第5話

「……お兄~ん、そんなに怒らないでほしいにゃ。」


「……別に怒ってねえよ。」



カカオが机の上にある、塩ゆでの枝豆を食べながら書類を読むガリューに話しかける。

カカオはガリューがダンジョンマスターとして昇進すると、ダンジョンコアのアップデートと詳しい報告を兼ねて今回ガリューのダンジョンへやってきた。

しかし、ガリューには断れないスピードで勝手に『ダンジョンマスター7級』の昇進されたことですねてしまっているのか、カカオに対して最低限のもてなしとして枝豆を出すには出したが、それ以降カカオに対する反応がおざなり、いわば半分無視をしている状態であった。

もちろんカカオは《ダンジョン》に到着してから何とかガリューに話しかけようとするが、ことごとく無視されてしまっていた。



「いやあ、確かに私がお兄さんの昇進をかなり推薦したにゃ。

でも、これもそれもお兄さんのことを思ってからだにゃ?

だって第七級ぐらいのダンジョンにならなきゃ、お兄さんが魔素不足とかで体を壊しちゃうかもしれないにゃ?

それに、第七級になればダンジョンも豪華になるし、魔界とも頻繁に連絡できるし……。」


「さっき、それを聞いた。」


「……そういえば今お兄さんが読んでいるのはたしか『ダンジョン用高位種一覧』、通称『ボス一覧』だにゃ?

今回私が特別に推進したおかげで、特別一体なら無料で雇うことができるにゃ!

どうかにゃ、よさそうなのがいたかにゃ?」


「……さあな。」



カカオがガリューに対して言い訳や話題逸らしをして、ガリューの気を引こうとするものの、ガリューの態度は冷たいものであった。

そして、そのような状態に先に折れたのはカカオの方であった。



「……あー!もう分かったにゃ。

私が悪かったにゃ!だから許してほしいにゃ。

正直に言うと、お兄さんが心配うんぬんよりも有能な『ダンジョンマスター』の推薦はボーナスがもらえるからお兄さんを早めに推薦したにゃ。

正直に言ったから、もう無視はやめてほしいにゃ。」



カカオはとうとう観念したのか、大声でガリューの方に謝り始めた。

カカオが謝り、涙目でガリューの方を見つめる。

そんなカカオの様子にガリューの方も気が休まったのか、溜息を吐きながら書類を読むのを止めカカオの方を向き話し始めた。



「はあ、はじめっから正直にそう言え。

俺も鬼じゃねえから、あやまりゃ許し、事前の相談されたらちゃんと許可もした。」


「にゃら!」


ガリューがカカオの方を向きちゃんと話始めたことに、カカオは先ほどまでの悲しそうな顔が去り、満面の笑顔をガリューへと向ける。



「た・だ・し!……今度何か決める時は、こっちにも話せよ。」


「は~い、わかったにゃ!

けど、お兄さんが許してくれてよかったにゃ!」



カカオの悪意のない笑顔を見て、ガリューは呆れながらも、つられて笑ってしまった。

そして、ガリューは立ち上がり、部屋の奥から暖炉にあるとあるものを取りに行く。

ガリューがそれを机に持ってくるとカカオは歓喜の声をあけながら、その笑顔がさらに明るいものとなる。

ガリューはそのカカオの反応が予想道理でありながら、微笑ましくも思う。



「ほら、約束道理お前のリクエストにこたえてやったぞ。

これがお前の希望した物、ダンジョンにいた豚の魔物を捕まえて作った『豚の丸焼き』だ。

ここで作った豆でできた俺特性のソースで味付けした特別製の《豚の丸焼き》だ、味わって食えよ。」


「わーいだにゃあ!

お兄さんに許してもらえなくて、このまま匂いを嗅ぐだけかがされて食べられないかと思ったにゃ。

あまりの生殺しっぷりに、泣きそうになるところだったにゃ!

やっぱり、お兄さんはいい意味で優しいにゃ!お兄さん大好きにゃ!」



カカオはそう調子のいいことを言いつつ、その焼き豚を食べ始める。

ガリューはカカオのこの素直さが好きであった。

魔界にいる種族は、大抵意思疎通ができるほど賢い奴は残忍でずる賢く、狡賢くない素直なのは戦闘馬鹿である物が多い。

しかし、その点カカオが属する猫耳獣人の一族は、賢いながら戦闘をそこまで好まず (ただし嫌いではないらしいが)、睡眠欲や食欲と言った欲で行動することが多いという比較的平和的な種だ。

そのため、実は内心、ガリューもカカオと仲がこじれたらと戦々恐々としていたのだ。

しかし、どうやら今のカカオの様子を見る限り、彼女の方も今回の事はすっかりと解決したようだ。

ガリューはそう安堵しながらカカオの方を見つめていた。

一方カカオはそんな視線に気づかず、口に物をほおばりつつガリューに向かって話し始めた。



「ふひゃ、ひみゃらほひ。」


「……ちゃんと口に含んだ飯を食い終わってから話せ。」


「……んぐ。

すまないにゃ。結局、さっきまでお兄さん、ボスを選んでいたけど、結局決まったかにゃ?

できれば、報告とかの関係上、今回中に決めてほしいんだが……。」


「おう、決まったぞ。」



ガリューはまるでリスのように口に焼き豚を含ませながら食べるカカオを笑いながら見つめ、そして、先ほどの書類を広げ、とある一枚の紙を取り出す。

カカオはその紙に書かれた魔物の情報をじっと凝視め、ガリューはそれについて話す。



「この『番兵石兵』とか言うのか?

これがいいな。知能はほとんどない『ゴーレム』ではあるけど、獣除けにはちょうどよさそうだしな。」


「おろ、そんなんでいいのかにゃ?

強さとか知能で言うならもっといい奴とかいろいろいるけど……。」



『ボス』、それは『ダンジョン』内で通路をうろつく『魔物』を兵とすると、《ボス》とは《将軍》にあたる、特別な魔物の事である。

彼らはその大抵が魔物として《高位種》であり、あるものは純粋な戦力として、あるものは魔物を生み出す女王として、あるものは魔物を指揮する将軍として、《ダンジョンの守り》の要となる存在である。

彼らは他のダンジョンにいる魔物とは、別格として扱われ、ダンジョン内に一室を持つことを許されており、それ以外にもさまざまな特権を持つことが義務づけられている。

そして、彼らをダンジョン内に雇うことがまさしく《ダンジョン》が危険地帯となりえるために必要不可欠な物であり、また魔界にある本部でちゃんと資格が必要な職でもあるのだ。



「いい、いい。

ぶっちゃけ、おれは無駄にこのダンジョンを広げるつもりはないしなあ。

せっかくのボスとはいうものの、あれ以降、このダンジョンの中及び周囲には人っ子一人来ちゃいねえ、来る外敵は獣ばっかりだ。

会話相手を探すにしろ、まあ相手の素性も分からないしなあ。

とりあえず、餌無し、水無しでもOK、戦闘力も頭脳面以外問題なし。

その上初め、購入さえすれば、破壊されてもダンジョンコアさえあれば何度でも復活可能なんだろ?

それなら、ゴーレムにするよ。」



ガリューも気楽な態度を見て、カカオはさらに尋ねる。

しかしながら、低位のダンジョンで《強い魔物》を雇うのは金銭的にも厳しいものである。

それにここは魔界と離れているので、食糧問題や精神的問題など多数存在し《強いボス》はそう簡単に雇えるものではないのだ。

そもそも、《ゴーレム》や《精霊》など一部の種族を除いて、基本的にボス級の魔物は一度死んだらそれっきりなので、何度も復活する《ボス》はその存在自体が貴重なのだ。



「にゃら今回はそれでいいにゃ。

上司も初めてボスを雇うなら、戦闘云々よりも維持費が問題って言ってたにゃ。

それじゃあ、ボスはそれに決まったとして、なにかほかにすることはあるかにゃ?

たとえば、ダンジョンの改築とか『低級知的魔物』の雇用とか!」



カカオがそう笑顔で尋ねるも、ガリューは苦笑いを浮かべつつカカオに言う。



「まあ、義務だから近いうちにここを2階以上の階層構造にするのと『低級知的魔物』をいずれは雇うが、今はまだいい。

お前が急にこれを決めたせいで、まだ何もダンジョンの構想とか決まってないんだよ。

まあ、とりあえず、『番兵』が入るための『部屋』を一つ通路に作って今回の改築は終わりにしておくよ。」



ガリューがそうカカオに嫌味を含めつつ話すも、カカオはそれに気が付かずに会話を続けた。



「……とりあえず、了解にゃ。

『ボス』の配達はまあ、三日後には終了するにゃ。

けど、本当にそれだけでいいのかにゃ?

このダンジョンには、いつ『人間』や『エルフ』共が来るかわからないからあんまり不用心すぎるのもいけないのにゃ。

そこんとこ分かっているかにゃ?」



自分が嫌味を言ったのに、カカオは本心から心配しているのだろう。

カカオがそう不安そうな顔をしながらガリューに尋ね、それにより彼の良心に大打撃を与えながらガリューはカカオに返答する。



「ははは、カカオは警戒しすぎだ。

こちらから襲ってもいないし、このダンジョンから魔物はほとんど脱走してない。

エルフ、人間どちらの町からも離れてるから早々人は来るまい。

それにどちらの国の首都からもアクセスはすごく悪い。

いくら、低級ダンジョン用のボスとはいえこいつらを倒せるほどの熟練の兵士がこんな田舎のダンジョンに来るわけねえよ。」



ガリューはそういうと、カカオの頭をくしゃくしゃと撫でる。

しかし、カカオの顔には依然、少しの不安と不満が浮かんでいた。

カカオはガリューの発言を聞き、少しもやもやとし、同時に嫌な予感がしていた。

しかし、彼女は居間の状態をうまく言葉にできずにいた。

もしカカオがこの言葉をしていたらこう言ったであろう。




『フラグ乙。』と。





●異世界迷宮経営物(仮)

『魔物編2』





「侵入者に管理部屋の真ん前まで来られた。

しかも、先日購入したボスも、ぶっ壊された。

どうしよう、これってどう見てもやばいよなあ。」


「……OHだにゃ。

購入してから、一か月以内にボスが破壊されてしまったお兄さんは、運が悪かったというべきか、侵入者を止められたという意味では運が良かったとされるべきか、悩むところダにゃ。」



今は件の『石像』を注文し購入し手すでに一か月が経過しているが、再びカカオはこのダンジョンへと訪れることとなったのだ。

しかも、今回呼び出された経緯は、緊急報告としてガリューが本部へと通信したためであり、それにより本来の定期連絡とは別に突然カカオが呼び出されることとなったのだ。

そして、件のガリューはというと、とにかく沢山の『ダンジョンモンスター』の関する資料や『ダンジョン改築』についての本を要求し、カカオがこのダンジョンに着くや否や、ガリューはすぐにそれらの資料をひったくるかの如く取り、それらを読み始めた。

しかし、カカオの扱いは悪いわけではなく、ガリューがそれを呼んでいる間、彼の配下の魔物である《カイス》が彼女をもてなしてくれたのでそこまで不自由したわけではないが。



「あ~。

やっぱり、安くて強くてクセのない『ボス』なんて、そうそういねえなあ。

というか、明日あたりにまた件の侵入者が来たらどうしよう、まだ『石兵』は復活してねえよ。」


「まあ、お兄さんの話を聞く限り、その侵入者は二人組なのに、犠牲無で『石兵』を倒せるほどにゃ。

焦る気持ちはわかるけど、それでもその侵入者が《石兵》の部屋で引き返したってことは、実はそいつらはこちらを攻める気がなかったんじゃにゃいかにゃ?

または《石兵》と互角くらいの力の実力の人たちで、そこで引き返さなきゃいけない程度の力量だったとか。

いずれにせよ、お兄さんは《石兵》より断然強いんだから、焦る必要はないにゃ。」


「おいおい、そうはいってもなあ。

二人組でそこそこ賢かったら、この部屋に押し入られるだけでやべえかもしれんだろ。

いつ奇襲されるかわからんのに、《ダンジョンコア》に指一本触れさせないのはさすがにきついぞ。」



そして、現在ガリューとカカオはやっぱりお互い相向かいながらテーブルに着き、カカオの方は《カイス》から出された《クッキー》を食べつつガリューの方を観察し、ガリューは机に『資料』を広げ、それらを読みふけっていた。

ペットのレッドリザードたちは、そんな主の様子を尻目に、家庭菜園の植物の葉をかじっていた。

ガリューがこんなに焦るのには理由がある。

そもそも、ダンジョンに人間という『侵入者』が入って困る理由は『ダンジョンコア』は人間の攻撃、そう、『浄化』にはめっぽう弱いという弱点があるからだ。

それ故もし、人間にダンジョンの《管理室》に侵入されたら最後、投石のようなしょぼい攻撃であっても、それがダンジョンコアに当ってしまえば、《ダンジョン》全体に大打撃を与えてしまうのだ。

それこそ高位のダンジョンのコアであってもその弱点は変わらず、その為に『ダンジョン』は本来の《魔素》の回収という目的でわざわざ集めた《魔素》を消費してまでを『ダンジョン』にボスという強い魔物を配備する必要があるのだ。

『ダンジョンコア』は魔王の力でしか作れない貴重品な上に、これが壊れると、ダンジョンマスターはその能力を失い、ダンジョン内にとどまっていた魔素の濃度も薄まってしまう。

さらにそれにより、ダンジョン内の装置もほとんど機能せず、転送装置を使った魔界への帰還すらできなくなるのだ。

それなのに今回ガリューのダンジョンに侵入した人間は、『番兵石兵』を配置しておいた『部屋』にまで到達し、さらにはそれを撃破したのだ。

実はその部屋の少し先に今ガリューが住んでいる《管理部屋》と魔界とダンジョンを繋ぐ『転送部屋』があったのだ。

正直侵入者があとちょっと頑張ればここまで到達できたのだ。

ガリューにとっては、今焦らずにいつ焦るといった具合だ。



「とりあえず、いくつか階層をプラスして、管理室と転送部屋を入り口から遠くすることは決定事項として……。

ああ、けど、2階層以上あるダンジョンは少なくとも『低級知的魔物』を一種類と『ボス』を2種以上雇わなきゃいけないんだっけ。

それより今は、通路内の防衛力を上げるために、普通の魔物を増やさなきゃならねえのに。

畜生、《普通の魔物》と《ボス》、『低級知的魔物』の購入、一気にやるには《魔素》も金も足りねえよ。」


「まあ、普通、もうちょっと時間を空けるからにゃあ。

今回は運が悪かったにゃあ。」



ガリューはそう言いながら手元に持っていた、『ゴブリンでもわかる!低級魔界知的生物一覧、人型編』と書かれた資料を投げ出しつつそう言った。

ダンジョン運営は、元来人間界から《魔素》の徴収をもとにしているが、その為の運営費は、《ダンジョン》の格と魔界に送る《魔素》の量によって上下し、毎回の報告ごとにそのための料金が加算される形をとっているのだ。

一般的には、まず『第八級』から『第七級』に上がったダンジョンマスターは、増えたお金で新しい『魔物』の卵でも買い、ダンジョンに徘徊する『魔物』の種類を増やす。

そして、新しい魔物が増えて、ダンジョンが手狭になったら、ダンジョンの階層を増やす。

更に、そのたまった運営費で一気に、『ボス』及び『知的魔物』を雇い、それらの餌として増やした魔物を食べさせたり、魔界からそいつらのための餌を買うのが定石なのだ。



「はあ、やっぱり新しく『知的魔物』を雇うとしても、ここじゃあ『食住』がなあ。

雇うのに金がかからず、飯も食わず、なおかつ増殖することのできる『ボス』系魔物。

そんな素敵なのはいないかなあ。」


「一応いないこともにゃいけど、それは『巨大なスライム』になっちゃうけどいいかにゃ?」


「だよなあ、そうはうまい『ボス』はいないかぁ。

ああ、とにかく圧倒的に金が足りねえ、なんか条件が緩い奴らはいないのか!!」



ガリューはそう言って、頭を抱えで机に伏せる。

ダンジョンで『知的魔物』を雇う際にネックとなるのが、『食住』の確保である。

『魔物』は《人間界》にいる生き物とは大きく違いがあるものが多いが、それでも彼らの多くは食事を必要とする。

しかし、『低位』過ぎる魔物や《ダンジョン限定》の魔物、《ゴーレム》や《精霊》、《アンデッド》などの一部の魔物はこれに当てはまらず、彼らは《ダンジョン内》に漂う魔素だけで生活することができるのだ。

しかし、今回ガリューが雇わなくてはならない『低位知的魔物』は違う。

これに属する魔物には、『コボルド』や『ゴブリン』などが存在し、その定義は、知性があるのにこの《魔素》の薄い『第七級ダンジョン』の通路であっても生活できるという意味である。

しかし、そんな『低位知的魔物』の『知性』は大半が残念な物である。

一応言語は理解し、命令は聞くもののすぐに忘れる。

力は人間のそれよりは上で、武器を持つことはできるが、そこに技術など存在せず、ただ振り回すだけ、戦闘量はいまいち、防衛力として期待するにはあまりにお粗末。

そもそも知性を持っていようとなくとも、《ダンジョン》に属した魔物は基本ダンジョンマスターの命令に服従するのに、むしろ『知性』を持っているとそのせいで命令へ多少抵抗できてしまうのだ。

しかも、今の魔界は『低位魔物種』にあふれており、魔界はいわば『就職難』に近い状態に陥っているため、低位ダンジョンでは『低位魔物種』の雇用が義務化されてしまった。

つまり、『低位知的魔物』とは、知識はあるせいで不平不満ばかり訴え、世話が大変で、面倒くさいもの。

それが『低位ダンジョンマスター』の『低位知的魔物』に対する認識であり、今のガリューの内心の方かもそんな感じであった。

カカオはそんな様子のガリューを見つつ、実はこれを見越して自分にとある資料を渡してきた上司からの提案を出すことにした。



「お兄さん、ちょっといいかにゃ?」


「ん?なんだ?

実は、今なら無料でゴーレム系の『ボス』をもう一体サービスしてくれるとか?

ならお兄さんとっても嬉しいんだが。」


「はいはい、そんな都合のいいことは存在しないにゃ。

けど、それにちょっと似たようなものがあるにゃ。

お兄さんがある条件を飲み込めば、低価で《ボス》、『低級知的魔物』、『魔物の量』、すべてが解決できるにゃ。」



そう言うと、カカオはカバンから一枚の紙を取り出しガリューに向かって投げつける。

それをキャッチし、その内容を読めば、どうやらそれはプロフィール、しかも『ボス』の物であるようだ。



「ん?なんだ、こいつを紹介してくれるのか?」


「まあ、今はつべこべ言わず、内容を呼んでほしいにゃ。」



そんなカカオの口ぶりを疑わしげに見つつ、ガリューはその資料を読む。



「職業・《元第十二魔王軍第3級特殊研究員》

特技・魔導、特にゴーレム製作

戦闘力・第6級ダンジョンボス程度

繁殖能力・弱、しかし、ゴーレム製作が可能

特記事項・雇う際に、中型ゴーレム11体及びアンデット種数体提供。

更に、交渉次第でこれらの定期的作成に同意。

って、なんだこいつは?」


「どうだにゃ?

なかなか強いにゃ、しかもお得だってわかるにゃ?」


「いやあ、わかるけど。

けどこいつがどうしたんだ?これ程のやつがうちのダンジョンに来てくれるのか?

むしろそれは不気味過ぎて嫌だぞ?条件とやらが嫌な予感しかしない。」



ガリューは簡単な概要しか書いていないそのプロフィールしか書いていないその資料を疑わしく思った。

実は強さや料金だけで言うなら、ガリューが欲している《強くて安い》人材の《ボス》は割と多くいるのだ。

しかし、そのような『ボス』の雇用条件には大抵嫌な条件が付いているので雇うことができない。

例えば、先ほどガリューがちらっと眼を通したボスは『元魔王親衛隊』の竜族であり、雇用費自体は只と書いてあった。

しかし、追記として山よりも大きい『部屋』と一日に生贄として『人間』100体が必要という訳解らん条件が書いてあった。

これは、極端な例ではあるものの、雇用費が無料の《ボス》は金や魔素ではなくもっと別の物を欲しているという言いかえに過ぎないのだ。

例えば『オークの騎士』は『地上にいる人間又は亜人の嫁(という名のメス奴隷)3体以上』+『一日食事5食以上』と書いてあったり、同じく雇用費が生活費程度であった『魔族の戦士』は強い《魔剣》を条件にしたり、《鉱物の皮膚でできたサイの魔物》の注意書きとして《一日に宝石を14t相当食べる》など、とても無理な物ばかりが書いてある。

そして、今カカオに渡されたこの資料の『ボス』は、上記のような馬鹿みたいな強さはないとは思われるが、それでも実力主義である『魔王軍』に一時期でも所属できていたほどの人物。

そんな人物が弱いわけがない。

しかも、今回その人物を雇えば衣食住の必要がない魔物である《ゴーレム》と《アンデット》まで提供してくれるなど、おいしすぎるのに程があり、裏がないわけがない。

どう考えても、厄介な追加条件が付いてくるのは明白である。

厄介ごとの香りがする、そう思いながら、ガリューはカカオの方を見るが彼女はそんなガリューの様子を知ってか知らないか、軽い口調でガリューに話しかける。



「ん~。一応確認したいことがあるにゃ。

お兄さんが嫌いな食べ物って何だにゃ?」


「いや、何で今ここで聞くのかにちょっと嫌な予感がするが……。

まあ、いい。

以前も話したことがあるとは思うけど、『人肉』だな。

初めは精神的な面の問題で食えないかと思ったけど、どうやら違うらしい。

もともと味覚的にも嫌いみたいなんだ。」


「……やっぱりお兄さんは変人だにゃあ。

魔物が唯一人間界でうまく感じられるものが『人肉』なのにそれが嫌いだとか、お兄さんはいったい何のために人間界に来たのかにゃ?」


「うるせえ。

もともと、魔物は《魔素》が含まれていない物はうまく感じないんだろ?

その中で例外が『人肉』やら『エルフ』の肉らしいじゃねえか。

それならそこまで違和感ないだろ。」



カカオのセリフにげんなりしながら、ガリューは答える。

魔界において『人肉』は貴重品でありご馳走であるが、『ガリュー』は前世が人間だった故かはわからないが、それをおいしく感じられなかったのだ。

元々、魔物は《魔素》が含まれていない物を食べると味気なく感じるのだ。

そのため、多くの魔物にとってほとんどの物が《魔素》の含まれていない人間界は、いわば『メシまず』な世界なのである。

しかし、その中で例外なのが人肉や『エルフ』といった亜人などの亜人肉であり、これらは魔物にとって、下手な魔界にある食べ物よりおいしく感じられるらしい。

その為魔界から来た魔物の多くは、まず真っ先に人間を襲い、捕食するのだ。

それ以外にも、魔物の中には、同種族よりも『人間』と交配した方が子供が生まれやすいとして人間を襲い犯すもの、純粋に人間界にあるものが珍しいからといった理由で人間を襲うものもいるが。



「いや、ちょっとした確認にゃ。

そこに書いている人、ちょっと色々と立場が複雑な人でつい最近魔王軍をやめちゃった人らしいにゃ。

けど、ちょうど職にあぶれてたから雇ってほしいという事だらしいにゃ。」


「いやいや、だからって《低位ダンジョンのボス》をやるのは、そいつはどんだけ追いつめられてるんだよ。

元々魔王軍にはいれる位の賢い奴なら、もっといいところで働けるはずだろがあるはずだろ。

そんなやつが何を欲して《ボス》になるかは知らんが、そいつを雇うだけの報酬を俺が持ってるとは思えんぞ。

もしかしてあれか、そいつを雇う条件が、俺が毎日人肉を食わなきゃなんねえとかじゃないよな。

嫌だぞそんなの、あんなもん毎日食ったら俺が発狂してしまう。

なんだ、【ウマい!これはあなたが好きな人肉の味だ!】ってか?ふざけんな!」



カカオのセリフに対し、ガリューはつっこみを入れつつ、人肉の味を思い出し、気持ちが下がった。

以前もいった通り、『低位ダンジョンマスター』は苦行、ある意味、島流しが一番近い状態である。

その中で《低位ダンジョンのボス》というのはそれに輪をかけ手酷い待遇であるのは簡単に想像ができるであろう。

しかしながら、《ダンジョンマスター》とは違い、《ダンジョンのボス》は別に《知的魔物》である必要はない、必要なのは強さだけである。

それ故、低位ダンジョンのボスは大抵が《ゴーレム》や『巨大な昆虫や動物』と言った《食べ物》と《魔素》さえあれば問題ない『知性』のない魔物になるのが通例である。

知的魔物がボスを務めるのはダンジョン内の《魔素》が濃くて贅沢も許される『高位のダンジョン』からであるのが大概であり、『低位のダンジョン』で《知的魔物》がボスを務めるのはすごいまれな事なのである。

ガリューの渋い顔を見て、その勘違いとあわてぶりに思わずカカオは笑ってしまった。



「にゃはは、いや別にお兄さんがそんなことはする必要ないにゃ。

むしろお兄さんが『人肉』嫌いだとありがたいと思ったからこの話を持って来たにゃ。」


「どういうことだ?」


「あ~、それに関してはお兄さん。

次のページを見てほしいにゃ。」


「おう。」



カカオに即され、ガリューが次のページをめくるとそこには、その《ボス》の詳細、いわば写真や名前、種族などが乗っていた。



「名前は《ゲーナ》。

見た目は、ん?こいつはもしや魔族……にしちゃあ覇気がねえなあ。

なんだ、この種族は《ゴアヒューマン》ってのは?聞き覚えがないなあ。

けどこの種族名、どっかで見たことがある気が……。」



そこに書かれていた写真には額にも目があり、三つの眼をした、赤い刺青と体に生えたいくつかのトゲが特徴的な中性的人物が映っていた。

そして、全体像で言えば、一番近いのが二本の腕に二本の足という『人間』に近い物であり、別に下半身が蛇であったり、昆虫のであったりなど特別な物は感じない。

このような外見が人間に近い形の《知的魔物》といては、『吸血鬼』や《精霊》の一部、魔王の血族一族である『魔族』などが存在し、それらは大概『高位知的魔物』に所属する場合が多いのである。

そして、彼らはガリューやカカオなどが亜人系の魔物が属する『中位知的魔物』よりも格が上の場合が多いのだ。

しかし、今回のこの写真の人物は魔族の勘というべきものが、こいつが自分より格上の魔物ではないことを告げていた。

だが、結局ガリューはそこに書いてあった種族、《ゴアヒューマン》という名前をどこかで見たことはあった気がするがそれがどこなのかは思い出せずにいた。。

そのようなガリューの様子を見て、カカオは若干言いよどみながらも、ガリューに助け舟を出した。



「あ~、その種族の事かにゃ。

じつはそれがその子をお兄さんに紹介したい理由なんだけど、お兄さん『人もどき』って言葉はご存知かにゃ?」



ガリューはそのカカオの言葉で、やっとそれをいつ見たかを思い出した。

そうだ、確かそれは魔界にいた頃、魔界の王都にあるとある店の商品棚であったはずだ。



「ああ、そういうこと。

この種族どっかで見たことがあると思ったらあれか。

こいつはあれか、いわゆる『養殖人間』って呼ばれている奴らの事か。」



ガリューはため息を吐きながらそう言い、カカオの方もそれを肯定するかのようにうなずいた。

ガリューが過去に魔界の店で見かけたそれとは、『肉屋』であり、その店の棚にはたくさんの種類の肉が置いてられていた覚えがある。

それはその肉の中の一種であり、値段は少し高めで、たしか《大特価ゴアヒューマンの肉、通称人もどきが今なら半額》とか書いてあった覚えがある。



「彼女を雇う条件は簡単ダにゃ。

彼女を雇うなら同時に彼女の一族の一部もダンジョンに雇い保護をする。

それが条件ダにゃ。」



カカオはそう笑いながら、ガリューに告げた。


《ゴアヒューマン》

それは魔界にいる《低位知的魔物》の一種であり、かつて人の肉の味を再現するために魔王によって生み出されたという噂の魔物である。

知能は他の《低位知的魔族》よりは上ではあるが、魔術、筋力共に他の《低位知的魔物》の遥か下をであり、まさしく貧弱種族。

今なお生き残っているのは、その肉のそこそこの旨さゆえに他の『魔物』のより食用として、さらにそこそこの知能をかわれ、奴隷として養殖されているモノがほとんど。

おそらく知的魔物の中でも1、2位を争う不遇な一族であった。




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