第11話 執事の仕事

 

 それから、一週間後。


 平日、結月を学校へと送り出したあと、レオは運転手の斎藤さいとうと共に、庭の手入れをしていた。


 広大な敷地の一角には花壇があり、色とりどりの花々が美しく咲き誇っていた。そして、その花壇の前、一際目に付く噴水の中で、レオはデッキブラシを手に噴水の掃除を手伝っていた。


「五十嵐くん、悪いね」


 噴水の水をすべて抜きとり、いつもの執事服ではなく、私服姿で中を清掃するレオに、花壇の手入れをしていた斎藤が声をかければ、レオは気前よく答える。


「いえ、こういった仕事は、男の方がむいてますし。それに、お嬢様がいらっしゃらない間なら、俺も何かと自由がきくので」


 基本的に執事の仕事は、主人に合わせたオーダーメイドのサービスを提供する。


 朝早くに起き、お嬢様の朝食や身支度を整え、学校に送り出したあとは、屋敷の管理……つまり使用人の監督、食器や貴重品などの財務管理、その他、来客対応やスケジュールの確認などをこなし、主人が日々落ち着いて過ごせるよう、その傍らで支える役目を担っている。


 とはいえ、この屋敷は、そこまで来客が多いわけではなく、お嬢様を見送ったあとは、屋敷の管理も、優秀ゆえに、あっさり終わらせてしまうため、なにかと暇になることもある。


「若いっていいなー、私はもう腰がきつくてね。力仕事が億劫おっくうになってしまったよ」


「俺で良ければ、いつでも声をかけてください。いずれは、この屋敷の仕事を、全て覚えるつもりでいますから」


「頼もしいな~。でも、手伝ってくれるのは有難いが、執事は勤務時間が長いんだ。お嬢様が学校に行っている間に、少しくらいは休んでおかないといけないよ」


「そうですね。でも、じっとしているよりは、身体を動かしている方が好きなので」


 温かい春の日、なにげない雑談を繰り返しながら、レオは噴水の清掃に勤しむ。


 ブラシで磨き、汚れを落とし、その後、一通りの清掃を終えたころには、程よく汗をかいていた。


「そういえば、五十嵐君は彼女がいるんだってね? もう、結婚の約束もしてるとか」


「え?」


 だが、いきなり、際どい質問をされ、レオは汗を拭いながら答えた。


「その話……斎藤さんにまでいってるんですね」


「そりゃ、みんな前の執事のことで、ピリピリしてたからなぁ。もし、また執事が、お嬢様に下心を出したら、今度はどうしてやろうかって、みんなで話してたんだ!」


「……はは」


 少し物騒な発言に、レオはポーカーフェイスを崩さぬまま苦笑する。

 どうやら、使用人同士の仲が良いせいか、こういった話はすぐに広まるらしい。


(……バレたら、タダじゃすまないな)


 お嬢様に対する忠誠心が、かなり強い使用人たち。


 まぁ、これも結月の人柄の良さに惹かれてのことだろうが、万が一、自分が『お嬢様を愛している』ことがバレたら、どうなるか分からない。


「しかし、二十歳で結婚まで考えているなんて、すごいな~。私も家内と出会ったのは二十歳だったが、結婚なんて全く考えられなかった」


「普通はそういうものですよ。ただ、俺にはので、迷う必要もなかっただけで」


「やけるな~。あ、結婚の約束してならプロポーズもしたってことなのかな? 最近の若い子は、どんなプロポーズをするんだい?」


「あはは。……もうやめませんか、恥ずかしいので」


 というか、これ以上聞かれたら、色々ヤバい!

 どさくさに紛れて、彼女の名前とか聞かれたら、一巻の終わりだ!


「それより、斎藤さんは運転手の他に、庭の手入れもされていたんですね」


 レオは下手に墓穴を掘らないようにと、その後、サラッと話題を変えた。


「あー、私は土いじりが好きでね。それに、お嬢様は、あまり外に出たがらないから、少しでも屋敷の中で、心休まれるようにとおもってね」


「…………」


 その言葉に、レオは庭全体を広く見回した。


 普通のファミリー向けの一軒家が5~6軒は建ち並びそうなくらい広々とした庭園。


 これだけ広いにもかかわらず、この美しさをキープしているのは、斎藤の、そう言った思いが込められているからなのだろう。


「お嬢様は、外出がお嫌いなのですか?」


「そういうわけではないんだ。子供の頃は、行ってみたい場所もたくさんあってね。学校帰りに、よく車の中で話してくれたんだが、がいなくなってからは、ぱったりと言わなくなってしまってね」


「……!」


 瞬間、レオが、その名にピクリと反応する。


 そういえば、斎藤はこの屋敷で一番の古株だと聞いていた。なら、その「白木しらき」についても、何か知っているかもしれない。


「その、白木さんって」


 普段通りを心がけ、あくまでも冷静に語りかける。すると、斎藤は草取りの手を休めることなく


「白木くんは、この屋敷にいたメイドだよ。でも、8──」

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