第135話 別館のお仕事

「わー、美味しそう!」


 それから、数日が経った頃。ルイは、女の子と二人で、レストランの中にいた。


 オープンテラスのある、オシャレなカフェレストラン。そのテラス席ではなく、店内に入ったルイは、今まさに、意中の女の子と食事をしていた。


 女の子の名前は、紺野こんの サキ。


 ルイがいるモデル事務所で、カメラマン見習いをしている女の子だ。


 年齢は、ルイと同じ22歳。


 明るくて気さくで、話しやすいタイプの女の子だが、カメラマンになるいう夢を叶えるため、日々努力を欠かさない。


 そんなひたむきな姿に惹かれて、ルイはサキに恋をしているのだが、残念ながらサキは、恋よりも仕事!結婚よりも夢!を地で行くタイプの人間で、ルイがどんなに口説いても、いつも軽くあしらわれてしまう。


「ルイくん。本当に、ご馳走になっていいの?」


「うん。好きなだけ食べて。パフェ、もうひとつ頼もうか?」


「そんなに食べないよ。太りたくないし」


「太っても、可愛いと思うけどな」


「もう、相変わらず、ルイくんは、女の子褒めるのが上手いよね~。フランス人って、みんなそうなの?」


(……紺野ちゃんだから、可愛いって意味なんだけどなぁ)


 デザートのイチゴパフェを、幸せそうに食べるサキを見つめながら、ルイは呆れたように笑う。


 これだけ綺麗で、さんざんモテ散らかしてきたルイだが、サキは、そんなルイに全く見向きもしなかった。


 だが、それが逆に心地よく、ルイはサキを見つめながら、柔らかく微笑む。


 母親が、有名な舞台女優だったからか、ルイは子供の頃から何かと特別視されてきた。しかも、家柄も良く、容姿もよく、それ故に、あまり本音で話せる友人はいなかった。


 だからか、レオと出会った時は、まるで運命のようにも感じた。自分の親やフランスのことを何も知らない、まっさらな日本人。


 でも、レオといる時、すごく楽しかったのは、親の遺伝や七光りなどとは言わず、ルイという一人の人間として扱ってくれたから……


 そして、それは、目の前にいるサキも同じで


「それより、私に、なにかお願いがあるって言ってたけど……」


「え?」


 すると、今度はサキの方から話しかけてきた。


 パフェは、もう半分ほど平らげていた。

 どうやら、気に入ったらしい。


「やっぱり、パフェ、もうひとつ頼もうか?」


「っ……だからいいってば! それより、お願いってなに? 何か悩みごと?」


「悩みごとってほどのことじゃ……とりあえず、それ全部食べ終わってから話すよ」


「なにそれ。なんか、すごく気になるから、今言ってよ!」


 ちょっとばかし、不安げなサキ。

 すると、ルイは、仕方ないとばかりに、その後ニッコリと笑って、サキにあるお願いをする。


「あのさ、紺野ちゃん……後で僕に、してくれない?」


「……はい?」










 第135話  別館のお仕事











✣✣✣



「ふぁ~~」


 結月が、学校へ行って数時間後、メイドの恵美めぐみは、庭の掃除をしながら、大きく欠伸をしていた。


 今、この屋敷には、愛理と恵美の二人しかいない。だからか、ついつい気が抜けてしまい、口元を隠すことなく、あくびをしてしまう。


(はぁー、寝不足ヤバいなー。夕べは、ずっと描いてたからなー。気をつけなきゃ……)


 昨晩、遅くまで起きていたからか、今日は一段と眠い。


(そういえば……五十嵐さんも、昨日は遅くまで起きてたけど、大丈夫なのかな?)


 ふと、執事のことを思い出す。執事の仕事は、ただでさえハードなのに、昨夜も遅くまで起きているようだった。


 だが、あの執事の凄いところは、寝不足とか疲労とか、そんな素振りを一切見せないこと。


(でも、さすがに働きすぎだよね。だけど、私が変わるって言っても、変わってくれないし)


 ちなみに、執事は今、別館に行っている。

 最近よく別館の戸狩とがりに、呼び出されるのだ。


(なんの仕事してるんだろう。それとも、面接とか? 誰か増えるのかな?)


 そんなことを考えながら、箒で落ち葉をあつめる。


 執事の負担を思えば、あと一人くらいは使用人が欲しい。だが、そうだったとしても、ここ最近、呼び出しの頻度が多すぎる気もする。


(五十嵐さん、倒れたりしなきゃいいけど……)










(はぁ……さすがにきついな)


 そして、その頃レオは、まさに今、別館で戸狩から説明を受けていた。


 今日は、重要書類の管理など。


 屋敷の方でも、書類の管理は行っていたから、管理自体はなれたものだが、さすがに、その量が膨大すぎた。


「というわけで、この部屋では、とても重要な書類を管理しています。鍵の隠し場所は、先程話した通りです。ここまでで、何かと分からなかったことは?」


「いえ、特には……」


 軽くメモをとりながら、部屋の中を見回す。


 この部屋には、会社関係の資料に、得意先の顧客情報、そして、株主や上客の好みや趣味に、使用人たちの個人情報まで、ありとあらゆる情報が管理されていた。


 そして、レオは、この膨大な資料を、たった数ヶ月で、全て頭に叩き込まなくてはならない。


(……無駄な作業だな)


 執事としては当然のことだが、あの母親の執事になる気が全くないレオにとって、これは果てしなく無意味な作業だった。


 しかも、この部屋の資料は、持ち出し禁止。


 となれば、レオは自ずと別館に足を運ばなくてはならず、ただでさえ、手が足りていない本館の仕事が、後押しされてしまい、結果的に、結月の傍にいる時間が減ってしまう。


(……やっと両思いになれたのに)


 出来るなら、もっと傍にいたい。

 だが、これも二人の将来のためには必要なこと。


 阿須加家から、結月を奪うためにも、今は、従順な執事のままでいなくては……


「では、次の部屋を案内します」


「次はどちらに」


「ワインセラーです。お嬢様は、まだ未成年なので必要なかったでしょうが、こちらでは、旦那様と奥様が嗜む、ワインやお酒の種類も覚えてもらいます」


「………左様でございますか」


 笑顔を浮かべながらも、心の中で愚痴る。


(ワインに、毒でもまぜてやろうかな?)


 そうしなくては、いつか自分が激務に殺されてしまうのでは?


 そんなことを、軽く思ったレオだった。

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