第8話 執事の不祥事


「「えぇ、結婚!?」」


 そのストレートな告白に、二人は一気にざわつき出した。

 

 顔を真っ赤にした恵美めぐみが大きく声をあげれば、その横で、冨樫とがしがニヤニヤと微笑む。


「やだ~、結婚まで考えてるなんて、すっごいラブラブじゃん! 残念だったね、恵美!」


「ちょ! ちょっと、愛理さん!? 何言ってるんですか!?」


「だって、五十嵐くん見て、ドキドキするとかいってたじゃん!」


「言ってま……いや、言いましたけど! ──て、違いますからね、五十嵐さん! そういう意味じゃ!」


「…………」


 冨樫の発言に、あたふたと慌てふためく恵美。


 その姿に軽く微笑みつつも、レオはテーブルの上に置かれたコーヒーを手に取った。


「この屋敷の方々は、みんな仲が宜しいのですね?」


「あー、そうかも。うちは、お嬢様がとても優しい方だし、本当の家族のように思ってくれてるから、自然とアットホームな感じになっちゃって。だから五十嵐くんも、すぐ馴染めると思うよ」


「……そうですか」


 家族──それは昼間、レオ自身も言われた言葉だった。


 そして、その言葉に、ふと昔のことを思い出し、レオは冨樫と恵美に、再び問いかける。


「あの、つかぬことをお伺いしますが」


「なに?」


「この屋敷に、白木しらきというメイドがいたと思うのですが、その方は今どうされて?」


「白木?」


 不意に問われた質問に、二人は同時に顔を見合わせる。


「そんな人、いましたっけ?」


「いや、聞いたことない。この屋敷の使用人は、私と恵美と、矢野さんと斎藤さんの四人だけだよ。それに、私、5年前からこの屋敷にいるけど、白木って名前の人は聞いたことないけど」


「その人が、どうかしたんですか?」


 レオの問いに、冨樫と恵美が不思議そうに首を傾げる。本当に知らないのだろう。


 するとレオは、一度視線を落とすと、手にしたコーヒーのカップを再びみつめ


「……いえ、俺の勘違いです。忘れてください」


 濃いブラックコーヒーの波間に、ユラユラと自分の顔が映し出される。


 どうやら今、この屋敷に、白木というメイドはいないらしい。


(……どうして)


 少し腑に落ちないながらも、レオはそのコーヒーにそっと口付ける。


 すると今度は、冨樫が深くため息をついた。


「はぁ~。でも、20歳で結婚まで考えてるなんていいなー、彼女が羨ましい」


「なにいってるんですか。愛理さんには、彼氏いるじゃないですか」


「そうだけど。うちは結婚の『け』の字もでてこないの!」


「彼氏いるだけ、いいとおもいますけどね」


「あはは……でも、正直、五十嵐くんに彼女がいるってきいて安心したよ。前の執事のこともあったし、もし、また執事が、お嬢様に恋心を抱いたら、どうしようって思ってたの!」


「そうですねー。また、があったら、お嬢様が可哀想ですし」


「……!」


 瞬間、恵美の言葉に、レオは、ぴくりとこめかみを引くつかせた。


(……あんなこと?)


 とは、一体何があったのか?

 不意に過ぎった嫌な想像に、レオの心中は微かにざわつき始める。


「あの……その執事は、ゆづ……いや、お嬢様に、なにを?」


 あくまでも表情は崩さず、冷静に問いかける。


 だが、屋敷のセキュリティ管理を任されていた執事だ。部屋に忍び込んだ可能性も十分にあるわけで、ハッキリいって、そんな最悪な現実叩きつけられたくはない。


 だが、聞きくないが、気になるのも確かで、それに、ここは結月の『未来の夫』として、聞いておかねばならない気がした!


「それがねー。執事は夜に、お嬢様の部屋に戸締りの確認をしに行くんだけど。その時、お風呂上がりのお嬢様をみて、ついに理性はずれちゃったんだろうね。いきなり、後ろから抱きついたらしくて」


「もう、大変だったんですよ! お嬢様、泣きながら部屋から飛び出してきて、事件が発覚して」


「まー、抱きつかれただけですんだから、よかったけどね」


「でも、無防備なお嬢様にいきなり抱きつくなんて、最低です!! 執事どころか、男としても失格です!!」


「ホント、お嬢様も兄のように慕ってたってのに、なんか裏切られたってかんじ!」


「………………」


 依然、表情は崩さず、ポーカーフェイスのままだったが、レオの心中は全く穏やかじゃなかった。


 つまり、その執事は、結月に、抱きついた挙げ句、手を出そうとしたと?


 俺ですら、手を出してないというのに、先に結月の身体に触れたと?


(なにしてんの? そいつ……っ)


 レオの心中は、酷く荒れ狂う。だが、どうやら"最悪の事態"は間逃れたようで、心做しかほっとする。


 それでも、泣きながら部屋から出てきたと聞くと、酷く胸が傷んだ。


 どれだけ、怖かったことだろう。


 だが、なぜか結月は、今、レオのことを全く覚えていなかった。


『どこかで、お会いしたことがあったかしら?』


 そう言われた時のことを思い出すと、レオはコーヒーのカップを握る手に無意識に力をこめる。


 覚えてさえいてくれたら、今夜にでも、その身体を抱きしめて、慰めてあげるのに、忘れ去られているが故に、まともに、抱きしめることもできないなんて──


(結月……なんで俺のこと、忘れてるんだろう?)


 こうして、『執事』としての最初の夜は、愛しい人に忘れられ、その心中を酷く重くしたまま、静かに静かに、更けていったのだった。




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