第9話
ダンジョンの地下2階。
ここに存在する魔物は一階にいた蟲やスイカといった魔物以外に、多くの《ごみ》でできた《スクラップゴーレム》と死体でできた《アンデット》と呼ばれる一階とは一味違う魔物も存在する。
そして、何よりの違いは、ゲーナの家族である《ゴア》ヒューマンたちが暮らしている云わば、《ゴアヒューマン部屋》ともいえる部屋がある事であろう。
今現在は、すでに、彼らゴアヒューマンがこのダンジョンに住み始めてから早数か月経っている。
……ここに来た当初のゴアヒューマンとガリューの関係はそれは壮絶な物であった。
《ゴアヒューマン》達はガリューを見るたびに命乞いをして逃げ出し、ガリューは彼らに向かってまともに会話をすることすらできなかったぐらいだ。
例え、逃げ出さないレベルの理性が残っているゴアヒューマンであっても、恐怖で会話ができない。
など、ガリューからゴアヒューマンへの情報伝達がほぼ、ゲーナを通してでなければ伝わらない状態であった。
しかし、さすがに数か月間ガリューがゴアヒューマンたちに攻撃しなかったことから、ゴアヒューマンもガリューが彼らを襲わないという事をやっと納得したのであろう。
今では、こうして、《ゴアヒューマン部屋で行われる祭り事》にガリューが呼び出されるくらいには信頼関係が築けるようになったのであった。
「お、そろそろ、試合が始まるみたいだぞ。そろそろ、お菓子を食うのを止めろ。」
「え~、そんな固いこと言わないでほしいにゃ!
別に食べながら、の観戦でも構わないでにゃ?」
ガリューはカカオに向かってそう言うが、カカオはガリューの言葉を無視しながら、ガリューに渡されていた《スイカのドライフルーツ》を食べつつそう言う。
現在彼らがいるのは、ゴアヒューマンたちが生活している部屋であり、そこの部屋の中心にある、急遽つくられた、矢倉状の構造物の上にいた。
そして、彼らの眼下に広がるのは円形の柵であり、その周囲には多数のゴアヒューマンがおり、みんなどこか興奮しているのが分かる。
そんなゴアヒューマンたちの様子を冷ややかな目で見ながら、カカオは言う。
「どーせ、今から始まるのはしょぼい魔物同士の戦いダにゃ。
カカオはあんまり《試合観戦》は好きじゃないし、そもそもこんなしょぼい魔物同士の試合なんて見る価値がないにゃ!
あんなの見るくらいなら、お菓子食べてた方がよっぽど有意義にゃ。」
「………そう言う意味じゃないんだが……
まあいい。後で痛い目を見るのはお前だからなあ。」
カカオの自由な態度を横目に、ガリューはため息を吐きながら、眼下の様子を確認する。
その柵の中には4匹の魔物がおり、互いが互いを威嚇するかのように睨み合っていた。
「……………。」
「ギルギルギルギルギルギルギルギル!!」
「ぶもぉお…………。」
「ジ……ジジ……!!」
一匹目の無言な魔物はご存じ、《カイス》。
『ガリュー』によってつくられた、このダンジョン特有の植物の魔物である。
その身から吐き出される《液体吐き》を別にすれば、《蔦による遠距離攻撃》しかない、いわばかなり貧弱な魔物。
しかし、最近はガリューによる《品種改良》の結果と言うか、《生存競争》のたまものというべきか、作った当時よりも強い種類の《カイス》が現れるようになり、このカイスもそんな中の一匹だ。
それに、魔物の中で弱いとはいても、それは魔物の中ではという事。
地上にいる、小動物とは比べ物にならないくらい強い。
「ギルギルギルギル!!」
2匹目の、個性的な鳴き声を上げているのは《ゴアヒューマン》の若者である。
《ゴアヒューマン》は外見は人に似た種族ではあるが、この種族の特徴として、三目と体にいくつかトゲがはえているという事以外は、わりと個体差が激しい種族らしい。
このゴアヒューマンの若者は生まれつき声帯が発声に向かないためか、うまく言葉をしゃべることはできない。
しかし、その代わり、彼は幸か不幸か生まれ持って腕が4つあるのだ。
それ故彼は、この《ゴアヒューマン》の群れの中でも戦闘に関しては頭一つとびぬけているらしい。
現在、彼はそのすべての腕にナイフを装備し、どこから襲われてもいいように、少し腰を低めにしつつ、柵を背に戦闘態勢に入っていた。
「ぶもぉぁ………」
三匹は《豚》の魔物である。
そもそもこの《豚》、本来はこの地域に住んでいた《野ブタ》が《魔物化》したものである。
『地上』の生き物が《魔物化》した場合、元の生き物が強い場合か《人族や亜人》などでない限り、《魔界出身》の魔物に比べ弱いのが通例である。
しかし、この《豚》の魔物、すでに【ダンジョン】に住んできた《豚の魔物》同士の《交配》によって生まれてきた魔物であり、いわば《豚》の魔物のハイブリットである。
しかも、生まれてからずっと、《魔素》をたくさん含んだ《スイカ》、いわば《魔スイカ》や《カイス》をたくさん食べてきており、その体の大きさはかなりの物。
おそらく、魔物でない《熊》などの野生動物が相手なら、一瞬で返り討ちにすることができるであろう程だ。
これをただの《ブタ》の魔物と侮ってはいけないことが明白だろう。
「ビビビ……!!」
最後の魔物こそ今回の目玉にして、このダンジョンのニューフェイスともいえる魔物。
その名も《スクラップゴーレム》と言う。
これこそが、ゲーナがこのダンジョンに設置された《ごみ捨て場》にあったごみから作ったゴーレムであり、この新しいこのダンジョン固有の魔物である。
見た目は、不格好なガラクタを人型に固めたかのような見た目ではある。
しかし、その不格好さがむしろ武器となり、体のいくつかは棘のように鋭く、ある意味では前進が武器になっていると言ってもいいかもしれない。
……そして何よりこのゴーレムはほかの魔物にはない必殺技を持っているのだ!
「…………静かに!そろそろはじめますよ!」
柵のセリのすぐ横にいた《ゲーナ》は、周りのゴアヒューマンたちに聞こえるように、大声でそう叫んだ。
……実はこの試合、この試合そのものがゴアヒューマンたちにとって大事な儀式であり習慣であるらしいが……今は説明を割愛する。
ともかく、この試合はゲーナ達にとって大切な行事であり、決して失敗が許されないものであるのだ。
「構えて………。」
ゲーナは辺りが静かになったのを確認して、中にいる魔物に向かってそう制限する。
その一言により、柵の中にいた魔物たちの《待機命令》が解除され、お互いにすぐにも殴りかかりそうな、そんな緊迫した雰囲気へと変化した。
「………戦闘、開始!」
ゲーナの開始の合図とともに、周りのゴアヒューマンたちの怒号が上がり、中にいる魔物たちの戦闘が始まった!
●異世界迷宮経営物(仮)
『魔物編 4』
さて、そんなことが《ゴアヒューマンたちの祭り》が無事終わってから数日後。
場所は少し変わって、【ダンジョンコア】がある【ダンジョン管理室】にして、『ガリューの住んでいる部屋』でもあるこの部屋に『ガリュー』、『カカオ』、『ゲーナ』の三人が集まっていた。
みな部屋の中央にある円形のテーブルに集っており、各々の前にはお茶と、机の中心には《切り分けられたメロン》が置いてある。
せっかくのメロンがあるのに、カカオの顔は歪んでおり、半ば、自棄の様な勢いで、メロンを食べている。
そんなカカオの様子を、ゲーナは怯えながら、そして、ガリューは茶を飲み、すまし顔で見ていた。
……そんな中、ガリューが口を開く。
「……、ゴアヒューマンの一族はもうダンジョンになれたようだな。
それに、スクラップゴーレムも正常に稼働しているようだし、これでしばらくは安心だな。」
「は、はい!ここまでいろいろ準備してくださったおかげです。
とりあえず、わざわざ、研究室を作ってくださったおかげで、スクラップゴーレムはそれなりの数は揃えられしたし、近々、もっと簡単に作れるのを開発できそうです!
それに我が一族も、いろいろ優遇してもらったおかげで、ダンジョン内でも生きていけそうです。」
ガリューの言葉に対して、ゲーナは緊張しつつもそう嬉しそうに返した。
「ふむ、祭りもおおむね平和に終わったし、今回のカイスとスイカ、それに新しく作ったメロン、それに酒なんかも、配れた。
これで警戒心も下がってくれるといいのだが。」
ガリューはゲーナの嬉しそうな様子を見つつ、うっすらと笑みを浮かべながらそう返した。
今回のゴアヒューマンの祭りは、一番近いもので言うなら《闘牛》や《相撲》に近い行事であり、《邪神》の名のもとに聖なる戦いを繰り広げると言う物らしい。
ガリュー自身、その熱り自体そこまで興味はないが、今回の祭りのおかげで、少なくとも彼はかなり《ゴアヒューマン》達と、心の距離が縮まったような気がした。
ガリューとしては、これからのことを考えると、ゴアヒューマンたちとまともに会話ができるレベルまでは、仲良くなっておきたいので(少なくとも、まともにこちらの会話を聞けるくらいには)今回の祭りは非常に有意義な物であったと考えている。
そんな二人の和やかな雰囲気を壊すかのように、カカオが言う。
「………何がおおむね平和にゃ!
あの、祭りとやらのせいで、私はひどい目にあったにゃ!!
特にあの、スクラップゴーレムとやら!!
あんなの絶対いらないにゃ、早々になくすべきにゃ!!」
その言葉に、カカオは思わず、びくりと体を震わせる。
そのカカオの様子、だれの目から見ても苛立ってるのが分かる、頭の耳はぴんと張っており、わずかに、息も荒くなっている。
魔物として、獣人であるカカオより格下である、ゴアヒューマンのゲーナはそのカカオの怒りの様子に明らかにおびえており、もし、その怒りの矛先がガリューにではなくゲーナに向かっていたのなら、彼女は気絶していてもおかしくなかったであろう。
現に、ゲーナの顔色はかなり血色が悪くなり、その殺気を止めてくれるためなら、土下座でも、足を嘗める事であっても、何でもすると思い詰めてるほどであった。
「ん~?別にそこまで酷い実害があったわけではない。むしろあれくらい、祭りの余興だろ。
それに、それはお前が人の警告を聞かないのが悪い。
俺や俺の部下にはあたるなよ。」
が、そんなゲーナの怒りの形相に対して、むしろガリューは嬉しそうに、そして楽しそうな様子であり、その顔のにやにや笑いを隠そうともしていなかった。
彼の本心としては、何時もカカオにいろいろとしてやられている分、逆に彼女の激昂するさまは珍しいので、もう少し見ていたいのが本音ではあるのだが……。
そろそろ、彼女をなだめなければいけないなと思った。
……どうみても、横にいるゲーナが恐怖がすでに彼女の限界に来ていると思われるからだ。
彼女の怯えによる震えは、そでに机の上にあるグラスの中のお茶があり得ないくらい波打っているほどであり、このままだと、机の上がお茶で水浸しになる未来が容易に想像できる。
「まあ、今回はすまんかった。
あと、カカオが嫌いなスクラップゴーレム。アイツは今俺たちがいる、ここ、《管理部屋》には絶対近寄らせない。
だから、スクラップゴーレムの廃止は勘弁してくれ。」
ガリューはお茶を注ぎ直すという手間より、カカオの謝るという方を取った。
が、カカオはガリューのその誠意のない謝りに対して、気に食わなかったのだろう。
カカオはさらに怒りながら、返事をした。
「あったりまえにゃ!!
あの、《スクラップゴーレム》!!何であんにゃに臭いのにゃ!!
それに《死ぬ直前に炸裂する》って、一体どんにゃ嫌がらせにゃ!!
あの鼻がひん曲がるかのような匂いが一気に周辺に広まるとか!!一体誰の得ににゃるのにゃ!!」
そう、件の《スクラップゴーレム》、それの欠点はそれがごみからできているのか《凄まじく臭いのだ》。
これは、別に5感が鋭いわけではない、ゴアヒューマンにとっては、単に臭い程度の問題であるわけだが、これが《豚の魔物》やガリュー
そもそも、《魔界》におけるゴミと言うのは、様々な種が存在する【魔物社会】でかなり珍しいものであるのだ。
例えば、恐ろしく再利用に適していない《ガラクタ》や、すべての魔物にとっての《毒物》である、《聖属性》の《魔力》、一般的に【聖素】とよばれる物に関わる代物であったりと、かなりの際物ばかりなのである。
で、今回新しくダンジョンに仕掛けられた、《ごみ捨て場》は、もう少し詳しく言うなら【魔界で置き場に困ったごみを、人間界に転送する装置。魔界版ゴミの埋め立て地】と言う代物である。
もちろん、これをダンジョンに設置するのは、ほとんどお金がかからない上、これをダンジョンに置いたり、処理したごみの量に対して《援助金》が下りるので、いわば、これも一種の《ダンジョンの副業》と言えるであろう。
設置するだけで、お金が増えるダンジョンの部屋、一見するとかなり優良な施設に思えるかもしれない。
が、この《ゴミ捨て場》、そんな生ぬるいものではない
なぜなら、この《ごみ捨て場》、びっくりするほど、臭いのだ。
いや、何を生ぬるいことを言っているのだと思われるかもしれないが、その臭さ、ダンジョンの1フロア全体が臭くなるくらい臭く、《獣》を元にした魔物はそこに近づくことすらいやがるほどだ。
ガリューもそのあまりの臭さに、思わず、ダンジョンを3段構層にして、入り口1階に《ごみ部屋》、3階にガリューの住む《管理部屋》とかなり距離を離したほどだ。
それまで、ガリューはその《ごみ》の匂いに、日々安眠をすることができないほどである。
しかも、この臭さはどうやら【魔物】だけが感じるものらしく、『人間』や普通の獣では臭さは感じないらしく、別に防衛のために役に立つ物でもないのだ。
で、そんなゴミからできた《スクラップゴーレム》は《ごみ》同様、当然臭い。
まあ、そんな《ごみ》の塊を《ゴーレム》にできる彼女の腕がすごいのか、むしろ、そんな悪臭を放つ物を《ゴーレム》にしようと考えた彼女の発想がすごいというべきかどちらを褒めるか悩むべきところではある。
その《ゴーレム》の性能自体は、そこまで強くはないが、まあ、数がそろえば1階の《ボス》である『石像』に勝てるくらいの強さはある。
その不快なはずの匂いも、においの元である《聖素》を原動力として動くらしいためかなり匂いも抑えられている。
ただし、それでも匂いが完全に抑えられるわけではない上、そのゴーレムが壊れる直前にその体内にある悪臭の元【聖素】をまき散らすため、決して傍に置きたいものではない。
さて、少し脱線したが、このスクラップゴーレムのこの特性こそがカカオをここまでいらだたせてしまったのだ。
先日の『祭り』、【魔物同士の闘技】においてそのスクラップゴーレムは、激闘の
ある程度心構えができていた、《ガリュー》や別に嗅覚が鋭いわけではない《ゲーナ》達ゴアヒューマンは大した被害は出なかった。
が、そんなことを知らないで、悠長に食事をとっていたカカオは突然の悪臭に大混乱。
普段見せないような失態を周りに見せたが故、ここまで怒っているのであった。
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