第十章 餅津木家とお嬢様

第86話 プレゼント


 レオが結月の母親・美結から、スリーサイズを調べるよう命じられてから数週間後。


 夏休みが終わり、9月に入ったその頃。 レオは、前に話していた通り、美結から結月宛のプレゼントを手渡された。


 奥様が愛用しているブランドのロゴが入った大きな紙袋の中には、箱がいくつか入っていて、レオはそれを手に別邸から屋敷に戻ると、深くため息をつく。


(まさか、本当にプレゼントを用意するなんて)


 正直、信じていなかった。


 だから、先日のあの苦労だって、あっさり水の泡になるのだろうと思っていた。


 だが、あの母親からのプレゼントは、確かにこの手にある。


 母親から娘へ贈る、プレゼントが──












  第86話 プレゼント











 ✣✣✣



「お嬢様、失礼致します」


 部屋の前でノックをすると、レオは、いつものように結月の返事を待って、部屋の中にはいった。


 新学期が始まって、最初の日曜日。


 結月は、今日も机に向かって、受験勉強に精を出していた。レオと一緒に選んだ問題集を何度も繰り返し解いては、苦手な所も少しずつ克服している結月。


 この調子でいけば、きっと大学も無事に合格することだろう。


 まぁ、これには、今月末で退職してしまう矢野が、お嬢様のためにと、手を尽くしてくれたのもあるが……


「お嬢様、少し宜しいでしょうか」

「えぇ、どうしたの?」


 レオの声に結月が振り向くと、レオは紙袋を持つ手に自然と力をこめた。


 このプレゼントを手渡せば、結月は、どれほど喜ぶだろう。


 今まで、誕生日に会いにすらこなかったあの母親が、こうして、プレゼントを用意してくれた。それが、結月にとって、どれほど嬉しいことか──


「実は、お嬢様へのプレゼントを預かって参りました」


「プレゼント? どなたから?」


「奥様からです」


「……え?」


 その瞬間、結月は大きく目を見開いた。


 無理もない。母親からプレゼントを貰えるなんて、きっと想像もしていなかっただろう。


 だが──


「私、様なんて、知り合いいたかしら?」


「いえ、奥様の『奥』は苗字ではありません! 奥様です、奥様! お嬢様のからです!」


「え!? お母様から!?」


 だが、本当に欠片かけらとも想像していなかったらしい。結月は、その後しばらく考えこむと


「まさか……それは、きっとなにかの間違いよ。あのお母様が、私にプレゼントだなんて」


(あの親、どれだけ結月を蔑ろにしてたんだ)


 ありえない──とでも言うように、困惑する結月。


 今までの行いが最悪なのもあるが、正直、ここまで信じないって、よっぽどだと思う。


「お嬢様、本当ですよ。どうか信じてください」


 だが、そう言って真剣な表情で詰めよれば、結月も信じる気になったのか、レオが手にした紙袋に視線を落とした。


 少し困惑しながらも、その袋を受け取ると、テーブルの上に置き中を確認する。


 すると、そのなかに入っていた一番大きな箱をあけると


「……ドレス?」


 そこには、真っ赤なドレスが一着、綺麗に収まっていた。


 白い肌に栄える上品な赤。


 目に飛び込んできたその派手な色には、一瞬驚いたが、そのドレスを手にとると、それはとても肌触りの良い上質な生地で出来ていて、細部には細やかな刺繍もほどこされていた。


 生地もデザインも申し分ない。それは目にしただけで、高価なドレスだとわかる。


「これ……本当に、お母様からなの?」


「はい。お嬢様ももう18歳ですし、これからは社交界に顔を出す機会もふえるからと……ドレスの他にも、靴や装飾品まで一式揃えてあるそうです」


「装飾品も?」


 突然のことに、結月は更に困惑する。

 だが、その目には、微かに涙が浮かんでいるのも見えた。


 母親からのプレゼント。

 それも、こんな高価なドレスだ。


 いや、きっとドレスの価値など、どうでも良いのだろう。


 自分の母親が、自分のために服を選んでくれた。ただ、それだけのことが、結月にとっては夢のようでもあるのだろう。


「お召になりますか?」


「え?」


「一度お召になられて、身体に合わない部分は仕立て屋に繕ってもらうよう仰せつかっております」


「そう……なら、せっかくだし着てみようかしら」



 その後──着付けをするためにメイドの恵美めぐみを呼び出すと、結月はカーテンで仕切られた奥の小部屋の中で、恵美と共にドレスに着替え始めた。


 その間、レオは一人部屋の中で待ちながら、プレゼントが入っていた袋を片付ける。


 だが─


「……手紙?」


 どうやら、その紙袋の中には、ドレスの箱と一緒に手紙も入っていた。

 少し厚みのある白い封筒──それを手に取ると、レオはその宛名の部分に目をむけた。


 封筒の表には『結月へ』と、しっかり娘の名前まで書いてある。それも母親の直筆らしい字で──


(まさか、手紙まであるなんて……)


 珍しいこともあるものだ。


 プレゼントに手紙。


 もはや天変地異の前触れか?──とすら思いたくなるほどの、ちょっとした気持ち悪さを感じた。


「五十嵐さん、見てください。お嬢様、とってもお似合いですよ!」


「……!」


 すると、奥の部屋から恵美の声が聞こえてきて、レオは顔を上げた。


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