第6話
鉄の村『ドグマン』。
かつては、この山で採れる鉄鉱石により、この町にはたくさんの製鉄所と溶鉱炉があった。
更にそれを求めて、鍛冶屋や武器屋が、さらにそれらを求めて商人や兵士が……といった具合にである。
かつては辺境の地でありながらも、国からの武器の搬入を求められたり、全国から有名な冒険家が武器を求めにやってきたりと、それなりににぎわいがある土地であった。
しかし、それが変わってしまったのはここ数十年の事。
かつて山からたくさん産出されていた鉄鉱石の数は、次第に少なくなっていき、次第にたくさんあった製鉄所も、溶鉱炉に火を入れる事が少なくなっていき、次第に製鉄をやめるものもたくさん現れてきた。
初めは鉱夫が、次に山の木を伐り切った樵が、次に商人がと、どんどんこの町から人がいなくなっていった。
そして、現在のこの町は、首都からのアクセスの悪さと過疎化の影響によってすっかりさびれた街になっていた。
そして、さらに追い打ちをかける事態が発生したのがつい最近の出来事。
この町の近くに『悪夢への入り口』、『最凶の厄災』とも呼ばれる代物、《ダンジョン》ができてしまったのだ。
もし《ダンジョン》ができると、それが一定以上の期間が経つと中から大量の『ゴブリン』や『オーク』と言った魔物が現れ、周囲の町や村を襲ってくるのだ。
この厄災をどうにかするには、一般的には3つの方法がある。
誰かがダンジョン内に侵入し、中にいる《親玉》を倒す。
もしくは、ダンジョンの入り口に魔術的な結界を張り、魔物を出入りできなくする。
最後に残るのは、そのダンジョンの被害が現れないところまで避難すると言うものである。
そして、今この村では彼らの中でも一部の人物が、
「さて、第4回対ダンジョン会議を始めたいと思う。」
場所は村長の家の大部屋であり、通常なら、年に数回行う『祭』や『相談事』に使う程度でしか使われない。
かつては大きな村であった影響か、ここにいる人数のわりには不釣り合いなほど大きな部屋である。
さて、そこの中央にはそこそこ大きな円卓があり、そこに十人前後の人が座っていた。
そこにいるのは、村長やこの村で一番のご老人、この町一大きい製鉄所の工場長などといったこの村でも有数の発言権を持つ者達である。
「……村長、前回の確認なんだが、ロースのやつとその相方の魔術師さんが言っていた話では、後この町はどのくらい大丈夫なんだ?」
「……長くて一年と少し、早ければ半年でこの地に『ゴブリン』やらの危険な魔物が攻め入ってくるらしい。
幸い、件の魔術師さんとの策のおかげで『ゴブリン』ぐらいの魔物が出てくるまではこの村が魔物で襲われることはないらしいが。」
しかし、話し合っている彼らの顔に浮かんでいる表情はどれも一様に暗い物ばかりであった。
それもそうだ。このような小さな町にもし『ゴブリン』のような『魔物』の集団が襲ってきたら一溜りもないからだ。
仮に《ロース》や《ピイ》がいまだに村に残っていてくれたら、話は別だが、彼らは王国、それも城に勤めている身、彼らがここに訪れたのはすでに数か月も前の話である。
『ゴブリン』、それはいわゆる『子鬼』のような生き物であり、頭脳は獣以上人間以下、身長は成人男性よりは小さく、実はダンジョンに限らず、この人間界の地上にもいくつか存在すると言う種族である。
正確に言えば、彼らは『魔物』というよりは『亜人』と言った方がいいかもしれない。
しかし、人間に友好的である『亜人』なゴブリンが存在する一方で『亜人』は一部エルフなどを除けば、その体質か本性からか、容易に『魔物』化しやすい種族であるのだ。
しかも、『ゴブリン』などの一部の亜人は『魔物』化すると知性が格段に下がる代わりにその筋力や魔力は爆発的に上がるという性質まで持っている。
しかも、《ダンジョン》から出てくる魔物は普通の地上の『魔物』より強いと聞く。
簡単に言えば、『ゴブリン』一匹当たりの強さは『訓練された兵士』くらいであり、もしダンジョンが大きくなれば、そのような戦闘集団がただの町を襲うという事だ。
仮に村に護衛を一人や二人雇った程度では、どうにもならない事態である事が眼に見えているだろう。
「……わしらはもう十分長く生きた。
この村が滅ぶなら、それが儂らの運命。
若い者たちだけ避難させる金を集め、残るものと出でいく者を決めるべきだ。」
「ふざけるな!じいさん。
俺らはみんな一心同体だ!この村にいる奴が、同じ村の同胞を残して町を出ていけるか!
できるならみんなで脱走するべきだ!!」
そして、今この議会の中は、大きく二つの意見に分かれているのが現状だ。
一つ目は、「若い人だけ村から避難させる。」
この方法を使えば、おそらく村に残った者は遅かれ早かれダンジョンから出てくる魔物により、死んでしまうだろう。
しかし、これなら村のみんなでお金を出せば、村から出た若者が新しい町で生活することができるぐらいの金額にはなるだろう。
次に「村人みんなで村から避難する。」という策。
これは間違いなく、お金が足りず、最終的に村人全員金欠になり、老人なら若者の重荷になってしまうだろうし、何人かは金欠で死んでしまうかもしれない。
最悪の結果は、みんなが互いに助けようとして、みんな共倒れしてしまう事態であろう。
どちらを選んでもまさしく苦渋の選択であり、この村にはお人よしが多いのだろう、老人の多くは前者を選び、若者たちは後者を選ぶという選択を取っていた。
そして、その二つの意見に分かれたのが前回の議会であり、今回なおそのことでずっと議論が続いていたのだ。
しかし、そのなかなか決まらない中で一人、新たに意見を出すものがいた。
「ちょっと、まってほしいです!」
「ん?おお、《マイ》か!
そういえば、今までマイ……ではないな、君から意見が出てなかったな。」
「そうだな、ここで一つ専門家の意見を聞いてみるのもいいな。
なんだ、意見があるならどんどん意見を言ってほしい。」
彼女の発言に対して、今まで混沌としていた会議がいったん停止し、みんなが彼女の方を見る。
彼女の名前は《マイ》。
彼女はつい数年前に死んだ《司祭》に変わり、新しく《司祭》になった現在新米司祭であり、同時にこの町にある『教会』の最高責任者であった。
《司祭》それはいわゆる『神聖』魔法を使える者達のリーダー的存在であり、同時に彼らは《天使》に仕える信徒でもある。
しかし、その『神聖』魔法と言う物はあまり使い勝手の良くない魔法であることで有名である。
《神聖》魔法は教会の《信徒》でなければ使えず、潜在的な適性や信条心の深さなども魔法の効果に関わるからだ。
その上、普通の《魔法》に比べて、『対人』戦闘での効果はよくはない。
そのため近年では『神聖魔法』の使い手である《信徒》や《司祭》、そして『教会』自体の数でさえ、どんどん減ってきているのが現状である。
しかし、その
なぜなら、今より昔の時代、『神と邪神』が人間界で戦っていたとされる過去で、人間が魔物に対抗する術として、この魔法が神から与えられたかららしい。
さらに、この魔法は一般魔法よりも手軽に《回復》に関する魔法が使え、それゆえ今なお『教会』は社会や国に強い影響を与え、神聖魔法の使い手はそれだけでその地域の権力者として扱われるのだ。
マイは咳払いを一つ着くと、辺りを見渡し、話始める。
「おほん、では言わせてもらいますけど、どうして今まで《ダンジョン》への対処法が、《避難する》以外の意見が出てないかについて言いたいのです。
ちょっと考えればわかるはずです、もっと別の考えがあることぐらい。」
「……そうは言うけどなマイ、それは前回話し合ってもう結果は出ただろう。
件のダンジョンは騎士である『ロース』が一流の【魔術師】といても一回層を打破できないくらいの危険さ。
我々の力では、そのダンジョンを力ずくで打破するのは不可能だ。
それこそ、『ロース』と『国の魔術師』以上の者を二人以上、命がけの仕事として雇う必要があり、それをするには途方もない金がかかる。
ダンジョンを封印するにしても、ダンジョン封印の為には《高名な司祭》と巨大な《神聖魔法用の魔石》のような《高価な神聖魔法用魔法媒体》のどちらも必要になる。
ダンジョン封印にせよ、ダンジョン打破のどちらをやるにせよ、我々のお金をすべて出し切ったとしてもお金が足りないのだ。」
村長がマイの言葉に対して、悲しそうな顔をしながら答える。
そう、今この町が直面している一番の問題は《ダンジョン》そのものよりも、『金銭』と『時間』の問題であり、彼らがこれからどうするかはすべて町に残っている金次第なのだ。
しかし、村長のその意見に対して、マイは反論した。
「いや、その考え方は間違っているですぅ。
今一番効率がいいのはおそらくダンジョンの封印、ゆえにそれの達成を最優先すべきです!
私は前回、件の魔術師、『ピリメア』さんからダンジョンの成長速度について詳しく聞いたんです。
それだから分かるんです、おそらく今回我々が必要な経費は《高価な神聖魔法用魔法媒体》だけです!
それさえ手にはいれば、一度きっちり封印が成功すれば、おそらくここ《十年》近くは時間が稼げるはずです!
それほどの時間があれば、みなさんがこの町から脱出するまでの時間が稼げますし、《神聖魔法用魔法媒体》は確かに値段は高いですが、それでもみんなが頑張れば稼ぐことが不可能な値段ではありません!
『封印』術自体は『私』ができますし、私は《教会本部》みたいにぼったくりなお布施を取ることはしないですよ?」
マイは周りに向かってそう高らかに宣言した。
しかし、マイの一見画期的とも思える発言に対して、周りの反応は思わしくない物であり、皆何かばつの悪そうな顔をした。
その中で村長は静かに目をつぶりながら、マイに告げる。
「マイよ、それは確かにその方法は画期的で、成功したら我々もうれしい。
しかし、その方法はいかんのだ。
確かに我々が頑張れば、ダンジョンの入り口を封鎖できるほどの《神聖魔法用魔法媒体》を買えるほどの金がほどの金が稼げるかもしれない。
しかし、それを買えるほどの金を貯めるにはどれだけかかる、それはどこで仕入れる、いずれにせよ時間がかかることは明白だ。
いつ《ダンジョン》からゴブリン達が出てくるかわからない今、我々がそんなことをしている猶予は残されていないのだ。」
「仕入れ先や鑑定なら私の十八番です!
なんなら、ダンジョンの方がやばくなったら私が特攻をしてでも時間を稼ぐから大丈夫です!
だからどうか私にまかせるです!」
「それはいかん、マイ!
お前の様な若い者に我々は無理させる気はない!」
マイの発言に対して、円卓の多く、特に老人たちの多くが強く反対した。
しかし、マイはめげずに反論する!
「私は《司祭》!
魔物退治のエキスパートデス!
今やらずに何時やるんですか!」
「マイ、君は若い!
今ここで無駄なリスクを負う必要はない!」
そして、村長がそのセリフを言った瞬間、むしろマイは逆に燃え上がるかのように反論した。
「私はもう一人前の《司祭》なんです!
子ども扱いしないですださい、なんですか、子供だから《司祭》は務まらないって言うんですか!」
「別にそういう訳では……」
「なら、私の年齢を言い訳に、この意見を切る事をしないでくださいです!
なぜなら私マイはもう《13》才!立派なレディーなんですよ!」
マイのその一見真面目な発言に対し、円卓のほかの人は思わず複雑な表情をしてしまった。
鉄の村『ドグマン』、そこにある教会唯一の《司祭》、マイ。
実は彼女、つい先日やっと13になった淑女というには若すぎるほどの《司祭》であった。
●異世界迷宮経営物(仮)
『教会編1』
「まったく、みんなして私を子ども扱いするんだから、全く許せないですぅ。」
「まあ、しかたありませんよ。
貴方の神聖魔法の腕前は確かに一流です、しかしあなたは未だに体、魔術の腕ともに成長期にあります。
貴方はまさしくこの町の宝であり、貴方をここでなくすには惜しいという人材だという意味です。
決してあなたが頼りないとか、そういう訳ではないのですよ。」
「……先生はずるい。相変わらずおだてるのがうまいです。」
そこは村から少し外れた山頂付近、時はあの議会から数日が経ったときである。
マイはそう文句を言いながら、目の前にいる先生の背中を見ながらそう言った。
《先生》とは、現在この町の教会の最高齢の人物であり、同時にマイよりはうまくはないが、彼も神聖魔法の使い手である。
その呼び名通り、幼いころのマイに神聖魔法を教え始めた人物であり、おそらく現在この町の教会のナンバー2の男である。
マイにとって、先代の《司祭》がおじいちゃんとお父さんの間のような人物であるとしたら、先生はお父さんとお兄ちゃんの間の人であろうと思っていた。
「……さて、見えてきましたが、ほんとに良いのですかマイ?
わざわざ、あなたが《ダンジョン》の内部の調査をしなくていいのですよ?
確かにあなたが今現在のダンジョンの様子を観察することができれば、それに越したことはありませんが……。」
先生がダンジョンの方を眺めながら、マイにそう心配そうに尋ねた。
そう、今回マイが行うのは《ダンジョン》の再検査である。
結局、前回の議会はあの後、グダグダに終わってしまい、結論が《いつダンジョンから敵が襲ってくるかわらないから結論は無理》というところに集束した。
そこでマイが提案したのは、自分が定期的にダンジョンにもぐってダンジョンの成長具合を調査し、タイムリミットを調べると言う物であった。
もちろん円卓の多くの人は反対したが、結局マイの説得と村長が出したいくつかの条件を踏まえて、それは受理された。
先生を含め、多くの人が不安を抱く中、マイはむしろ明るく先生の声に返答した。
「も~、先生まで本当に心配性ですぅ。
私は大丈夫です、私はもう立派な《司祭》。
モンスター退治や呪い、魔素払いはお任せです!
それに今回は、立派な護衛が付いているから大丈夫なんです!」
そんなこんな言いながら、マイたちはダンジョンの入り口へと到達した。
一見只の洞窟の入り口のような見た目、しかし、その入り口からにじみ出る大量の《魔素》がこのダンジョンがただの洞窟ではないことを示している。
そこまでは以前と同じ光景、そして、今はそれ以外にももうひとつ目に入るものがある。
マイはそれを視認すると、大きく声を上げながらそれに近づく。
「お~い!
元気にしてたですか?さびしくなかったですか?」
マイはそう言いながら、それに向かって駆け寄った。
マイの表情は、先ほどまでの少し複雑そうな表情とは違い満面の笑みであり、まるで旧知の友に久しぶりにあったかのような表情であった。
その抱き着かれたものは、マイの身長より少し小さいくらいの物であり、それの色は少し薄めの茶色であって、マイが倒れないように彼女をその手でしっかりと受け止めていた。
その微笑ましい(?)光景を見ながら、先生は言う。
「こらこら、マイ。
確かにそれはあなたにとって特別な物だという事はわかります。
が、そうはしゃいじゃいけませんよ?
それにあなた今から、それと共のダンジョンに潜ることになるんですよ。」
「はーいです!
分かりました先生、けど、この子のことを、《それ》扱いするのはやめてくださいです!
この子だってちゃんとした生き物、いや《天使》様の祝福を受けたものなんですから!」
「あ、すいません。
私としたことが……」
マイをしかったつもりが、逆にマイに叱られてしまった先生。
その少しすまなそうな先生の様子を見つつ、マイは笑いながら、そのまま今抱き着いているそれの方に向き直り、それに話しかける。
「それじゃあ、今日はいろいろお願いするけど、よろしくですよ、《クラアサ》!」
「bi!」
マイが今抱き着いている者の名は《クラアサ》。
とは、先日『ピイ』と『ロース』が《石兵》を倒したことによって手に入れた小型の石鎧、それに『ピイ』のゴーレム製作の魔術とマイの《祝福》を掛けた事より生まれた人工生命体、《ゴーレム》である。
そして、それは現在このダンジョンの入口の見張りを任されている者でもあった。
「うう、結構中が暗いのは誤算なんです……。」
「…………bi」
「あ、もうちょっと歩くペース落すです。
ココはもっと慎重に行くのです、《クラアサ》」
場所はすでにダンジョン内部。
ダンジョン内部は当然ながら洞窟、事前に中に明かりがないことは報告に受けていたが、それでも灯りを一つ、持っていけば大丈夫位にマイは思っていた。
しかしながら、実際ダンジョン内部は暗く、マイが持ってきた灯り一つではとても足りず、辺りを見渡すことができない。
マイは《司祭》とはいえ、まだ子供、実際暗闇があまり好きではない、と言うか嫌いだ。
そんなマイの内心を知ってか知らずかはわからないが、彼女のそばにいる護衛の《石鎧》のゴーレム《クラアサ》は歩行ペースをマイに合わせるようにした。
今回の任務の概要はこうだ、《マイ》は普段はこのダンジョンの護衛をしている《クラアサ》と共にダンジョン内に侵入し、その中に変化があるかどうか確認する。
それが今回の《マイ》の任務である。
時間は長くとも、ダンジョンの入り口にいる《先生》が張っている『結界』の呪文が持つまで。
普段なら《クラアサ》が《ダンジョン》の入り口で『魔物』の侵略を食い止めるという役目を負っているのでその代わりと言えるだろう。
実は、事前は《クラアサ》以外にも、村で腕に自信があるものがマイと共にダンジョンの同行を志願してきたが、マイはそれを断った。
なぜならダンジョン内の魔素は『国の兵士』や『聖職者』など訓練を受けている者でなければ長期間耐えるのは難しく、いくら腕が経つとは言ってもそれは一般人レベルの話、ダンジョン内に入り《魔素》によって力が十全に出せないことは眼に見えていたからだ。
さて、マイがダンジョンに入りしばらく歩いていた頃、それは現れた。
――――ズルっズルっ
「ん?
この音は……!クラアサ、構えて!」
マイの命令を聞く前に、その《石鎧》はすでに、腰にある鞘から剣を取出し、その音がする方向へと剣を構える。
そして、やがて明かりが見えるくらいまでそれは近づき、その姿の全貌を表した。
まるでゼリーの塊が歩いてくるかのような見た目、表面や体内に浮かぶ無数のゴミ、一見只の無機物のようだが、うねうねと動くことによりそれがただの無機物ではないことが分かる。
《スライム》
その体は一種の酸の様なものでできており、そのゼリー状の体からか、物理攻撃は効き難く、むしろ拳で殴ればこちらの手が怪我をし、金属の武器で攻撃すれば武器がさびるという性質を持っている。
幸い、動きは早くはないので、逃げることは容易である。
しかし、今はダンジョンの通路、いくらスライムの動きは遅いとはいえど、狭い通路でそれを無視して横切り、前へ進むことは困難である。
幸い、今目の前にいるスライムは『無色透明』に近い。
絶対ではないが、スライムはその身の色によりその特徴が現れるらしい。
そして、色が濃ければ濃いほどそのスライムも手ごわいとのことだ。
おそらく、眼の前のスライムは弱い、そうマイは判断した。
「ふうん、これが話に聞く『魔物』なのですか。
《クラアサ》、ちょっとさがっていても大丈夫ですよ!
ここで私の力見せちゃうですぅ!」
マイはそう言うとクラアサを後ろに下げ、静かに詠唱を始める。
スライムが彼女の存在に気が付き、彼女を捕食すべくその身をよじり、距離を詰めようとする。
しかし、スライムの体が彼女に触れるより早く、マイの呪文は完成し、その力が解放された。
「それじゃあ、くらうです!《光の一突き》」
マイがスライムに向かって指をさすと、その指先から真っ白な光があふれ、まるで矢のように光弾が飛び出す。
当然スライムはそれをかわすことができず、光弾にぶつかり、その体が大きな光にあふれる。
その身でその一撃を受けたスライムは、あっという間に体が崩れ始め『浄化』される。
そして、ついにスライムは全身が浄化され、そこにあるのはただの黒い靄のみだけであった。
「ん~、スライムを倒したんだから、《魔石》の一つや二つ落とすのが礼儀ってもんです。
やっぱり《神聖》魔法の攻撃だと、浄化した後の《ドロップ品》が出にくいって噂本当かもしれんですう。」
マイはそう言いながら、元々スライムがいたところらへんまで歩み寄る。
マイの心境としては、『こんなもんか』という考えが浮かんでいた。
実はマイにとってこれが初めての『魔物』退治であった。
もしかしたら自分では到底太刀打ちできないほど強いのではないか、今回の探索で大けがをするのではないか、そんなことが頭によぎっていた。
しかしながら、今回実際に戦ってみたところ、かなり楽であったというのが本音。
今回の詠唱、かなり念入りに詠唱し、魔力を多く注いで攻撃したが、明らかにオーバーキルであったようだ。
これなら、魔力を半分以下に抑え、詠唱も半分に省略してもよさそう、というか、『浄化』後の戦利品を期待するならもっと威力を抑えた方がいいと、跡形もなく浄化されていってしまったスライムの方を見ながら思った。
魔物を『浄化』する場合、その倒し方や運などで同じ魔物を相手にしても、浄化のされ方が違う。
そして、より《強い》力で浄化をすればするほど、『魔物』は跡形もなく『浄化』されてしまい、何かを落とすことがなくなってしまうという事だ。
それが『浄化』についてわかっていることであり、熟練の魔物狩りは、効率的に金になるものが残るように相手の魔物を殺すと言う。
今回は明らかにオーバーキル、完全に浄化されてしまったのがマイの眼にははっきりとわかった。
しかし、マイがそれでもあきらめきれず、何かスライムからドロップしたものがないかを確認するため、地面付近へとライトを近づけた時にそれは起こった。
突然、今までマイの後ろにいた《石兵》の《クラアサ》が、マイをかばうかのようにマイの正面へ飛び出した。
突然の行動にマイは驚いき、石兵へと声を掛けようとする。
が同時に石兵がなぜ、自分の前へ出たかの気づいた。
――――――ピシィ!
「!そ、その蔦は?」
マイの前に立っている《クラアサ》の腕には何かむちのようなものが縛りついていた。
それは、《クラアサ》を引っ張ろうとしているのか、わずかに震えているのが分かる。
「ま、まさか!」
マイはこの蔦の正体に心当たりがあり、その視線と灯りを蔦の伸びる先、洞窟の奥へと向ける。
自分の予想が正しければ、そこにいるのは丸いまだら模様の魔物であるはずだ。
マイはその結論に至り、その確認のため、自らの眼に魔力を込めて、心の中で自分の信じる《天使》様へと祈りをささげる。
すると、どうだろう。
今まで暗くてはっきりしなかった魔物の姿がマイの眼にははっきり映る様になり、さらにその魔物の頭上には文字の様なものが浮かんで見えるようになったのである。
そこに映っている文字は《カイス》と書いてあり、それはその魔物の名前であった。
マイの信仰している《天使》、それは教会の《司祭》であるマイすらその本名はわからないが、今の彼女が授かっている力や昔の伝承などから、《命名》に関する天使であるらしい。
そのため彼女は、その眼に信仰の力を込めることで、『物』や『魔物』の名前を判別することができるのだ。
まあ、今回の場合、名前判別はあくまでおまけであり、魔物の姿をはっきりと視認するためにこの能力を使ったのだが。
「ほう、その姿、貴方が《ロース》さんが言っていた、《液体》を吐いてくる『魔物』ですか。」
マイはその姿をはっきりと視認することで、その魔物が
たしか、体から生える蔦を使って攻撃をしてはくるが、力はそこまで、スピードも遅いというあまり強くはない魔物であったはず。
が、厄介なのはその本体から吐き出される『魔物を呼び寄せる』液体であり、それにかかると周囲から無尽蔵に魔物がよってくるとのことであった。
もちろんマイやクラアサがこの液体を浴びてしまえば、ピンチに陥ることが眼に見えているだろう。
「けど離れていたら、そんなの怖くはないですぅ!
くらえですぅ!再び《光の一突き》」
マイがそう呪文を唱えると、彼女の手から再び呪文が飛び、洞窟の奥にいた《カイス》にぶつかる。
それにより《カイス》は、《液吐き》というカウンターすらできないまま一撃でやられてしまった。
《カイス》が浄化されていくのを視認したマイは、その眼に込めいていた魔力を体内に戻し、一息をついた。
そして、自分が気づかなかった敵から、自分を守ってくれた護衛、《クラアサ》の方へと眼を向ける。
「よくぞ、私を守ってくれたです。
やっぱりお前はできる子、ご褒美になでなでしてあげるです。」
「bi!」
マイはそう言いながら、背伸びをし《クラアサ》の頭、というよりも鎧の頭部を撫でる。
その光景は、《クラアサ》よりもマイの方が小さいため、良くて姉が兄弟に、さらに言えば、小さな女の子が無理に年上の子の頭を撫でようとしている図にしか見えない。
しかし、《クラアサ》の方は全く反抗せず、むしろ、若干嬉しそうですらあった。
《マイ》がゴーレムである《クラアサ》を自分の子ども扱いしているのにはわけがある。
そもそも《ゴーレム》とは、もともと魔術師によってつくられた《操り人形》の様なものであり、魔術師の近くでなければ行動することができず、近場にいたとしても簡単な命令でしか動くことができないという、いわば魔術師の手足の延長と考えるのが普通である。
ココを聞くだけでも、今自立行動ができている《石鎧》のゴーレム《クラアサ》がかなり特殊であるというのはわかっていただけるであろう。
自立行動ができるほどの『高度』なゴーレムはそれだけでも貴重である。
なぜそんなに貴重かと言えば、それを創れるだけの技量をもつ魔術者も多くないことが原因ではあるが、それ以上にそのような高性能なゴーレムを作れるだけの《材料》となる《素体》がそうそう存在しないからだ。
そう、
もちろん今回彼らが手に入れた《ゴーレムの素体》、かなりの高級品であり、これを売ればかなりの金になることが予想されるだろう。
が、残念ながらすぐにこのような物を売れる場所の彼らは心当たりがなく、『ピイ』と《ロース》はとりあえず実際に《ゴーレム》として起動してから考えることにしたのだ。
そこでその話にのってきたのがマイであり、彼女や村長の提案によりどうせならその《ゴーレム》をダンジョンの見張りとして活用できないか相談したのだ。
初めは当然、『ピイ』により却下された。
確かに、この《ゴーレム素体》を使えば、自立行動ができるほどの《高性能なゴーレム》を作ることができるであろう。
しかし、《ゴーレム》はあくまで疑似生命体であり、人間ではない。
魔術師が直接指示しているわけではない《ゴーレム》の攻撃では、『魔物』を浄化できず、『魔物』に対して決定打が与えにくいからだ。
しかし、その問題をどうにかしたのがマイである。
「なずけ親として私も鼻が高いです!
《クラアサ》、貴方の名前はかつて東の国でその王を守り切った英雄からもじってつけた名前です。
貴方もいずれ彼に負けないくらいの強者へとなるのです!」
そう、マイが行ったことはそのゴーレムに《命名》という名の《天使》の祝福を与えたのである。
この魔法、《神聖》魔法としてはかなり高度な物であり、本来新米司祭であるマイには荷が重いはずであった。
しかし、マイの信仰している《天使》は《命名》についての天使であり、この魔法はマイの十八番であった。
このような偶然により、マイは《ゴーレム》に加護を与え、まるで彼の攻撃が『人間』同様に『魔物』に対して浄化が起こるようになり、また《魔素》による魔物化を防ぐという《対魔物》
じつはマイにとって、これが初めての《命名》に呪文を使った機会なので、一晩以上かけてこの名前を考えていたのだ。
それ故彼女はこのゴーレムに対する愛着は高いのだ。
「ふう、なでなでタイム終了です!
これから先きっちりと気を引き締めていくですよ!」
「bi!」
実際油断していたのはマイの方であるが、それは言わぬが華と言う物。
マイは腰に手を当て、ダンジョンの奥を見据えた。
「あ、そう言えば、あの《カイス》とやらがきっちり浄化され切ったか確認してなかったですう。
ちょっと確認するですよ。」
そういうと、マイとクラアサは洞窟の内部の方へと進み、先ほどまで《カイス》がいた辺りまでやってくる。
そして、その地面を見ると、少し彼らの予想と反した物があった。
「……これはいったいなんなんですか?
先ほどまでは、黄色と緑のまだらで、浄化すれば今度は《黒と緑》のまだらですぅ。」
マイがそこにたどり着くと、そこにあったのは《黒と緑のまだら模様の球体》であり、頭頂部にはへたの様なボッチがついており、大きさは自分の量で抱えるぐらいの大きさであった。
おそらくは《カイス》が浄化されて残った《戦利品》ではあると思うがマイはこれが一体なんであるかはわからなかった。
マイが恐る恐る持ち上げてみると、重さはそこそこ重い、しかし持ち上げられないほどではない。
少なくとも、『鉱物』ではないようだが、自分ではなんだかさっぱり見当がつかなかった。
「まあ、困ったときは、こうすればいいですね。」
そういいながら、マイはその眼に魔力を込め、自分が手に持っている物体の名前を《鑑定》する。
すると彼女の眼にはその名前が浮かんできた。
が、それはやはり彼女の知らない名前であり、同時に彼女の眼には信じられない物が浮かんでおり、彼女は自分の眼が一瞬信じられなくなり、眼をこすった。
しかしながら、それは見間違いなどではなく本当に自分の眼に映っている物であることが分かると、彼女は困惑した。
《スイカ ○》
「……いや、名前は良いとして、いったい、この白丸はなんなんですか?」
今回名前から何か推測できると思い《眼》で見たのはいいが、なぜか今回彼女が鑑定した物である《スイカ》とやらにはなぜか名前の横に《○》がついていた。
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