと時の幸せな時間。
だけど、その幸せな時間も
そう、長くは続かなかった。
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