第153話 復讐と愛執のセレナーデ ⑧ ~復讐~
「阿須加 結月よ」
その名前を聞いた途端、軽く目眩がした。
この子は、あの阿須加家の娘なのだと、そう理解したからか、声を発することすら出来ず、立ちつくした。
口を開けば、酷いことを言ってしまいそうだった。
俺の父親は、お前の親に殺されたんだって──
「ねぇ、あなたの名前も教えて」
すると、今度は結月が問いかけてきて、俺は、おもむろに眉をひそめた。
もう、この子に関わりたくない。
だけど、そう訴える心と同時に、この子を利用すれば、あいつらに復讐できるんじゃないかと思った。
近づいて、取り込んで、壊してしまえば、きっと苦しむ。
だってこの子は、アイツらの大切な娘なんだから──…
「俺は……望月 レオ」
そう、邪心を混じえて、名前を呟けば、結月は何も疑わず、無邪気に笑った。
「望月くん? 素敵な名前。裏に移動してくれる? その子達受け取るから」
「…………」
その後、言われるまま屋敷の裏手に向かうと、そこには高い塀の一部が壊れて、崩れている場所があった。
レンガが抜けて、50cmばかりの穴が出来ていて、その穴からこっこり中に入れば、結月は、俺をそのまま温室の中に招き入れた。
温室の中は、2月上旬でも、とても温かかった。
冷たい風が入り込むスキがないからか、ガラス張りの建物は植物で満たされて、奥にはベンチやテーブルまであった。
まるで、絵本の世界のような、そんな綺麗で華やかな空間に、結月が、お嬢様なのだと、改めて実感する。
自分の家に、こんなに綺麗で広い温室があるなんて、はっきりいって普通じゃない。
そして、結月の話によれば、この温室は、結月のお気に入りの場所らしく、週末のこの時間は、よく温室にこもっているそうだ。
一人で、本を読んだり、楽器の練習をしているらしく、使用人たちにも近づかないよう言っているらしい。
「あの、今日は行けなくてごめんね」
温室に入るなり、結月が申し訳なさそうにそう言った。
俺は、多少複雑ながらも、猫の箱を手渡しながら、昨日と同じように振る舞う。
「別にいいよ。親が来てでられなかったんだろ」
「うん……約束の時間の前に、急に来て……っ」
すると結月は、急に涙目になった。
何かあったのは、わかっていた。
気丈に振舞ってはいたけど、その目は、泣き腫らしたあのように真っ赤だったから。
「どうしたんだ?」
「え?」
「何か、あったんだろ?」
優しく問いかければ、結月は、その後、ポロポロと泣き始めた。
「あ、あのね……猫を飼っちゃダメか、もう一度、お父様たちに聞いてみたの……でも、やっぱりダメって言われて……っ」
話を聞けば、急に来た両親に、再度猫の話をして、こっぴとぐ叱られたらしい。
『わがままな娘だ』と『親よりも猫がいいのか』と、散々、怒号をあびせられたらしく、その時のことを思い出して、結月は温室の中で、静かに泣き続けた。
頬に流れる綺麗な涙をみれば、とてもあの悪魔たちの娘には見えなかった。
むしろ、仔猫の未来を、本気で案じてる。
そんな風にすら見えた。
そして──
「ねえ、望月くん……一つだけ、私のお願い……聞いてくれない?」
「………」
そう言った結月に、俺は考える。
願いを聞く義理なんて、本来はなかった。むしろ、ここで突き放せば、この子は簡単に傷つく。
だけど、そう簡単に、終わらせるつもりはなくて、俺は、結月を見つめると
「いいよ」
そう言って、優しく微笑んだ。
心には、もう悪魔が住みついていた。
弱みにつけ込んで
相手を虜りにして
身を切るような絶望に、突き落としてしまおう。
アイツらが、俺の父を追い詰め苦しめたように、今度は俺が、アイツらの娘を
──壊してしまおう。
すると結月は、俺の言葉に安心したのか、目を見開き、泣きながら、その願いを伝えてきた。
「じゃぁ、お願い……っ。この箱を、空にするの手伝って……この子達の、飼い主を一緒に探して!」
そして、その言葉は、俺の生きる目的になった。
この子の傍で、ゆっくりゆっくり、この子の心を殺していく。
そんな『復讐』と言う名の
残酷な『目的』に──…
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