第7話 約束


 お嬢様の食事や入浴などの業務をすませたあと、使用人たちは、やっと夕食の時間を迎える。


 赤い絨毯が続く廊下から一歩キッチンに入ると、そこには食器棚が数台にならんでいて、その手前には、使用人が食事をとるためのダイニングテーブルがあった。


 8人がけの長方形型のテーブル。


 この屋敷にしては簡素なテーブルだが、白いクロスの上にはブルーのテーブルランナーが敷かれていて、その上には、ガーベラの花を生けた花瓶が飾られていた。


 だからか、休憩室を兼ねたこの場所は、どこかオシャレなレストランのような、そんなおもむきすら感じさせた。


 そして、壁一枚隔てたその更に奥には、冷蔵庫やオーブンなど、様々な調理機器が立ち並ぶ調理スペースがあった。


 広々とした厨房を管理しているのは、この屋敷のシェフである、冨樫とがし 愛理あいり。29歳。


 ショートカットの明るい髪色をした、快活そうなお姉さんだ。


 お嬢様の食事と使用人たちのを用意するのは勿論、食材の買い出しから仕込み、お客様用のワインの買い付けや管理まで、全て冨樫が受け持っているようだった。


「五十嵐くん、お腹すいたでしょ~?」


 レオがキッチンに顔をだすと、その奥の厨房から、同時に冨樫が顔を覗かせた。


「食べよっかー。恵美、準備終わった?」


「はい。おわりました! 五十嵐さんも、どうぞ席に」


「ありがとうございます」


 恵美がフォークやナイフなどを準備し声をかけると、レオは冨樫と恵美の向かいの席に腰掛けた。


 食卓の上には、三人分の食事。今夜夕食を、この屋敷でとるのは、この三人だけなのだろう。


「矢野さんは、のメイドだったんですね」


 いただきます──と手を合わせたあと、不意にレオが問いかけた。


 今日、レオの指導にあたっていたメイド長の矢野 智子。てっきり住み込みのメイドかと思っていたが、夕方、お嬢様の帰宅を見届け、別邸からの仕事を片付けたあと、夕方6時すぎには荷物をまとめ、足早に屋敷から出ていった。


「矢野さんは、所帯持ちだからね~。高校生のお子さんが二人いて、いつも朝7時にきて、大体夕方6時にはあがっちゃうよ! あと、運転手の斎藤さんは、奥さんと二人暮らしで、夕飯だけでも奥さんと食べたいからって、今、一時帰宅してる」


「一時帰宅?」


「うん。この屋敷で住み込みで働いてるの、私と恵美だけだから、前の執事が辞めてからは必然的に、女だけになっちゃってさ。だから、それからは、斎藤さんが用心棒として泊まり込んでくれてるの」


「あ、でも、五十嵐さんがセキュリティ関係の仕事を覚えたら、また通いに戻るといっていました!」


「……そうなんですね」


 冨樫に続き、恵美も話に加わると、レオは思考を巡らせる。


「じゃぁ、夜に、この屋敷で過ごすのは、ここにいる3人と、お嬢様だけと言うことですか?」


「まぁ、いずれは、そうなるかな? というわけで、頼りにしてるよ、五十嵐くん!」


「あはは、それは責任重大ですね」


 冨樫が、茶化しながらそう言えば、レオもまたにこやかに答えた。


 どうやら、ゆくゆくこの屋敷に寝泊まりする『男』は、自分一人だけになるらしい。


(女三人に、男一人か……)


 すると、冨樫が作ってくれた肉料理を切り分けながら、レオは考える。


 つまり、昼間の矢野の話から総合すると、深夜、お嬢様と使用人の女二人を守るという役目も、自分は担っているのだろう。


 だが、そんな『守る』という立場にありながら、前任の執事は、お嬢様に恋心を抱いてしまった。


(なるほど、その気になれば、いつでも襲える環境だな……そりゃ、クビにもなる)


 屋敷のセキュリティを管理するとなれば、お嬢様の部屋の鍵を管理していたのも、きっと、その執事。


 お嬢様を野蛮な猛獣から守るつもりが、もう既に屋敷の中に猛獣がいるなんて、セキュリティの意味があったものじゃない。


(まぁ、俺も人のこと言えないが……)


 だが、現に結月に恋心を抱いているレオとて、その執事を悪くいう資格はなかった。


 レオは、そんなことを思いながら、フォークに刺した肉料理を口に運ぶ。


 しっかり下味の付けられた料理は、お嬢様へのディナーの残り物で作られたとはいえ、シェフの腕がいいのか、なんとも美味だった。


「あ。そう言えば、五十嵐くん、彼女いるの?」


 だが、話の腰を折り、冨樫が興味津々に問いかけてきた。


「ちょっと、愛理さん!? いきなり、なに聞いてるんですか!?」


「えー、だって、気になるじゃん!」


「だからって、来た当日にきかなくても! あの五十嵐さん、気にしないでくださいね! 聞き流してくださっても」


「いますよ」


「え?」


「いますよ、


 だが、その後、平然とはなたれた言葉に、恵美と冨樫は目を丸くし


「えぇ!? いるんですか!?」


「ほら~、やっぱりいるっていったじゃん、こんなイケメンなんだからさー! ねーねー! 彼女っていくつ? どんな子?」


 顔赤くする恵美をよそに、さも当前とでも言うように、冨樫が目を輝かせる。


 するとレオは、昼間の再会したの姿を思い浮かべるながら、また愛おしそうに微笑む。


「そうですね。歳は18で、髪が長くて、笑顔が柔らかくて……あとは、少しおっとりとした性格かな? 」


「へー、そうなんだー」


((なんか、うちのお嬢様っぽい感じの人なのかな?))


 レオの話を聞いて、二人は、結月を思い浮かべつつ、見知らぬレオの恋人を想像する。


「でも、女性が主人の屋敷で、住み込みで働くこと、よく彼女さん、許してくれましたね?」


「そうそう! 住み込みだと部屋には呼べないし、それに執事は主人に呼び出されたら、休みでも行かなきゃいけないよ?」


「大丈夫ですよ。今は、少しにいますから」


 そういうと、レオは静かに目を閉じた。


 離れたところ──それは、物理的にではなく、この場合『心』がといったところだが……


「え? 遠距離なの?」


 だが、その返事に、また冨樫が質問してきて


「はい。でも、いつか俺のところに戻って来ますよ。俺たち、もしてるので」



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