第136話 フラれた男
その日の夜──愛理の元彼である"
レストランでの仕事を終えた、午後9時半。ラフな格好でリュックを背負った谷崎は、公園の中へと進んでいく。
この公園は自宅までの近道で、毎晩のように通っていた。
街灯のおかげで、そこまで暗くない。だが、いつもは無人のその公園の中に、ふと人がいるのに気づいた。
公園のベンチに腰掛けた人。一瞬女性にも見えたが、どうやら男性のようだった。
それも、金色の髪をした、とてつもなく綺麗な青年──
(あの人……今日、うちのレストランにいた人だ)
そして、その金髪の男が、自分が働くレストランに来ていたことを思い出すと、谷崎はピタリと足を止めた。
酷く思いつめた表情で、俯く青年の姿。
だが、月明かりの中、憂いの表情を浮かべるその青年の姿は、まさに映画のワンシーンのようにも見えた。
その美しさは、男の自分でも見惚れてしまうほど……
「あの、大丈夫ですか?」
「……!」
瞬間、谷崎は、その金髪の青年に声をかけた。
具合が悪いのか、落ち込んでいるのか、谷崎が話しかけると、その青年──ルイは、ゆっくり顔を上げた。
「あ……すみません、大丈夫です……っ」
「………」
無理に笑って、大丈夫と言った姿に、谷崎は胸を痛めた。
谷崎は、今日この青年が、彼女にフラれたのを知っていた。今日の昼間、谷崎が勤めるレストランの中で、いきなり、パン!と乾いた音が響いた。
客も店員も騒然とした。見れば、テーブル席で、女性が彼を引っぱたいていて、どうやら恋人と喧嘩になり、ビンタされたらしい。
そして、彼女は最後に
『もう、別れる! サヨナラ!』
そう言って、立ちさっていった。
(やっぱり、フラれて落ち込んでるのかな? ていうか、こんな綺麗なイケメンがフラれるなんて……)
ふと、昼間のことが気になって、谷崎は思い切って問いかける。
「あの……昼間、レストランにいましたよね」
「え?」
「オレ、あのレストランで働いていて、昼間の見ちゃって……っ」
「……あぁ、そうだったんだ」
しゅんとしつつ、申し訳なさそうに笑ったルイは、今、フラれて傷心中の男を演じていた。
昼間、紺野サキに、ちょっとした難題をふっかけた。目の前の自分を『恋人と思い、こっぴどくふる演技をしてくれ』と──
(案外、上手く釣れたな……)
心の中では、満面の笑み。だが、表情は落ち込んだまま、ルイは計画が順調なことを喜んだ。
先日、レオに頼まれ、ココ最近、谷崎を尾行していた。勤め先のレストランに通い、帰宅ルートをチェックし、谷崎が、必ずこの公園を通ると把握したあと、この"待ち伏せ作戦"を実行した。
ちなみに、なんでフラれた男になりきっているのかというと、谷崎自身が、先日、愛理からフラれているから……
「店員さんだったなんて、恥ずかしいところ見られちゃったな」
「いや、恥ずかしくなんてないですよ。俺だって、その……先日彼女にフラれたばかりだし。だから、同じというか」
同じ──厳密に言えば、同じではないが、初対面の相手の懐に忍び込むなら『同類』になるのが一番。
そんなわけで、ルイはニッコリと笑うと
「そっか、君もフラれてるんだ。なんか親近感、湧くなー」
「そうっすね。初めて話したのに」
あはは──と軽く笑いながら、和やかな雰囲気になる。あっさり人をたらしこむのは、ルイの悪い癖だが、こんな時は、かなり役に立つ。
すると
「ちょっと、話聞いてくれる?」
そう言って、ルイがベンチの指さすと、谷崎も、特に断る理由がないのか、あっさりルイの隣に腰掛けた。
「なんで、喧嘩したんですか?」
「んー、僕がフラフラしてるからかな? 彼女は結婚したいみたいだけど、僕はまだ覚悟ができてないって言うか」
もちろん、全てデマカセである。
だが、舞台女優を母に持つルイは、その演技力も並外れて高かった。なにより、先日、女装して女になりきったほどだ。甲斐性なしの男になりきるなんて、最早、朝飯前!
「あー、結婚となると色々考えますもんね。俺も、そうだったなー……」
「君は、なんで別れたの?」
「俺は『仕事辞める』っていったら、話も聞かずにフラれました」
「仕事、辞めちゃうの?」
「あ、いや。辞めませんよ。もう辞める理由も、なくなったんで」
「?」
苦笑いで話す谷崎に、ルイは首を傾げた。
谷崎は今29歳。
そして愛理は、先日30歳になったらしい。
同い年の二人なら、結婚を意識する時期でもあっただろう。だが、そんな時期に、いきなり仕事を辞めるなんて言われたら「結婚する気がない」と捉えてもおかしくない。
「結婚したくなかったの?」
「違いますよ! したかったですよ、オレは!!」
だが、ルイの言葉を否定し、谷崎が叫んだ。
「俺、あいつとは10年付き合ってて……だから、ちゃんとプロポーズするつもりでいたのに、仕事辞めるって言ったとたん、あいつ一方的に怒り出して、喧嘩別れになって……はぁ~」
「………」
まるで、沈みゆく船の如く、谷崎が深い深いため息をついた。
(何か、ワケありっぽいな?)
少なくとも、谷崎には結婚の意思があったのだろう。それに、愛理だって、それを望んでいたはず。
それなのに、なにがどうして、こうなった?
「どうして『仕事辞める』なんていったの?」
「え?」
「なにか理由があるんでしょ?」
ルイが尋ねると、谷崎は、一呼吸空いた後、神妙な面持ちで話し始めた。
「俺、実は……仕事やめて、アイツの『夢』を一緒に叶えるつもりでいたんです!」
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