第154話 復讐と愛執のセレナーデ ⑨ ~婚約者~
結月との繋がりは、猫の飼い主を探すことから始まった。
待ち合わせは、週末。
土日の午後の2時から4時の間。結月が一人で温室に籠る、その時間帯だけ。
屋敷には、この頃、メイドの白木と矢野、その他二名のメイドと、白髪混じりの執事とフットマン。そして、シェフが1人と運転手の斎藤がいた。
まだ、子供とはいえ、一人の女の子に8人もの大人が仕えていることに、当時の俺は酷く驚いた。
まさに、自分とは180度違う生活。
結月は、俺のように料理や家事をすることもなければ、お金に困ることもなかった。
だが、その違いを実感すればするほど、復讐心を駆り立てられた。
どうやって、苦しめよう。
この子を苦しめることで、同時にあの親たちが苦しむ。だが、子供だった俺に、非人道的な案が、簡単に出せるはずもなく……
(苦しめる方法は、おいおい考えるとして、まずは、この子を、どうやって取り込むかだな)
俺の頼みを何でも聞いてくれるように、懐柔する方法。それを、じっくり考える。
(やっぱり、俺の事を好きになってもらうのが、一番手っ取り早いか)
そして、行き着いた策が、それだった。
幸い、容姿には恵まれていた。俺は、父に似て背が高く、顔立ちも良かったから。
学校では、女子にもそこそこ人気があったし。
だから、結月を落とすのも、きっと容易いことだろうと、この時は思っていた。
✣✣✣
「望月くん! いらっしゃい!」
週末、屋敷に忍び込めば、結月はいつも笑顔で出迎えてくれた。
俺をいい人と疑わず、にこやかに笑いかけてくる結月は、とても世間知らずで、無防備だった。
二人で子猫の世話をしながら、他愛もない話をした。特に結月は、俺の話を、それはそれは楽しそうに聞いていた。
結月にとって、俺の世界は、知らないことばかりだったから。
そして、それと同時に、猫の飼い主を探すために、二人でよく屋敷を抜け出した。
だけど……
「ごめんなさいね。うちは飼えないの」
「……そうですか」
子猫は、全部で4匹。
オス猫が3匹で、メス猫が1匹。
当然、そう簡単に飼い主が見つかるはずはなく、外を一通りまわり、再び屋敷に戻ると、結月は、いつも溜息をつきながら、子猫たちを見つめていた。
「そんなに落ち込むなよ。まだ始めたばかりだろ」
「そうだけど、あまり時間をかけると、この子達、箱から出れるようになっちゃうし」
箱から自在に出れるようになれば、温室の中で遊び回るかもしれない。そうなったら、屋敷の使用人たちに見つかってしまう。
そして見つかれば、捨てられてしまうかもしれない。結月は、断られる度に、それを心配していた。
「箱は、俺が大きくて丈夫なやつを、家から持ってくるよ。箱の上に毛布でも置いとけば、簡単にはでれないだろうし」
「そうだけど、箱が大きくなれば、見つかる確率があがっちゃうわ。それに、ずっと閉じ込めとくのは可哀想だもの」
「仕方ないだろ。殺処分されるよりはマシだって思え」
「うん……そうよね」
結月は「箱の中に閉じ込めて、ごめんね」と、また猫を撫でて呟いた。
結月の手にじゃれつく子猫たちは、全く気にしないというようにニャーニャーと結月を見上げていて、その光景には少しホッコリした。
だけど、確かに早く飼い主を見つけないと、見つかったら、この子達は捨てられる。
だからこそ、結月が焦っているのは、よく分かった。
「お前の学校には、いなかったのか? 飼える人」
「うん。うちの学校は、お金持ちの子たちばっかりだから、みんな血統書付きの猫しか飼わないって」
「………」
血統書つき──その言葉に、俺たちは改めて、子猫たちを見つめた。
その猫たちは、見るからに雑種猫だった。
だが、通常二月のこの寒い時期に、猫は子供を産まない。それなのに生まれてきているということは、この子達の親猫が、人間に飼われていた猫だったから。
きっと、子供が生まれてしまって、飼えずに捨てただろう。
結月の暮らす屋敷の前に……
「大丈夫だよ。俺が何とかするから」
「なんとかって?」
「大丈夫。俺を信じて」
そう言って、そっと手を握りしめてやれば、結月は、少し頬を赤らめて、安心したように微笑んだ。
こうして、少しずつ少しずつ、俺の虜にしていこう。
本当は、飼い主になるそうな人を、もう二人は見つけていた。
だけど、話すのは、もう少し結月が不安を溜めてから。
その方が、懐柔しやすいから──…
✣
✣
✣
3月に入ると、冬の寒さは大分収まってきた。
俺たちは、毎週土日に必ず会っていて、猫の飼い主を探しながら、温室の中で、ひたすら他愛もない話を続けた。
そして、それは、雨の日も変わらず……
「望月くん、今日も来てくれたの!」
「別に、暇だったし」
その日も、傘をさして、結月の屋敷にやってきた。
雨の日は、あまり家にいたくなかった。祖母と家にいると、父が亡くなった時のことを思いだすから。
だけど、結月の隣にいると、その悲しみが、不思議と和らぐような気がして、俺は毎週末、必ずと言っていいように、結月に会いに来た。
「にゃー」
「ふふ、待って。今ミルクあげるからね」
子猫を可愛がりながら、世話をする結月は、とても可愛かった。
結月は、お嬢様だけあって、振る舞い方がとても上品だったし、子猫たちも良く懐いていた。
だけど……
「ねぇ、望月くんは、好きな人とかいる?」
「は?」
唐突に、予想外な質問をされて、一瞬、呆気にとられた。
「好きな人って……なんだよ、いきなり」
「うん、何となく。望月くん、モテそうだから」
「………」
一瞬、答えに困った。
それなりにモテてはいたし、告白だってされたことはあった。
だけど、なんと答えるのがいいか、答えが見つからず、結局、曖昧に話をそらす。
「お前は、いないのか?」
「私は……好きな人、作っちゃダメなの」
「え? なんで?」
「私ね、いつか、お父様が決めた相手と結婚するの。だから、好きな人を作ったりしちゃダメなの」
「………」
「最近ね、婚約者がどうとか、メイドたちが話してて……多分、近いうちに……決められちゃうのかも」
それは、もはや次元の違う話だった。
結月に婚約者ができたら、この時間はどうなるのだろう。
そう、思ったら、いてもたってもいられなかった。
「許嫁が出来たら、俺とはもう、会えなくなる?」
「それは……っ」
「お嬢様~」
だけど、その瞬間、突然、温室の外から声が聞こえた。
慌てて、猫を箱の中に隠すと、俺は同時に、近くの物陰に隠れた。
「お嬢様。また、こちらにいらしたのですか?」
「ごめんなさい、白木さん。でも、この時間は探さないでっていったのに」
「そういう訳にはまいりません。こんな雨の中、お風邪を召されたら」
「そうね……ごめんなさい。片付けたら、すぐに屋敷に戻るわ。白木さんは、先に戻ってて」
メイドの白木を見送ると、結月は、また俺の元に戻ってきた。
「ごめんね、望月くん。私、もう戻らないと」
「ッ……待って」
それは、自分でも驚く出来事だった。
俺は立ち去ろうとする結月の腕を、無意識に掴んだ。すると結月は、そのままバランスを崩して、俺の腕の中に収まった。
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