第138話 三人目


「いい加減にしてください!」

「?」


 次の日、レオが部屋を出ると、玄関モニターの前で、声を荒らげている恵美の姿が目に入った。


 どうやら、来客らしい。

 モニターには、男性が映っていた。


 この屋敷には、基本、お嬢様の知り合い以外入れない決まりになっている。


 そして、その男の身なりを見れば、明らかに、結月の知り合いでないことがわかった。


「相原さん、どうしました?」

「あ、五十嵐さん」


 レオが声をかければ、恵美は困った顔をして、レオを見上げた。


「実はこの人、愛理さんの元カレらしくて……さっきから『愛理と話がしたいから入れてくれ!』って煩いんです」


「…………」


 それを聞いて、レオは再び画面の男を見つめた。


 別れた元彼が、今さら何の用なのか? レオは警戒しつつも、モニター越しに話しかける。


「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」


「た、谷崎雅文です! あなたは、執事さんですか!」


「そうですが……」


「ジュ、レアリーズ……モ、モン レーヴ?」


「?」


 唐突に、何かを言われた。

 まるで、呪文のような──何か。


「もう、さっきからなんなんですか! 怖いからやめてください! それに、愛理さんは会いたくないと言ってるんです!」


「そこをなんとか!」


「………」


 意味のわからない言葉を羅列に、恵美が悲鳴をあげる。


 言うなれば今の状況は、元カレが彼女の職場に押しかけて来て、喚き散らしている、ある意味、修羅場だ。


 下手をすれば、別れ話がもつれて、元彼がストーカーになったという可能性もある。


 もしここで、屋敷に招き入れて、万が一のことがあれば、取り返しがつかない。


 のだが……


(Je réalise mon rêve……か)


 先程の谷崎の言葉を難なく理解したレオは、モニターを見つめたまま眉をひそめた。


「Je réalise mon rêve.」は、フランス語で「夢を叶えたい」という意味だ。


 ということは──


(ルイか……)


 このフランス語は、ルイが谷崎に教えたのだろう。自分に伝えるために──


 つまり、この言葉の本当の意味は


『彼には、叶えたい夢があるみたいだから、中にいれてあげてね?』


 という事──


「わかりました。数分だけなら許します」


「え!? ちょっと五十嵐さん! ダメですよ! 部外者ですよ!」


「大丈夫ですよ。直接、伝えたいことがあるようですし……ただ、正門から招く訳にはいかないので、裏口に回って、別棟の方で話をしてください」


「は、はい! ありがとうございます!」


 レオがそう言うと、谷崎はその後、裏口に移動した。だが、モニターから谷崎が消えたのを確認して、恵美が不安げにレオをみつめる。


「本当に大丈夫なんですか? 旦那様にしられたら……」


「何かあれば、私が責任を取ります」


「でも、お嬢様には、なんと?」


「今は自室で勉強中ですし、後で、私から報告しますよ」


 その後、レオが見守る中、谷崎は愛理と話をして、無事にお互いの誤解をといた。


 始めは、レオや恵美に迷惑をかけたことを怒っていた愛理だったが、谷崎の気持ちがしっかり伝わったのか、最終的には、谷崎のプロポーズを受けいれ、嵐のように訪れた痴話喧嘩はあっさり終息した。


「五十嵐くん、恵美、ごめんね。今日は雅文が迷惑かけて……」


 谷崎が帰り、再び平穏が訪れた屋敷の中で、愛理が頭を下げた。だが、それをみてレオと恵美は、表情を緩ませる。


「よかったですね、冨樫さん。別れたまま終わらずに」


「そうですよ! 一時は、どうなることかと思ったけど、結婚して、お店も持てるなんて、愛理さんの夢、どっちも叶うんですね!」


「うん、ありがとう……!」


 嬉しそうに笑う愛理の手を、恵美が握りしめた。


 これも全て、ルイのおかげだ。そう思いながら、レオは恵美に目を向ける。


(あと、一人……)


 そして、"最後のターゲット"をみつめ、レオは、また目を細めた。


 恵美を辞めさせるためには、どうするべきか?


 実家の両親とは、どうやら仲が悪いらしい。


 だが、調べても、その不仲の原因は、よく分からなかった。


(なかなか、骨が折れそうだな……)


 だが、あと一人。


 あと一人だけ、追い出すことができれば、この屋敷から、出ていくことが出来る。


(急がないと──)


 ──時間がない。


 結月を守るためにも、彼女を早く、追い出さなければ。

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