番外編
旦那様とメイドさん【旅行編】①
※ 注意 ※
このお話は、前の番外編と同じく『もしもレオが旦那様で、結月がメイドだったら?』という、本編の立場を逆転させたif物語です。
多少、本編と似たような設定は、ありますが、本編とは一切関係がありません。あくまでも別次元のお話として、お読みください。
また、本編は携帯の普及してない一昔前の時代なのですが、どうせIF世界なら、スマホ使っちゃえってことで、現代版なレオ達でお送りしております。
そんなわけで、番外編全3話。
少しでもお楽しみ頂けたら嬉しいです。
✣────────────────────✣
「え? 私がですか?」
それは、とある夏の午後のこと。
メイド服姿で、五十嵐家の広い廊下の掃除をしていた結月は、執事であるルイに、突然呼び止められた。
「うん。僕、その日は、どうしても外せない用事があって。だから、僕の代わりにレオ様の視察に同行してほしいんだ」
「別に構いませんが、私で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。視察って言っても先方に軽くご挨拶し行くだけだからね。レオ様に任せておけば、大丈夫だよ」
ニッコリと笑って、サラサラの金髪を揺らすルイ。だが、そのルイのお願いに、結月は少しだけ躊躇する。
レオ様は、今後この五十嵐家のためにも、多くの企業や財閥とコネクションを取っておかなくてはない。だから、視察やご挨拶にいくのは、もはや当然のこと。なのだが……
「あの、つかぬことを伺いしますが……その視察、旦那様と二人だけで行くのですか?」
「うん。そうだよ」
「ひ、日帰りですよね?」
「まさか! 飛行機で行く距離だよ。日帰りなんてムリ」
「ということは……泊まり?」
「うん。何か問題でも?」
爽やかな笑顔を浮かべる美しい執事の言葉に、結月はその後、青くなる。
問題だ!
問題だ大アリだ!!
なぜなら結月は、そのレオ様から、求婚されているのだから!
「あ、あの、私一人では不安なので、他に一緒に同行できるメイドはいませんか!? 三人でなら」
「うーん……旦那様は、あまり団体行動を好まない人だから。それに、旦那様直々のご指名なんだ。同行させるなら阿須加さんがいいって」
「……っ」
ご指名──そう言われ、結月の顔は真っ赤にする。
たくさんいるメイドの中から、自分を選んでくれた。それが、すごく嬉しい。
だけど、今まで旦那様からの求婚をのらりくらりとかわし続けてきたのに、さすがに屋敷の外で、二人っきりとなると──
(どうしよう……っ)
そうなると逃げ場がなくなると、結月は困り果てる。そして、とたんに黙りこんだ結月を見て、ルイは
(うーん……まんざらでもないと思ってたけど、案外そうでもないのかな?)
結月の反応を見て、ルイは改めて考え込む。
てっきり両想いだと思っていた。だが、もしそうでないのなら、二人っきりにするのはマズイ。
屋敷の中でさえ、セクハラまがいなことをしているあの旦那様が、理性を保てるかどうか?
(うーん……なんだろう。このか弱い子ウサギをライオンの檻に投げ込むような気分は)
困り果てる結月をみて、ルイは微かに罪悪感を抱く。正直、何かあっても、自分には責任が取れない。ルイはそう思うと
「わかった。ごめんね、無理言って」
「え?」
「旦那様には、他のメイドと一緒に行ってもらうよ。だから、この話は忘れて」
鮮やかな金色の髪をサラリとゆらして、ルイが柔らかく笑えば、結月はそんなルイを見て
(他の……メイド?)
一瞬、ほっとした。これでまた、返事をすることから逃げられる。
だけど──
「ル、ルイさん!!」
「……!」
瞬間、立ち去ろうとしていたルイを、結月が呼び止めた。
「私、行きます!!」
「え?」
「だ、旦那様には、私が付き添います! ですから──」
再び目が合うと、顔を真っ赤にして言った結月に、ルイは
「わかった。じゃぁ、旦那様のこと宜しくね!」
と、小さく微笑み、この二人の恋が上手くいくことを、心の中で密かに願うのだった。
番外編
旦那様とメイドさん【旅行編】①
✣✣✣
「もう、終わったのですか?」
それから二週間ほどがたち、飛行機に乗って、視察先にやってきたレオと結月。
だが、ものの30分ほどで終わってしまった先方へのご挨拶に結月は驚いていた。
本当に、ご挨拶するだけだったのか?
30階建てのビルのエントランスで待っていた結月は、スーツ姿ででてきたレオをみて、唖然とする。
「ああ、忙しい方だからね。30分でも時間を頂けただけ、よかったよ」
イタリア製のダークカラーのスーツをキリリと着こなして、そう言ったレオは、手に結婚式の引き出物くらいの大きな袋を抱えていた。
多分、先方からの手土産だろう。
そう確信した結月は、その袋に手を伸ばす。
「旦那様、お荷物お持ちします」
自分の役割はしっかり理解していたのだが……
「いいよ。これ重いし」
「な!? いけません! 私のここでの仕事は、旦那様に、何不自由ない快適な旅をお届けすることです!」
「別に、荷物持ってでも不自由はないけど」
「いえ、片手が不自由になります! それに、私は今ルイさんの代わりでここにいます。ですから、荷物を持たせてください!」
「…………」
そういって、断固譲らず力強く声を発する結月に、レオは眉を顰めた。
日頃から仕事熱心な結月。ルイの代わりとなれば、それなりに責任も感じているのかもしれないが、レオだって、男として、譲れない部分がある。
「……120万」
「へ?」
「ここの会社、海外でも有名な食器メーカーなんだ。中の食器、多分その位の価値はあるよ」
「ひゃッ……!?」
──120万!!?
その金額に結月は、一驚する。
メイドの結月が、はたして何ヶ月働いた分の金額だろうか。もしこれで、食器を割ったりでもしたら……
「だ、大丈夫です! 私の命に変えても、食器は守り抜きます!」
「命かけられても困るんだけどな」
酷く青い顔をしつつも、それでも持つことを譲らない結月。そんな結月に、レオは深くため息をつく。
今日は、メイドとして、結月をここに連れてきたわけではない。それなのに……
「結月。お前は、俺の何?」
「え?」
すると、不意に意味が分からないことを問われて、結月は首を傾げる。
「メ……メイド、です」
「違う」
「え? では、ルイさんの代わり……ですか?」
「違う」
「えっと……では、なんでしょう?」
ことごとく違うと言われ、結月は困りはてた。
するとレオは
「結月は、俺の好きな人」
「………っ」
そっと手を取ると、本当に愛おしそうに、目を細めて、そう言われた。
「だ、旦那様……っ」
「何度も伝えてるのに、まだ分からないのか?」
「あ、でも、私は……っ」
目が合えば、胸が高鳴った。触れられた手は、自然と熱くなって、離してほしくないとすら、思ってしまう。
分からないわけじゃなかった。何度も、何度も「好きだ」と伝えられてきたのだ。
それはもう、狂おしいくらいに──
「好きだよ、結月。だから今日は、メイドじゃなくて、普通の女の子として俺の側にいて」
尚も甘い言葉をかけられて、思わず視線をそらしてしまった。
触れる手も、見つめる瞳も、いつも優しくて。だけど、その度に結月の胸は苦しくなる。
(どうしよう、私……っ)
こんな気持ち、持ってはいけない。
自分はメイドで、相手は旦那様で。だから、ちゃんと、つたえなきゃいけない。
『旦那様の気持ちには、こたえられません』っと──
「あの、旦那様……っ」
トゥルルルルルルルルル──!
すると、その瞬間、レオのスマホが突然鳴り響いた。その音に気づいて、レオは結月の手を離し、電話にでたのだが
『もしもし、レオ様? 結月ちゃんとの旅はどうですか~?』
その電話先から聞こえてきた明るい声に、レオは少しばかり表情を曇らせる。
「なんだ、ルイか。どうした、いきなり」
『今頃、先方への挨拶を終えて、ホテルに向かう頃かなと思って?』
「あぁ、まさに今……て、よく分かったな?」
まるで、見ていたかのように話すルイに、レオは感心する。
「それより、なんの用だ?」
『うん。言い忘れてたんだけど、部屋の予約、一部屋しかとってないんだ!』
「は?」
『だから、一部屋だけ。付き添いの使用人用の部屋はとってないから、今夜は、結月ちゃんもレオの部屋で寝かせてあげてね?』
「!?」
軽やかなルイの声を聞きながら、オレは呆然と考える。
部屋の予約とは、今夜、宿泊するホテルのことだろう。だが、結月と……?
「てッ、お前──」
『あ、それと、もう一つ! 今回の旅行で、”両思い”になれなかったら、レオ様には、他所のお嬢様たちと”お見合い”をしてもらうことになってるから、そのつもりで!』
「はぁ!?」
思わず、声が裏返った。なぜ、いきなりお見合いなどと、そんな話が出てきたのか!?
『だってレオ様。婚約者との縁談、破談にしちゃったでしょ? その後、噂があっという間に広かったみたいで、もう次から次へと縁談申し込みが……僕、もう断るの限界!』
「……っ」
確かに、破談にした。アレは、結月が屋敷に来て、一カ月もしない時だったと思う。
『というわけで、色々セッティングしてあげたんだから、頑張ってねレオ! あ、(カクヨムの)規制に引っかからない程度になら、何してもいいよ♪ じゃぁ、明日お屋敷で、おめでたい報告待ってるね~』
「ちょ……ルイ!!」
慌てて引きとめるが、その後、ルイとの電話はあっさり切れた。
そして、五十嵐家の屋敷の中で、特に何の用事もなかった、ルイは
「はぁ……全く、世話がやけるなー」
と、全く進展しない旦那様とメイドの恋の行方に軽く呆れつつも、明日の結果がどんなものになるか、楽しみに待つのだった。
②に続く
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