第7話

ダンジョン、『転送部屋』

別名『テレポーター』、それはダンジョンの《魔素》を消費することで、《人間界》と《魔界》を繋げることのできる装置であり、同時に部屋でもある。

当然この装置で消費する《魔素》は膨大な物となり、《魔素》の採取が目的であるダンジョンとしては、おいそれと起動して良いものではない。

それゆえ、ダンジョンのランクごとに使用制限が掛けられており、低ランクのダンジョンであればあるほど、起動する機会が減るのだ。

さて、今回ガリューは珍しく、その『転送』部屋の中央におり、眼の前に開かれている《ワームホール》という魔界との入口をじっと見つめていた。

それと共に彼の足元には、彼のペットである《レッドリザード》の《ピッシ》と自分の生み出した魔物である《カイス》が数体いた。

何故彼がその部屋にいるのかと言えば、簡単に言えば面接の為である。

結局前回、かれは一応カカオが紹介してきたボス《ゲーナ》を雇いたいとは思った。

しかし、彼女の雇用条件である《一族の保護》は正直あまりに不透明な物であり、その上人数も明記していない。

そのため、ガリューが《ゲーナ》を雇うためには、具体的に件の人物が何を欲するかを交渉しなければならず、こうして交渉の機会を設けたわけだ。

カカオが言うには、そろそろこの《ワームホール》からその人物が現れる頃ではあるが……。



「……きたか。」



ガリューがじっとそこを見ているとそれは起こった。

ワームホールがより波打つように揺れ、部屋中に絵がかれている魔法陣もそれに呼応するかのように輝く。

そして、そのワームホールから、初めは手が、次に足が、そして、全身がと言った順にその姿が現れる。


そして、そこに現れた人物の見た目、それは一言で表すなら、『妖美』であった。

すらっとした足、細く伸びた腕、そしてまるで人間のような外見、まるで『人間』のようでありながらその身からあふれる黒き魔力がそれが『魔物』であることを示している。

体格はすらりとして、中性的、男とも女ともわからない魔性の魅力が出ている。

その身にまとう衣服、それはどれもなかなかの高級品。

靴は紫に輝き、衣服は何かの魔物の皮でできた赤黒い色、そして何より異彩を放つのが、まるで鉄塊の様でありながら、同時にライトのように所々光る『機械』のような巨大なヘルメット。

ガリューはそれらの装飾品の用途はわからないが、服や靴すべてから《魔力》があふれ出ているいるため、それらがただの飾りではない事が分かる。

その顔はというと、巨大なヘルメットに隠れはっきりと視認することは難しいが、その額には人とは違う証拠か、三つ目の眼が存在し、それを含めた目がすべてこちらを強く見つめている。

彼女がこちらに近づくにつれ、部屋の空気が冷えるような感覚がする。


ガリューは感じた。

魔物の本能が告げる。

目の前にいる人物は確かに自分よりは格下の種族ではあるが、その身に秘められた魔力の量は本物であると。

こいつを嘗めてかかると痛い目を見ると。



「(これが、《ボス級知的魔物》か……)」



《ボス級知的魔物》、それは言ってしまえばただ強い魔物に過ぎない。

もちろんそう言いきってしまうのは簡単である。

が、そうはいかないのがダンジョンマスターの宿命。

ダンジョンの運営は前回言った通り、人間界の島流し、いわば極限状態での魔物との同居生活に等しいのだ。

そんな中、《ボス級知的魔物》を雇うという事は、自分を殺せるかもしれないレベルの強者と一緒に過ごすという事だ。

しかも、《ボス級知的魔物》は何らかの目的を持って《ダンジョン》に勤めてくる。

もし、そのボスの雇用が表面上は楽そうであっても、それが野心家であった場合、そのボスにとって《ダンジョン》のボスになることが目的のための通過点に過ぎない場合が多い。

もしそれが、人間をたくさん食べるためや自分の種族の繁栄ならかわいいものだが、真の目的がダンジョンマスターの暗殺や洗脳などの場合もあるのだ。

そのため、通常『中位ダンジョン』や『高位ダンジョン』やよほど自分に自信がある《ダンジョンマスター》でければ《ボス級知的魔物》を雇わない。

(逆に中位以上のダンジョンでは《ボス級知的魔物》は必須となるのだが。)

今回ガリューがこの《ゲーナ》とやらを雇うかはあくまで賭けである。

それゆえ、もし彼女がよからぬことを企む者であるなら、今回の面接で自分に対して何かしかけてくるかもしれない。

そして、ガリューが実際に目の前にいる件の人物ゲーナを見るに、どうやら一筋縄ではいかない雰囲気を感じた、その身から出る《魔素》の量は間違いなく只者ではないからであり、その身から出ている威圧感も半端ないからだ。

ガリューの脳裏に一抹の不安が宿り、それを察したのか、足元にいた彼のペットであり相棒である《ピッシ》がその体をガリューに擦り付けた。

《ピッシ》の気遣いを察し、ガリューの緊張がほどけていく。

そして、気持ちを立て直し、『ガリュー』はこちらへ無表情で歩み寄ってくる《ゲーナ》へと声をかけた。



「おい、《ゲーナ》とやら、いったん止まれ。

そこまでこっちへ歩み寄る必要はない。」



ガリューは虚勢を張りつつ、その人物に向かって軽い口調で声をかける。

その声に反応して、件の人物は足を止めた。

件の人物がおとなしくこちらの言うことを聞いてくれたことに内心一息をつき、続けて話しを始めた。



「ん。それでいい。

……さて、今回ここにお前を呼んだ理由はわかっているとは思うが、まあ、簡単に自己紹介をしておこう。

俺の名は『リザードマン』のガリュー、このダンジョンのダンジョンマスターをやらせてもらっている。」



今回ガリューが《ゲーナ》を呼んだのはあくまで面接のため、別に戦うためではない。

そう自分に言い聞かせてガリューは自分の気持ちを落ち着かせて、目の前にいる人へと話しかけた。

しかし、ガリューの方からその人物に向かって話しかけるも、件の人物は身動きせずにいた。

その様子に若干の不信感を覚えるも、ガリューは話を続けた。



「……おい、ちゃんと聞いているのか?

ちゃんと聞いていたら、そちらも何か自己紹介してほしいのだが。」



そう言いながらもガリューは《それ》に対する警戒を怠らない、《それ》がもし呪文を唱えればすぐさまにでも対応できるように彼はひそかに身構えていた。

ガリューの声に反応したのか、件の人物は静かに口を開いた。



「私の名は《ゲーナ》。

ゴアヒューマン出身、つい先日まで《魔王軍研究所》に勤めていました。

しかし、今回は我が事情と目的のためにダンジョンのボスになることを決意し、ここにはせ参じました。」



それは、静かな、少し高い澄んだ声でガリューに向かって返答した。

そして、ガリューの不信感を知ってか知らないかはわからないが、彼女(という事のガリューはしておいた。)は未だ冷静沈着、動揺一つ見られない。

さらに、その話した内容はあくまで最低限だけであり、ガリューが一番聞きたい、彼女の目的や事情については何も語っていなかった。

彼としては、目の前にいる人物の強さからどうにも彼女が《ボス》になる目的が《一族》保護だけとは思えなかった。

ガリューは《ゲーナ》の方からそのまま何か話しはじめると思ったが、彼女の方はまた黙り始めてしまった。

このままだと会話が進まないことを悟ったガリューはこちらから話しを切り込み、ゆさぶりをかけていくことを決める。



「お前はだんまりが多いな、もっとお前から話しことはないのか?

あ~、お前は《ダンジョンのボス》になりたいんだよなあ。

そして、その為の条件は《君の一族の保護》と。

この条件はなんなの?実際自分生身のゴアヒューマンを見るのはこれが初めてだけど、お前ほどの魔力があれば何とかなりそうな気がするけど。

あと、一族の保護って何人くらい?

一生かけてやれとか言われても俺は断るぞ?

別にお前の代わりになるボスなんぞ、なんでもいるからな。」



もちろんこれ強がり、半分嘘である。

予算の関係上、彼が雇うことができるボスはかなり限られているのが現状である。

しかし、ガリューはあくまで、彼女に対し下手に出ないように気を付ける。

魔物同士の会話は基本、ビビらせた方がいいのだ。

もちろん高位な知的魔物な場合、独特な感性を持ち合わせているのでそれに限らないが、基本魔物は強者に従う。

弱気な態度で行くと舐められるのだ。

しかし、目の前にいる彼女はビビった様子もなく淡々と返答した。



「……ゴアヒューマンは本当に弱い一族です。

私はあくまで一族の例外、私以外の一族はみな『ゴブリン』に対し一方的に虐殺される物ばかり。

それは、我が一族をよく食べているあなた方『リザードマン』ならご存じじゃないのですか?

……それに、今回私が保護してほしいと思っているのは、私の家族や親戚である50にも満たない人数、理由は住んでいた場所が他の魔物の侵略の為追い出されたからにすぎません。」



彼女は真っ直ぐこちらを向いて、会話にトゲを混ぜながらそう言った。

そのセリフの反面、その三眼はこちらを責めるわけでもなく、ただただこちらの方を向いているだけにガリューは思えた。

やはり不気味、ガリューはそう思いながら彼女を見つめ返し、その真意を測る。

が、わからない、正直彼女が嘘をついているのか、それともすべて真実なのか、それすらも分からない。

彼女は自分に対し何を求めているのか?彼女をこのまま雇っていいのか?もしや、彼女は一族が『リザードマン』に喰われたことを恨み、その為にここに来たのか?

様々な考えがガリューの脳裏にうずめく。

が、ここでマイナス思考になってもしょうがない、カカオ、いや魔界の本部が薦めた人物だからそこまでやばい人物ではないはず、もっとプラス思考に考えよう、ガリューはそう考え直し、会話を進める。



「よし、仮にお前を雇ったとしよう。

その場合、何か俺にメリットがあるか?」



その言葉に対し、彼女は静かに答えた。



「……私はアンデットの製作、ゴーレム製作が得意です。

それ故、実験室さえあれば《薬品》や『魔物の改造』などもできます。

それに、ダンジョンについての研究もしたことがあるのでそれなりにあなたの役に立てるはずです。

腕にも少ないながら自信がありますし、私の雇用費は他の者より安いです。」


「ふむ、それは心強い。

だが、アンデットの製作はたとえば《骨》だけでも可能なのか?

機材がなきゃ、お金がなきゃ、何もできないとか言われても困るぞ。」


「……確かにアンデットやゴーレムの製作には、特定の『道具』や《材料》が必要になります。

ですが、その為に無駄な金を要求したり、製作を拒否するつもりはありません。

言われれば、その辺の石ころをゴーレムにすることでも何でもやります。」


「ふむ。

まあ、そこそこやる気があるのはわかった。」



ガリューはそう顎に手を当てながら答える。

ガリューとしては、もしや彼女は金銭欲が強く、こちらがゴーレム製作を頼んだら馬鹿みたいに値段を要求する浪費家の類か、もしや研究馬鹿でありもっと自由に研究するためにここにやってきた類の人物のかと予想し、今のような質問をしたのだ。

しかし、彼女が今回の質問に対して、動揺した様子は感じられずガリューは自身の推測が間違っていることを悟る。

ならば、今度は別の方向から彼女に質問することを決める、おそらく自分のもう一つ推測が正しければ彼女はここでボロを出すはずだと思いながら。



「では、《ゴアヒューマン》を雇うことで得るメリット。

それが俺にあるか教えてもらおう。」


「……!

我が一族のですか?」


「そうだ。」



ガリューがした、その質問が意外だったのか、彼女は一瞬言葉に詰まり、少し顔を伏せる。

今までの饒舌ぶりがうそのようにいったん彼女は黙りこみ、しばらく考えた後、静かに絞り出すような声で話し始めた。



「……我が一族は、圧倒的に他の種より弱いです。

力や魔力共に他の魔物の遥か下を行きます。

戦闘や魔術に関して、我が種族に利点はほとんどありません。

しかし、そこそこの知能と本来の基質から《知的魔物》でありながら、あなたに対して反乱することはないでしょう。」


「ほう、それは本当ならうれしいな。」



ガリューはその言葉に内心素直に感嘆する。

『低級知的魔物』を雇う上での最大のネックは、彼らが多少ではあるがダンジョンマスターの命令に対し《反抗》できることである。

例えば彼らがダンジョンマスターに与えられた仕事に対してストライキを起こしたり、例えば餌のグレードで文句を言ったりと、向こうからいろいろいちゃもんをつけることが問題なのだ。

もし、ゲーナが言うことが真実であったらそれだけでもガリューとしては満足であった。

しかし、そここそがガリューが最大に疑っていることであり、もっとも目の前にいる人物に尋ねたい事であった。



「では聞くぞ!お前たちは本当に俺の言うことを聞くつもりか?

たとえどんな命令でも!」


「そ、それは……」



ガリューの言葉に対し、彼女は今回初めてはっきりとした動揺を見せたのが分かった。

そう、ガリューが気になっていたのは本当に「ゴアヒューマン」達が『リザードマン』である自分の命令を聞くかどうかだ。

そもそも、話を聞くに自分は彼らの《敵性》種族のようだ。

そんな彼らが、今まで自分の同胞を食い散らかしてきた一族である自分の言うことを聞くか?

そこがガリューの懸念であり、一番彼が用心していたことであった。

ガリューはここが今回の会話の山場だと思い、ガリューは合図のために指を鳴らした。

それに反応したのは彼の足元にいた《レッドリザード》のピッシであり、その合図に気が付くと、顔を上に持ち上げ、天井を仰ぐようになり、尻尾も逆立つ。

それと同時にその身も魔力によって赤く輝き、その身を変化させる。

『ピッシ』の犬ほどの大きさであった体が大きく膨れ上がり、その四肢も太く力強いものとなる。

体を覆う鱗も大きくなり、その口に生える牙はまるで一つ一つが鋭利なナイフのようになっていた。

これは『リザードマン』一族に伝わる『騎竜の術』と呼ばれる、『対レッドリザード』強化呪文であり、自身の相棒である《レッドリザード》の肉体を強化し、『騎乗できる』レベルまでに大きく強くするという魔法である。

これにより先程までは中型犬ほどの大きさであった『ピッシ』も今では、『馬』いやそれ以上に大きい、『熊』以上の大きさを持つ魔物となっている。

そもそも人のそれより体格がはるかに大きい『リザードマン』が騎乗するにはそれくらいは必要だろうが。



「お前らは、本当に『リザードマン』の俺に従うつもりはあるのか?

それがどういう事かわかっているのか?」



ガリューは巨大化させた『ピッシ』にまたがりながら、《ゲーナ》に尋ねる。

ピッシに騎乗したガリューは先ほどまでの不安はどこへやら、自分の相棒といればどんな困難にも立ち向かえるような安心感がした。

本来の『リザードマン』の戦士はこの術を使い、彼らに乗りながら戦場を縦横無尽に駆け回るという方法なのだが、今回は半分威圧目的、わかりやすく自分の力を誇示するために使用したつもりであった。

ガリューの態度の変化を察したのだろう、目の前にいる《ゲーナ》の様子は先ほどまでの物静かな様子のそれとは違った。



「……っつ!」



何か言いたいが言えない、そんな雰囲気が出ている状態であった。

明らかに彼女にとってまずいことが起きており動揺しているのがガリューには手に取るように分かった。

彼女の先程までの、静か、そして余裕のある態度はすでに感じられない。



「お前、いやお前らは何を考え此処に来た?

その身に秘めた考えはなんだ?

ここで打ち明けるか、それとも果てるかを選べ。」



ガリューは彼女の今の態度から、彼女、いや彼女たちが自分に対して何かよからぬことを考えていると確信した。

その中でガリューが最も恐れ、同時に最も確率が高いと推測していたのは、今回ゲーナとその一族がこのダンジョンに入ることで、スムーズに反逆を行うことであった。

もし仮に彼らがそのような考えを持っていたらと思い、ガリューは威圧的に交渉したのだ。

反逆の芽は早めにつぶす、そうガリューは決心し、喧嘩腰にガリューはにゲーネに尋ねた。

一方ゲーナは体を小刻みに動かし始め、そして、動きを止めた。

そして、彼女は何かを決心したのかその三眼でこちらを強く睨んだ。

彼女の様子の変化をガリューが不審に思った瞬間それは起きた。



「ううううううわわわわわわわわあああ!!!!」



《ゲーナ》がこちらに大声を上げながら突っ込んできたのだ。

その様子の変わりぶりに驚きつつ、ガリューは彼女が何をしても対応できるように身構えた。

そして、彼女がピッシの腕の届くぐらいまでの距離に近づき、戦闘が始まるかと思ったその瞬間、それは起きた!!



「ああああああああああああああん!

どうか、『肉牧場』だけは勘弁してくださああい!

せめて《奴隷》、いや『肉』にするのでもせめて家族だけは!!!!!」


「は?」



《ゲーナ》の今までの《妖艶》な雰囲気はどこえやら、その頭をヘルメットごと地面にくっつける勢いで土下座をしながら叫び始めた。

その態度、すでに先程の緊迫の雰囲気は消えており、なぜか今の彼女からは小動物的な雰囲気を感じる。

ガリューは彼女の様子の変わりっぷりについていけず、思わず硬直し、彼の相棒である《ピッシ》もどうしていいかわからずガリューの方を困った顔をしながら向いてきた。

しかし、そんなガリューたちの硬直を無視して、ゲーナの話は一向に止まる気配を見せずそのまま話し続ける。



「うううう、生意気な態度をとってすみませんでした!

どうかお父さんとお母さんの命だけは!

いや家族の命だけは!あの人たちは本当にだめな私を育ててくれたいい人なんです!

私一人なら、メス奴隷でも、肉便器でも、達磨でも、肉団子にでもなりますから、どうか家族だけは助けてください!

ああ、けど貧相な私じゃそれすらも……!」



ガリューの困惑ぶりを尻目に、《ゲーナ》はひたすらこちらへと謝り、家族の延命を求め続けていた。

とりあえず、ガリューは自身が何かとんでもない思い違いをしていることを察しはじめた。



「うう、お父さんお母さん、御爺ちゃん、おばあちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、おじさん、おばさん、どうやら私はダンジョンマスター様を怒らせてしまったようです。

どうか、先立つ不孝をお許しください!」



ガリューがそんなことを考えている間に彼女はどんどん盛り上がっていた。

とりあえず誤解を解こう。

そう思い、彼は未だに土下座を続けてる《ゲーナ》へと話しかけた。






●異世界迷宮経営物(仮)

『魔物編3』






「……落ち着いたか?

これを使って鼻でもふけ」


「ば、ばび、ずびばぜん。」



ガリューは目の前で号泣していた《ゲーナ》に向かって、カイスの蔦についていた葉っぱを渡す。

眼の前にいた《ゲーナ》は、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃであり、目は三眼すべてが涙目、鼻は真っ赤であり耳まで赤い。

頭にかぶっていたドでかいヘルメットはすでに転げ落ちてあり、その長い紫色の髪が地面についていた。

今では先ほどまでの《強者》の雰囲気は発生してないでおり、今出ているのはまさしく、《弱者》のオーラ、例えるなら怯えた《うさぎ》や《ハムスター》のような小動物のオーラが発生している。

そして、件の彼女はガリューに渡された葉っぱで顔を拭い、そのまま鼻をかんだ。

ガリューはそのような彼女の様子を見ながら、先ほどまでとは違う意味でガリューの心に《ゲーナ》に対する不安が浮かんでいた。



「で、確認イイか?」


「ヴぁい。」



ガリューはゲーナが泣き叫んでいる間に喚きたてていた彼女の話内容をまとめる。



「お前の群れは、他の種族に《食肉》として養殖されていたのが、逃げ出してできた群れであり、魔界の王都の《ごみ埋め立て場》に住んでいた。

それでたまたま一族内でも『実力』があったお前は、一族を養うために《魔王軍》に所属していたと。」


「ばい、そうです。

わだじ、一族でも異常なくらい魔力があり、その上落ちていたゴミの中にたまだま《魔導書》があって……。」



ゲーナはガリューの言葉に未だ泣きすぎたせいか、だみ声でありながら返答した。

その様子、明らかに《ダンジョンボス》として必要な威厳とかその他もろもろ色々をほっぽり出していた。



「けど、そんな《ごみ捨て場》すら他の『魔物』の群れに追い出されれ、今の給料じゃ一族の棲家を補えないから自分を含めた一族ごと《ダンジョン》で雇ってもらおうと思った。

そして、今回雇われないと一族全員奴隷行きだから、失敗できない。

そう思い、わざわざ《魔道具》まで装備して、今回の面接を受けたと。」


「うい。

今までここ以外に5回ダンジョンのボスとしてに推薦してもらいましたが、すべて《頼りない》って理由で落されましたし……。

ならば、強そうな雰囲気を出しとけば《交渉》には便利かなって思って……。」



ガリューはそう言いながら、涙目上目使いでガリューの方を言上げてくる。

ガリューはゲーナのその小動物的な雰囲気を見ながら確かにと思う。

そもそも、ダンジョンのボスを雇う理由は『戦力』目的が第一、そして第二目的は《威厳》のためである。

そもそも、ダンジョンを経営する奴らは《野心家》が多く、《ボス》は自身のダンジョンの格を決めるものだと思っているものが多い。

たとえどちらの目的にしろ、《ダンジョン》のボスに《ゴアヒューマン》というボスを雇うというならそれは、自身のダンジョンが《金欠》や《弱者》であることを宣伝しているようなものだ。

好き好んで、彼らを雇いたいという少ないであろう。

ガリューも先ほどまではゲーナが《裏切る》かどうかで雇うかを悩んでいたが、今は逆に『こんな弱そう』で大丈夫か不安になっていた。

先ほどまでは彼女が被っていた『ヘルメット』もどきや、彼女の履いている靴、その他すべてが彼女自身の《プレッシャー》を増す魔法がかけられているそうだ。

どんだけだよ、そんなガリューの考えが彼の表情に浮かんでいたのか、ガリューの方を眺めていた《ゲーナ》はあわてて話す。



「た、確かに私自身はたの《ボス》に比べたら、そこまでではないかもしれません。

け、けど今は持ってきてはいませんが、私の作ったゴーレム君やゾンビちゃんはちゃんとしてますよ。

材料と時間さえあればいくつでも作れますし……。

あ、人間の骨さえあれば《スケルトン》だって作れます!」



《ゲーナ》はそう言いながら、自身の有用性を必死にPRしてくる。

なんとなく彼女自身から出てくる《弱者オーラ》によりなんかいろいろ不安になるが。

しかし、逆にそんな彼女の様子に毒気が抜かれたガリューも交渉がしやすくなったのは事実。

ガリューも自身の本音、そう話題の本題をさらすことを決める。



「わかった、わかった。

いったん落ち着け。

俺としては、お前に反逆の意志がないことが分かっただけでも満足だ。

まあ、そのゴーレムとやらはまた別の機会があったらみせてもらうとしよう。

で、お前が仮にそこそこ強いゴーレムやアンデットが作れるとしよう。

けどうちのダンジョンは金がない。

仮にお前を雇ったとしても、その材料費のための金はないだろうし、ここで採れる骨は、元地上の生き物が魔物に変化したような『魔物』の骨ばかり。

ゴーレムやアンデットのまともな材料がないぞ。

それこそなにか《副業》をしないかぎりな。」



ガリューの《副業》という言葉に対し、《ゲーナ》は正座をしつつも、びくりと体を震わせた。

《副業》、それは文字道理ダンジョン経営における《ダンジョンマスター》の《魔素》回収以外の第二の金稼ぎ方法の事である。

まあ、一般的にはダンジョン内に侵入してきた人間の生け捕りやその死体、又はその装備を魔界に売りさばくことを言う。

もちろん、魔界では《人間界》産の物というだけで大半の物が高値で取引される。

がそれで大金を稼げるのは人の出入りが激しいダンジョンだけであり、このダンジョンでは不可能だろうし、人の出入りが激しいのはそれほどこのダンジョンに強者が襲いかかってくることでもあるのでダンジョンの本来の目的的にはNGである。

しかし、これ以外にも《低位のダンジョン》でもできる副業はいくつか存在する。

まずは、ダンジョン近くの人間の村への略奪である。

これは《知的魔物》を雇ってからできる行為であり、ダンジョン外でもある程度行動でき、命令を聞くことができる魔物に、ダンジョンマスターが命じて『人間』やその高級品をダンジョン近くの村から奪ってくることである。

これはやれる回数はそこまで多くはないが、簡単かつ『実入り』の大きい《副業》であるので、低位のダンジョンであってもこれはやっている所は多いらしい。

次に《観光地化》、これは《上位ダンジョン》の主な副業だがここでは割愛しておく。

そして、最後に残るのが《内職》である。

これはダンジョンで何か《特産品》となる物をつくり、それを《魔界》で売りさばくというあまり魔物的なことではない稼ぎ方である。


そして、これこそが《ゲーナ》が取り乱した要因であり、ゲーナが今回わざわざ自身の名誉とかそういう大事な物を投げ出した原因であった。

ガリューの《副業》という言葉に対して、《ゲーナ》はふったび半泣きになりながらガリューに訴え始める。



「うう、私が何でもしますからどうか、副業で《精肉場》をやるのは……。」


「やらんやらん。

ていうか、そんな目的でお前らを雇う訳じゃないから安心しろ、だから、いい加減泣くな。

というか、俺がそんな理由でお前らを雇うと思っていたのか?」


「だって、金欠のダンジョンに呼ばれるって聞きましたから……。

正直、私たちの種族の取柄って、基本他の魔物に比べると『肉』がうまいくらいしかありませんし……。

ダンジョンで我が一族が雇われる場合は『肉牧場』の副業目的が《主》だよって《本部》の友人に念押されてました。」



《ゲーナ》は悲しげにそう話した。

そう、ゲーナが恐れていたのが自分たちの一族が《ダンジョン》に雇われることで、《食肉》扱いされることであったらしい。

話を聞く限り、ダンジョンで「ゴアヒューマン」の一族が雇われる場合、副業で『魔物養殖』いや、《精肉場》として、《ゴアヒューマン》の肉を《魔界》に売りさばくことが目的としていることが多いらしい。

まあ、ガリューも言われて納得した。

いわば魔界での彼らの扱いは、いわば前世での《高級和牛》的扱い。

彼らをダンジョンの防衛に使うくらいなら、繁殖して売りさばいた方が建設的だろう。

そんな彼女らが、ダンジョンの雇い主が《金欠》のため自分たちを雇うと聞く。

それなれば、《副業》が目的のために彼女たちを雇うと考えるのが妥当と言う物だ。

まあ、ガリューとしてはそんなつもりは毛頭にもなかったので、完全に彼女の思い過ごしであったわけだが。



「まあ、俺のダンジョンが金欠なのは認めるが、だからと言ってわざわざ貴重な『戦力』を売りに出すことはしない。

ていうか、ダンジョンから魔物を出荷できるほど俺のダンジョンは余裕ないし、《ゴアヒューマン》の牧場は作る気はねえよ。

そもそも、俺は『人肉』が大嫌いだ、匂いを嗅ぐのも嫌なくらいだからな。」


「うう、ありがとうございます……。」



《ゲーナ》は涙を流しながら、ガリューにそう礼を言う。

まあ、ガリューとしてもよっぽどの金欠にでもならない限り《ゴアヒューマン牧場》などやる気には起きない。

そもそも彼としては、魔界で流通する『人肉』の類はなくなってほしいと常々思っているのだ。

飯屋へ行ったらランチメニューが『人肉』それだけで萎えてしまうガリューがこれ以上『人肉』系の食品流通に勤める気はなかった。

《ゲーナ》の感謝の言葉にガリューは苦笑をしながら彼女の言葉に対応する。



「まあ、まだお前らを雇うと決めたわけじゃないがな。

というか、こういったら失礼かもしれないが、うちも米潰しを雇うほどお人よしじゃない上、そんな余裕はないのでな。」


「あうう。」



ガリューの言葉に対して、《ゲーナ》は涙目になる。

《ゲーナ》の魔物にしては珍しい反応に対し、ガリューの心の中に、こう魔物の本能的な何かがむくむくと湧き上がるのを感じ、これだけで雇っていいかなあとか馬鹿なことを考えつつガリューはゲーナに質問をした。



「……まあ、今うちで一番困っているのは『戦力面』。

次に『金銭面』と言ったところなわけだ。

正直お前自身の強さ云々はこの際おいておこう。

そして、お前たち《ゴアヒューマン》一族の強さもあまり期待できない。

ここまでは良いな?」


「は、はいい。」


「そこでだ。

なら今回のお前を雇うことで俺が期待しているのは、お前が作る《ゴーレム》や『アンデット』の強さ次第となるわけだが、そこのところはどうだ?」


「そ、それなら今回持ってきた《ゴーレム》と『フランケン』はそこそこ強いから大丈夫です!

事前に調べたところ、多分、中級ダンジョンで雇われる、通路のモンスターのちょっと下くらいの強さはあります!」


「……また、微妙な例えをするなあ。

けど、それぐらいの強さがあれば十分か。」



ガリューはその言葉を聞き、少し安心した。

今回の目的はあくまで《ダンジョン内》の戦力強化であり、ガリューとしては強い《ボス》よりも、強い《通路》のモンスターを欲していたからである。

なぜなら、《通路》のモンスターは《ボス》とは違い、一匹雇えば終わりというわけではなく、複数必要。

それ故、長い目で見るなら、一匹使い捨ての強いボスを雇うくらいなら、たとえボスが弱くても、恒久的に強い《通路》のモンスターを作れるボスがいた方が心強いからだ。

ガリューの内心はまた少し明るくなったが、ここでガリューが気になっていたことを彼女に尋ねた。



「で、そいつらをこのダンジョンで量産するのにはどのくらいの費用が掛かる?」


「う、そ、それは……。」


「まあ、それはさっきからの態度でわかる、おそらく《ゴーレム》のコストパフォーマンスあんまりよくないんだろ?

またアンデットについても、確かアンデットの強さは《材料》に依存するんだよな?

だからこのダンジョンでそれらを自給自足するのは難しい。」


「ううう、その通りです……。」



ガリューの言葉に対して、ゲーナは顔を伏せながら答える。

まあ、ガリューとしてもそれぐらいは予想をしていたし、おそらく目の前にいる彼女もそれを言われることは予想済みであったのだろう。

お互いになんともいえない間が発生した。

今回彼女が持参する《ゴーレム》に《アンデット》それらはあくまで《ゲーナ》が魔王軍にいた頃に作れたものであり、おそらくそれと同じくらいの強さの《ゴーレム》や《アンデット》を作るのはこのダンジョン内の施設や《材料》などの問題で不可能、それはどちらも分かっているだろう。

ガリューとしても、彼女と話せば話すほど心の中で彼女を雇うかどうかで葛藤が生まれてしまい、このまま話していくだけでは決まらないことを察した。



「(このままでは会話がグダッてしまう。

……流れを変えるか。)」



ガリューとしてはあまり時間がないので、イッキに会話をかたずけてしまおうと思い、一回強く咳払いをする。

そのガリューの態度に気が付いたのだろう、《ゲーナ》がガリューの方を向いた。



「さて、《ゲーナ》貴様に聞こう。」



ガリューは改まった口調でゲーナに話しかけた。

そのガリューの態度の変化に、ゲーナは体をピクリと震わせた。



「俺の中で、今お前を雇うかどうかは半々である。

その理由はお前がよくわかっているだろうし、私がお前を雇うかを決めかねている。」



ガリューはやけにかっこつけながら、ゲーナに話す。

ゲーナの方も場の雰囲気が変わったのを察したのか、真面目な表情でガリューの言葉に対応する。

ゲーナもガリューの今までの会話から彼の意図する所をだいたい察し、そのガリューの言葉に対して最適と思われる返答した。



「……今このダンジョンで必要なのは即戦力と恒常的な戦力強化。

そして、貴方様は私が《今》のこのダンジョンで私が《ゴーレム》や《アンデット》を量産できるか、それを疑っているそう言うことでいいですか?」


「……!

そうだ、さらに言えば、それらが《副業》としてなしえるほど生産できればいいのだが……。

まあ、そこまでとは言わない、せめて今のこの《低級ダンジョン》でも《ゴーレム》又は《アンデット》が生産できればそれ以上はいわない。

おまえに、それができるか?」



ガリューは、彼女の察しの良さに驚きつつ、そうゲーナに向かって言った。

ガリューは実は目の前にいるのが《ポンコツ》なのではないか少し不安になっていたがどうやらそんなことはなさそうだと、彼女に対する考え改めていた。


一方、ゲーナの方も考えていた。

実はこのことを聞かれるのは彼女の中でも想定内のことであった。

彼女自身ももし自分が低級ダンジョンでボスをやる事になったらネックとなるのはそこだと思っていたし、それをどうにかする対策は事前に考えていたのだ。

だが、その為には彼女は今彼女に目の前にいる人物、《ダンジョンマスター》に対してあることを説得しなければならなかった。

しかもその策は、彼女が事前に本部でダンジョンの管理に詳しい友人に話してみたことがあったが、友人は、「その策はダンジョンマスターの反感を買う確率が高い」と警告してきた。

しかし、彼女はこれ以外に『低級ダンジョン』内で《ゴーレム》や《アンデット》の材料を確保できる方法を思いつかない。

かといってここで素直に《できません》といったら自分たちが雇ってもらえないのは眼に見えている。

一か八か、そう思いながらゲーナはガリューに意を決して話始める。



「……確かに、あなたの想像している通り、今のままの《ダンジョン》に私が雇われたとしても、製作のための道具は持参しますが、その材料不足のため満足に《ゴーレム》を生産することはできませんし、《アンデット》は魔物の死体で作るため、おそらくは材料が少なく、製作が不可能でしょう。」



ゲーナはガリューに向かってそう言い、ガリューの方はその言葉を聞き、そして聞き返す。



「……《今》のダンジョンでは無理というのは今雇っても作れないという意味か?

それとも、少し《何か》をすればすぐに作れる、どちらの意味だ?」



ガリューの聞きかえしに対し、《ゲーナ》は内心ガッツポーズをする。

もしここで彼がこちらに対して無関心であり、「なら不採用」と言われてしまったら、巻き返しが大変であった。

が、どうやら彼はまだこちらに関心があり、且つ、自分の話を聞いてくれる。

ゲーナはそのまま話を続けることを決意、いけるとこまで行ってヤル的な思考であった。



「はい、実はある物さえ用意していただければ、今回持ってくるのより強いのとは言いませんが、それでもそこそこのレベルの《ゴーレム》を恒久的、しかもほぼ無尽蔵、無料で作れるようになる策があります。」


「……ここで、胡散臭いと言ってしまうのは貴様に失礼かな?」



ガリューはゲーナのセリフに対し胡散臭げな目を向ける。

しかし、ゲーナの真面目な目を見て彼女の眼が嘘をついていないことをなんとなく悟った。

それと同時に、彼女が意図することも。



「で、貴様は何が必要なのだ?

ぶっちゃけ家のダンジョンは、元手となる金自体が少ないからあまり高い物であるともちろん却下だ。

……言ってみろ、それによって貴様を雇うかどうか決めてやる。」


「失礼ながら、云わせてもらいます。

……もしかして、ものすごい無礼なことを言ってしまうかもしれませんがよろしいですか?」


「かまわん。

言え。」


「では……

このダンジョンに《ごみ捨て場》。

それを設置してくれさえすれば、私は何体でもゴーレムを作り出すことを保証します。」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る