第152話 復讐と愛執のセレナーデ ⑦ ~阿須加~


 次の日、猫の入った箱を持った俺は、また四丁目の公園に向かっていた。


 昨夜は、予想されていたとおり、打ち付けるような土砂降りだった。


 正直、父がなくなってから、俺は雨が苦手だった。雨の音を聞くと、父が亡くなった時のことを思い出すから。


 だけど、昨日は猫がいたからか、あまり雨を気にすることはなく、祖母も文句一つ言わず「可愛いね~」なんて言いながら癒されていて、久しぶりに穏やかな夜だったと思う。


(待ち合わせは、2時だったよな?)


 箱を抱え、住宅街を歩きながら、俺は普段はあまり通らない道を、ゆったりと進んでいた。


 四丁目の方は、小学校とも真逆のほうだったから、あまり来ることはなかった。


(うわ……でっけー家)


 すると、その通り道に、一際大きな青い屋根の屋敷が見えた。


 高い塀に囲まれた、立派なお屋敷。


 格子状になった門から中を見れば、そこには広々とした庭園が広がっていて、まるで別世界みたいだった。


(あぁ……もしかして、ここか。アイツらの)


 すると、ふと阿須加一族が、四丁目に住んでいること思い出した。


 阿須加家は、この辺りじゃ有名な名家だった。


 そして、その阿須加家の人間が、四丁目のお屋敷で暮らしているという話を、クラスの女子達が話しているのを聞いたことがあった。


 阿須加家には、俺たちと、そう年の変わらない娘がいるらしい。


 そして、その娘が四丁目の屋敷で、執事やメイドたちに囲まれて、何不自由なく優雅に暮らしているとか。


 そんな話を、羨ましげに語る女子たちを、少し前までの俺は、まるで他人事のように聞いていた。


(あんな悪魔みたいなアイツらにも、子供がいるんだな……まぁ、どうせ、その娘も庶民見下して笑ってる性格の悪い女なんだろうけど)


 あんな親の元に生まれた娘だ。


 正直、性根の腐った悪魔みたいな女だろうと、その時は、信じて疑わなかった。


 そして、その娘がいる限り、この一族は、この先もずっと続いていくのだと。そう思うと、また、ふつふつと父をなくした時の怒りが舞い戻ってくる。


「早く……滅べばいいのに……」


 親も、娘も、いなくなってしまえばいい。

 その頃の俺は、阿須加一族を呪うことしか考えてなかったと思う。


 だけど、まさか前日会ったあの女の子が、その阿須加家の娘で、後に自分が、その娘と『恋』に落ちるなんて


 その頃は、想像もしていなかった──






 ✣


 ✣


 ✣





「来ない……」


 その後、公園につくと、俺は猫とじゃれながら、結月を待っていた。


 だけど、待ち合わせの時間を一時間過ぎても、なぜか結月は現れず。


(もしかして俺、騙された? いや、でも預かるって言い出したの俺の方だし……)


 目の前には、まだ箱すらよじ登れない4匹の仔猫がいて、俺は、なかなか迎えにこない結月にイライラしていた。


 なにが、一日だけでいいだ。


 もしかしたら、飼えないからって、都合よく現れた俺に押し付けたのかもしもしれない。


「はぁ、人の良さそうな顔して……最低だな、あの子」


 騙された自分も悪いが、まさかこんなことになるなんて……


「結局、捨てられちゃったな、お前ら」


 箱の中の黒猫をスリスリと撫でれてやれば、猫たちは俺の手に甘えるように、ニャーニャーと鳴き始めた。


 何も知らない子猫たちは、まだ親猫か、世話をする人が必要な月齢だ。


 だけど、だからといって、俺は飼えない。


 猫を飼う以前に、自分の今後すら、よく分からないのだ。


 親戚に引き取られるのか?

 それとも、施設に行くのか?


「はぁ……猫どころじゃないってのに、どうしてくれるんだよ」


 家に帰れば、父のものを手放す毎日だった。


 引き取り先には、あまり荷物は持って行けないから、俺は家族との思い出すら、切り捨てなきゃならなかった。


 それなのに──…


「お父さん! キャッチボールやろう!」


「……!」


 すると、どこからか声が聞こえた。


 日曜の公園は、家族連れも多くて、とても賑やかで、その中には、父親と遊ぶ男の子の姿もあって、不意にその姿に、自分と父が重った。


 正直、見ているのが辛かった。

 自分以外の人間が、みんな幸せそうなのが……


(……死にたい)


 弱った心は、すぐに嫌な方向に思考を持っていった。


 祖母に忘れられて、父も亡くなって、オマケに女の子に騙されて、本当に自分の人生は、最悪だと思った。


 辛い。苦しい。世界が憎い──


「はぁ……」


 深いため息をついたあと、俺は猫の箱にフタをして、また箱を抱えた。


 死にたいと思っても、もう死ねない。

 死にたくないのだと気付かされたから。


 だから、この先は、希望めなく生きていくだけ。


 それを実感したのか、俺はとりあえず家に連れて帰ろうと、また、猫を抱えて、来た道を戻ることにした。


 世界は真っ暗で、心は酷く凍りついていた。だけど、そんな俺の心を、更に痛めつける出来事が起きた。


 それは、しばらく歩いて、さっさの青い屋根の屋敷に差し掛かった時


「ねぇ!!」

「……!」


 突然聞こえてきた声に、足を止めれば、屋敷の中から声が聞こえた。


 格子状の門の内側から、俺に向かって声をかけてきたのは、女の子だった。


 そう、昨日、猫を預かった、あの女の子──


「よかった。ごめんね! 急にお父様とお母様が来て、屋敷から出れなくなってしまって……さっき、あなたが、この門の前通ったのが見えたの! だから、ここにいたら、会えるんじゃないかと思って!」


「………」


 必死に語りかける結月の声が、うまく頭に入って来なかった。


 なんでこの子が、この屋敷にいるんだ?


 そんなわけないと言い聞かせながらも、その光景は、ただひたすら現実を叩きつけてきた。


「ねぇ、その子たち受け取るから、裏に回ってくれない? この門、開けられなくて」


 そう言って、門の柵を掴んで、こちらを見つめる姿は、一見、囚われたお姫様みたいだった。


 だけど、こいつは、そんな綺麗な存在じゃない。


「お前……名前は?」

「え?」


 唐突に問いかければ、結月は、その後


阿須加あすか 結月ゆづきよ」


「……っ」



 その名を聞いた瞬間、全てを悟った。


 あぁ、この子は、アイツらの




 阿須加一族の『娘』だったのだと──…


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