旦那様とメイドさん【旅行編】②

「申し訳ございません。当ホテルの部屋は、現在満室となっておりまして」


 その後、まんまとルイにしてやられたレオは、ホテルのフロントに、空いている部屋がないかと尋ねていた。


 だが、今は夏休み真っただ中。しかも、今夜はこの近くで夏祭りが開催されるらしく


(ダメだな、どこ探しても満室だ)


 スマホを駆使して手当たり次第に、近隣ホテルの空き状況を確認するが、レオ達が泊まるホテルは勿論、他のリーズナブルなホテルですら、全く空きがなかった。


「珍しいですね。ルイさんがこんな初歩的なミスをするなんて」


(ミスじゃねーよ。あいつ、わざとだよ)


 しかも、うまく夏祭り当日に先方との約束とを取り付けてくるなんて、なんて計画的な執事だろうか。

 こんな時は、あいつ優秀さがひどく鼻につく。


「ルイさん、きっと、お疲れだったんですね。私達が、色々と頼み事ばかりしているから」


「いや、疲れてないから。帰ったら、もっとこき使ってやればいいよ」


 ルイを心配をする結月をよそに、レオは軽く怒りをあらわにしていた。


 このままでは、結月と一緒に同じ部屋に泊まることになってしまう。


 もちろん、嫌なわけではない。


 結月と一緒に過ごせるなら、これほど嬉しいことはないのだが……


(絶対、理性が持たない!)


 恥ずかしいが、自分を抑える自信が全くない!


 ただでさえ、屋敷の中でも抱きしめたりしているのに、ホテルで二人っきりなんて、もう、規制なんてどうでもよくなりそうだ。


(……でも、空いている部屋がないとなると、もう同じ部屋にするしか)


「旦那様」


 すると、真剣に考えこんでいるレオの姿を見て、結月が声をかけてきた。


「あの、申し訳ありません、私のために……っ」


「いや、結月は悪くないよ」


 そう、悪いのは全部、あの執事だ。だが、こうなってしまったものは仕方ない。レオは腹をくくることにした。


「結月。今日は俺の部屋でもいい?」


「え?」


「空いてる部屋がないみたいだし、もう夕方だから、今から帰るにしても、最終の飛行機に間に合うかどうかも分からない。だから、今日は俺の部屋で我慢して」


「ぁ、はい。私なら大丈夫です。さえあれば、どこでも寝れます」


「誰が床で寝ろといった」


「えっと、ではソファーで」


「落ちて怪我したらどうするんだ」


「あ、じゃぁ……どこで?」


「そんなの、ベッドに決まってるだろ」


「……で、でも……っ」


「?」



 ✣


 ✣


 ✣



(あー、そうか。ベッドしかないのか……っ)


 その後、困り果てた結月に疑問を抱きつつも、ホテルの最上階にあるスイートルームに通されたレオは、目の前にある大きなベッドを見て、表情を曇らせた。


 そう、ここは、もともとレオ一人のためだけに用意された部屋。ベッドだって一つに決まってる。


 まぁ、一つといっても、名家の跡取り息子が利用するホテルのスイートルームだ。


 部屋は広すぎるくらいだし、ベッドはキングサイズの大きなものだから、大人二人でも余裕で眠れるのだが……


(あのバカ、何考えてるんだ)


 本気で、自分の理性を崩壊しにかかっているルイにふつふつと、怒りがこみあげてくる。


 だいたい、規制に引っかからない程度になら、何してもいいよ!なんて言いながら、規制に引っかける気満々だろ!!


(どうしよう……)


「旦那様。やっぱり私は床で寝ますから」


「バカ言うな。俺が床に寝る、結月は」


「だ、ダメです。それは絶対ダメです! 旦那様を床に寝かせるなんて!」


「俺が良いって言ってるんだから、いいよ」


「よくありません!! 私が床で寝ます!」


「だから……ッ」


 お互いに譲り合い、声がヒートアップしていく。


 結月の言い分はわかる。自分が仕えている屋敷の主を床に寝かせて、メイドである自分がベッドを使うなんて、使用人としてはあるまじきこと。


 だが……


「旦那様! 私は、あなたのメイドです! ただの使用人にそこまで気を使わなくても──」


「──ッ」


「きゃ──ッ!?」


 瞬間、結月の腕を掴んだレオは、そのまま結月を背後にあるベッドの上に押し倒した。


 程よい柔らかさのベッドが弾み、シーツからは優しい香りが舞う。そして、ベッドに手をつき、結月の上に覆い被さったレオは、悲痛な声で訴えてきた。


「ただの使用人じゃない!」

「……っ」


 それは、いつものからかうような姿ではなく、何かに必死に耐えるような、そんな苦しそうな表情で


「何度も言ってるだろ。俺は結月の事が好きだって……結月を、ただの使用人だと思ったことは一度もないよ。それに、好きな女を床に寝かせるなんて、そんなことをできるわけないだだろ」


「でも……っ」


「じゃぁ、結月は、俺と一緒に寝れてくれるの? 一つのベッドで」


「……っ」


 見つめられた瞬間、息が出来なくなった。


 声がすごく近くに感じて、今にも触れそうな距離で囁かれて、身体が燃えるように熱くなる。


「一緒に寝たら、もう、抱きしめるだけじゃすまないよ」


「ん……っ」


 指先が頬に触れ、まるで反応を確かめるように、優しく、ゆっくり撫でる。


「キスもしたいし、この服を脱がして、身体中に跡をつけて、結月を全部──俺だけのものにしたい」


 どこか艶のある視線。結月は恥ずかしさからキュッと目を瞑った。

 だが、そんな結月を見て、レオは小さく苦笑すると


「それが嫌なら、俺の言うこと聞いて──」


 再度、ベッドを使うよう念押し、大切だからこそ、レオは、結月の元から離れた。

 高鳴る感情を必死に押さえ込んで、なんとか理性的な人間であろうと、背を向け、頭を冷やす。


 これでいい。でなくては、本当に、身体がどうにかなりそうで──


「……旦那様」

「?」


 だが、不意に呼びかけられて、レオは再び結月の方へと振り向いた。

 すると、先程まで押し倒されていたベッドから、ゆっくりと起き上がった結月は、顔を赤くしたまま


「大丈夫です」

「……え?」


 瞬間、レオは耳を疑った。


「な、何いって……お前、俺の言葉の意味、ちゃんと分かって」


「分かります! 分かっています……っ、嫌じゃ、ありません。私、旦那様と一緒でも、大丈夫です。だって、私も……っ」


「………」


「私も、──」


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