第10話



―――――――――― ビタ―――――ン!!



「イッタ~~~~!!」



マイは悲鳴をあげながら、その隠し部屋内に倒れ込んだのであった。

あくまでマイがその部屋に入ったのは、偶然であった。

まさか彼女も自分が触ったダンジョンの壁がまさか隠し部屋への隠し扉、しかも『回転式』になっているとは思っていなかったのだ。

ゆえに、彼女は頭から倒れるように部屋に入るという、無様な姿をさらすこととなったのであった。

その倒れこむ勢いや、床のぶつけた鼻頭が真赤になり、わずかに鼻血が出ているほどであった。



「ひ、ひどい目にあったですう。

いったい、ここは…」



マイが鼻を押さえながら、周囲を見渡すと、辺りに見えるは謎のガラクタの塊。

今自分が立っている床さえ、よく見れば、全部ガラクタが積み重なってできた床だと言うことがわかった。

部屋の大きさはかなり大きく、天井もかなり高い。

彼女の視点からすればこの部屋は、悪い言い方をすれば、ガラクタをかき集めた倉庫、いや、【ごみ捨て場】にも思える。

しかし、なぜか彼女の心の奥底、いや、《祭司》の勘ともいうべきものが、この隠し部屋を【ごみ捨て場】と呼ぶことを許さなかった。



「これはいったい……。」



マイが自身の心に浮かんだその違和感を、なんだろうと考えようとした時に……



それは起った。



――――――  ズチャ!



突如、独特の粘着音とともに、マイの足元付近の床から突然なぞの粘液が飛び出し、彼女の足をからめ取ろうとしてきた。

が、彼女のそれにやすやすと捕まるほど甘くはなく、その粘体に足をからみ取られる前に、素早くその場から離脱した。



「!、足元から不意打ちとは卑怯です!!


とっとと姿を見せるです!!」



今まで発見してきた魔物を相手に自身の存在が気付かれるまえに、遠距離呪文で一方的になぶりごろすという、先生同道からほど遠い攻撃をしてきた彼女が言うべき台詞ではないようにおもえるが、それでも彼女はそう吠えた。

もし、仮に魔物側にある程度の知能があったら、彼女の言葉を無視して、地中から決して全貌を表すことなく、あくまで地面に潜んだまま、一方的に彼女を攻め立て続けたかもしれない。

が、今回の魔物はどうやら言葉を理解したり、戦力と言う言葉の意味を理解するほどの知性を持たない類いのようだ。

マイの言葉道理、魔物はその身を全て地面から露出させ、その姿を明らかにさせた。

そして、その姿は、彼女がこのダンジョンで何度も見ながら、ある意味では始めてみる魔物であった。



「またスライム!!

けど、『色つき』ですか…!」



そこにいたのはうっすら銀色に輝いてる、マイの腰ほどの大きさのスライムであった。

今まで彼女がこのダンジョンで見てきたスライムは全部『色なし』であり、スライムはその『色』と『大きさ』で強さや性質が変わると言う。

なら今この目の前にいるスライムは、今まで出会ったスライムとは強さも性質も別物と考えた方がいいだろう。



「しかし、所詮はスライムです!

動くのが遅いスライムが、ノコノコ目の前に現れたのが運のつき!!

魔法のまとにしてやるです!!」



マイはそう叫ぶと、素早く神聖呪文の詠唱を始め、その手から光の矢を放った。

彼女の脳裏に浮かぶのは。いつも自分の呪文で一撃で吹き飛ぶスライムの姿であった。

……しかし、今回はそうはいかない。



――――――  バチン!!


「……え!」



マイは思わず、目の前の光景に驚き、声をあげてしまった。

マイの目に映ったのは、マイの呪文を受けても以前平然としたまま佇む、『銀色のスライム』がそこにいた。

いや、平然としていると言えば、それには語弊があるだろう。

その『銀色のスライム』は確かにマイの呪文の直撃を受け、ダメージを負ったのは目に見えてわかる。

スライムの表面の一部がわずかに焦げたようにくすぶり、たしかに手傷を負わせたと言えば負わせたのかもしれない。

ただし、その攻撃は『銀色のスライム』にとって致命傷にはなり得ていないのは明らかだ。現に、呪文の直撃を受けたにもかかわらず、スライムは依然こちらに向かってゆっくりとだが、確実に近づいてきてた。



「や、ヤバイです!!、ほら!!あっち行け!!

こっち来るなです!!」



マイはそう言いつつ、スライムを牽制するべく、連続で呪文を放つ。

が、その思いもむなしく、彼女の攻撃は全て弾かれてしまった。

一方、スライムは、徐々にだが、マイとの距離を詰めるべくゆっくりと近づいていった。



「……!て、あ、やば!!」



無我夢中で呪文を放ちながら、後退していたが故、気が付かなかったのであろう。

マイが後退していった先は、この部屋の角であり、もうこれ以上、後退することはできない。

他の方向へ行こうにも、ガラクタの山が邪魔になっているため退路はない。そして、眼の前にはゆっくりとだが此方へと近づいているスライム。



「………っ!!!!」



マイが内心、覚悟を決めた瞬間にそれは起きた。



――――――――――グシャ!!


「bi!」



足元に、強い魔力光が表れたとともに魔法陣があらわれ、そこから腕が飛び出して、眼の前に銀色のスライムを叩き潰した。

……どうやら、このスライムは信仰魔法には強い抵抗力を持っているらしいが、物理防御力はないようだ。

結局そのスライムはその一撃だけでやられてしまったようで、わずか数秒で体のほとんどが浄化されてしまっていた。


一方、足元も魔法陣から出てきたのは石性の腕、小さな人型。

護衛用戦闘ゴーレムのクラアサ、それであった。


一方、マイはと言えば、淡い青色の魔法陣の光に包まれながら、現れた自分の相棒の姿をポカンとした眼で見つめ、しばらく、一体なのが起きたかわからずに呆然としてしまっていたマイ。

が、彼女は自分の相棒がテレポートして、スライムを倒したという時事をきっちりと認識すると、やや顔を赤らめつつ、怒鳴りながら、クラアサへと駆け寄った。



「クラアサ!!よく来てくれたです。

もしかしたら、はぐれたんじゃないかと思ったです。

……というか、クラアサ!あなた《テレポート魔法》が使えるんだったら、ちゃんと事前に教えてほしいです!!

それがあったら、もっと探索が楽になったかもしれなかったのに!」



さっきまで、スライムに追いやられていた時の気弱な態度はどこえやら。

マイは自分を助けてくれたクラアサに、感謝と叱りが入り混じったような奇妙な説教をしはじめた。

というか、言葉をしゃべれないクラアサに説明を求めるのは酷なことだとは思うが……彼女はそれが分かっているのだろうか?


結局彼女の説教が終わるのはスライムが完全に浄化された後も続き、さらに新たにもう一匹、スライムが床から湧いてくるまで続けられたのであった。



「………結局この銀色のスライム、

 どうやら、《神聖魔法》に対して強い抵抗力を持っている以外は、案外普通のスライムのようですね。」


「bi!」



新たに表れたのは良いものの、クラアサによって瞬殺され、浄化されたスライムを見ながら、マイはそう呟いた

そして、この部屋で大声を出したり、激しく動いたりと、とにかく大きな振動を発すると、床にしたから、スライムが飛び出す。

どうやらこの部屋の仕組みはこういう事らしい。

そのように考察しながら、浄化されていくスライムを見ていて、マイはふと気が付く。



「む、何か落したようですが……。スライムと言えば《魔石》を落すと相場が決まっているんですが……。


……って、これは!!!」



マイは驚きながら、そのスライムがいた場所に凄まじい速度で駆け寄り、其処に落ちていたドロップ品を拾う。

普通の人から見たら、いったい何事かと思うほどのスピードだと思うであろう。


しかし、マイは自分の目に映っていた物が、そして、今手が握りしめているものの正体にあたりが付いてはいるものの、到底信じられるものではなく、それを確認すべく、やや緊張しながらも、恐る恐る手の中を覗いた。



……そして、彼女は自身の予想が当っていたことに気づき、自分の手の中にあるものが信じられず、大きく驚くこととなったのであった。



そう、彼女の手の中には銀色に光る《魔石》、属性魔石中最高価格のお宝、《聖属性の魔石》があった。






●異世界迷宮経営物(仮)

『教会編 3 前篇』






「―――bi!」



クラアサの振るう石剣が、銀色のスライムに向かって振り落される。

……が、今回は運がなかったのだろう。

クラアサの石剣の一刀を喰らっても、その一撃はスライムの体を強くたたきつける程度に終わり、スライムは完全に浄化されはしなかった。

その石剣の攻撃により少し小さくなったもののスライムの方は、ぐずぐずとその身の大半を浄化されながら、その攻撃に対して反撃をしようとその身を捩じらせたが……



「これでとどめです!」



マイの手に握られている《木製の杖》の振り下しという、追撃がスライムに仕掛けられた。

……もちろんスライムは鈍く弱い魔物と言っても、非力な女性の木製武器の一撃で沈むほど弱くはない。

が、今回は事前にクラアサのダメージでほぼやられかけていたからであろう。

マイの一撃を受けたスライムは、その身を完全に《魔素》へと崩されていったのであった。



「ふぅ、これでやっと3つ目……。

  このままのペースじゃあ、先が思いやられるです」



そうやって彼女は、銀色のスライムが浄化された後に残された《聖属性の魔石》、いや《聖の魔石》を拾いながらそうぼやいた。

この時、彼女がこの隠し部屋に入ってからすでに時間は数時間以上たっており、彼女とクラアサはこの部屋で、休憩をはさみながらではあるがずっと銀色のスライム相手に《連戦》を繰り広げていたのであった。


なぜ彼女がこの部屋に固執し続けるのか……それは簡単。

彼女は銀のスライムから出る《聖属性の魔石》を一個でも多く手に入れたいからであった。



《聖の魔石》、それは今回彼女の目標としている《結界》の触媒としても使われる魔石であり、属性付きの魔石の中でももっとも高価と言われる魔石である。

主な様とは、《対魔物用武器》の製作や、《神官》の杖や衣服。

さらに《聖属性結界》の結界の触媒、魔物化防止、秘薬の材料、単純に装飾品や宝石として……など多岐にわたり、おそらく全属性魔石中一番の需要を誇る。


しかし、聖属性の魔石はほとんど《前時代》で掘りつくされ、魔王封印の際に、ほとんど使い切ってしまったらしい。

現在の聖の魔石の大部分はエルフの国にある《教会本部》が独占販売しているのが現状。

それゆえ、一般市場ではまず出回らないのだ。


今回マイがこの《魔石》を集めているのはこの石を集めて結界の《触媒》にするため……というわけではない。

というか、このスライムが落す魔石の大きさはせいぜい【小石】大の大きさである。

これじゃあ、ダンジョンの入り口を長期間守るほどの【魔法】の触媒には向かないであろうし、魔石の純度も低そうである。

せいぜい、《個人用のお守り》としてや、安い《秘薬の材料》、宝石としての価値しか生まれないであろう。

……が、これが、同じ大きさの金に勝るとも劣らない高価な品であることには間違いのない事実。

ならば、今私ができる事とは1匹でも多くこの銀色の《スライム》を退治して、できるだけ多くの《資金源》を作る。

そして、次来るであろう行商人にこれらを売り、短期間用の《聖属性用結界》の魔法触媒をたくさん買う。


できればこのように分かりやすい功績を上げることによって、よりダンジョンの奥へと潜る許可を村長にもらえればいいが……それは少し望みすぎであろう。

ともかく、この部屋でいかに大量に《聖の魔石》を手に入れるか、それによって村の未来が大きく変わるはずである……とマイは考えたのであった。



「……けど、思ったより、あんまり落さないですぅ。

 まあ、魔物は私たちの事情なんて知ったことがないから仕方ありませんがもう少し頑張っておとしていってほしいもんですぅ。


 というか、ここは《ダンジョン》のはずなのに、どうしてこの部屋には《聖素》が充満してるんですか?

 本当にこのダンジョンは、訳が分からない場所です。」



マイはそう、ダンジョンに対しての愚痴を吐きながら、次の獲物が現れるまでクラアサと一緒に、《神聖な》ゴミやガラクタでできた床の上をうろうろする。

次に床からスライムが飛び出すまでの間、マイ静かに考える。


このダンジョンはいったい何なのであろうか?

自分はあまりダンジョンに詳しいわけではないが、それでも《司祭》の常識として簡単にはダンジョンのことをわかってはいるつもりであった。


ダンジョンとは、魔物の棲家であり、人や獣にとって有害である《魔素》を放出する悪しき場所。

現在では《教会》以外ではそれに対処できるものはほとんどおらず、いまだ謎に包まれている場所。

一説だと、前時代の《魔王の呪い》で生まれる物だとか、《邪神の肉が育った結果生まれたもの》、などいろいろと言われているという事だ。


しかし、このダンジョンは自分の話と大きく食い違うところがある。

本来長期間ほっておけば、すぐにでもダンジョンから湧き出してくるはずの魔物の群れが、こんなに時間がたったのに、一向にダンジョン内から、外へと出てこない魔物達。

この《魔素》のたまり場ともいえるダンジョン内にふさわしくない、真逆の性質の《聖素》にあふれた、ガラクタ置き場の様なこの部屋。

そして、なによりなぜダンジョンがこんな片田舎の辺境に現れたのか……。

これらが導き出す答えは……!!


マイがあれやこれや考えている間にそれは起きた。

部屋の地面から響く、鈍い振動、揺れるガラクタ。



「っと、ようやく次のスライムが……。



……いやこれは……。」



マイはようやく次のスライムが来たかと身構えたがどうやら違うようだ。

ただのスライムがわきだすにしてはやけに激しい床の振動。

スライム特有の《粘着音》にしない部屋。

そして、時間がたつにつれ、さらに激しくなる揺れ、少しずつ崩れゆく床、なにより地面の底から響くようなこの音は……!



―――――これやばい!



マイはそう本能的に察知して、部屋の出口に向かった。


……が、時すでに遅し。

マイたちが逃げることを察知したのであろうか、この部屋の床の一部であったガラクタがまるで生きているかのように動き出し、部屋の入り口をふさいだのだ。



「……な!


く!閉じ込められたです!」



マイは入り口のガラクタを、魔法で吹き飛ばそうとするがどうやら部屋のガラクタ《聖属性》のものでできているかららしく、マイの呪文を当てても、あまり効果を発揮せず、完全には吹き飛ばせない。

そして、少しくらい入り口をふさぐガラクタを吹き飛ばしたくらいでは、すぐに床から再びガラクタが集まり、そのバリケードを再生してしまった。



「く、クラアサ!一緒にこれを排除……!!


 ……って、え!」



彼女がクラアサにも応援を求めようと後ろを振り返った時、それは目に入った。

部屋中の床や壁の一部となっていたガラクタが、部屋の中央へと集まっていく様を。

そして、それは自分の身長を、いや牛以上の大きさをこえ、なお大きく成長を続ける。



―――――ゴゴゴゴゴゴ……!!



彼女はあまりの光景に固まってしまい、クラアサはそれを警戒するかのようにそれに向かって剣を構え、何時でも戦えるように臨戦体制を取っていた。

重低音をあげながら、その巨大なガラクタの山は、所々に突起を生やしてゆく。

結局彼女がはっきりと意識が再起動したのはそれが一つの形をとってから……。そうそれが、まるで出来の悪い泥人形のような見た目にまで成長してからであった。



――――――  ……………。



それは足はないが手はある。

下半身をガラクタでできた床と融合させ、全身をやや銀色に発光させている。

顔に当たりそうな部分には首はなく、目や口をかたどる物はあるもののあくまでかたどった程度の物であり、むしろ不気味さしか感じさない。

何より大きさは、天井にくっつくかくっつかない程の大きさであり、小さな倉庫以上いや、一軒家を超えるほどの大きさであるだろう。

そして、それの胸部には強い銀色の光を発する巨大な《聖属性の魔石》が目に映る。



――――――    ガシャ……グシャリ……!!



そして、そのおぞましくも神聖な何かは、そのガラクタの塊でできた体をこちらの方へと近づけ、この部屋に忍び込んできたマイたちに審判を下すかのように……ゆっくりとその崩れかけの双腕をこちらに向かって伸ばしてきた。




           『ジャイアント・スクラップ・ゴーレム』




マイの目に映った化物……巨大な神聖なゴミの化け物がこちらに向かって襲ってきたのであった。





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