昼下がりの野外ステージ
見通しの良い長い直線道路が続いた。前にも後ろにも影はない。この道を僕とグンさん、マスタングが独り占めしていた。
僕がオープンカーに魅了されるのに数分と掛からなかった。桜並木の演出と春の陽気も手伝ってか、オープンカーの有難みというものを肌身で感じる。春風が運ぶ牛糞の臭いさえ香しい、とそこまでは思わなかったけど。
マスタングも機嫌良さ気である。ご機嫌そうなのは助手席のグンさんも同じだった。イーグルスの『テイク・イット・イージー』を、V8サウンドをバックバンドに従え歌っている。それも聞き惚れてしまうほどの綺麗な発音で。歌声はかなり嗄れて、ロッド・スチュワートに似ている。僕はグンさんの歌に合わせ、肩から上を揺らした。
グンさんは歌い終わると四方の桜と畑に向かって手を振る、ご満悦だ。畑は無観客だったけど、桜は花びらを降らせて称えてくれた。
「なんかリクエストある?」
すこし考え、ゆったりとしたドライブの雰囲気に似合いそうな曲調の歌をお願いする。
「じゃあ、『ヴェンチュラ・ハイウェイ』で」
「古い歌、知ってんだね」
僕の父親は洋楽を好んで聴く人だった。実家にはCDはもちろん、昔のアナログレコードも沢山残されている。
幼いころから歌詞の意味も分からないのに聴き入っていた。いま思うと何が面白かったのか自分でも謎だけど、LP盤を45回転で聴いは、そのテンポの速い裏返った高音を面白がっていた。
グンさんが最初のスキャットを口ずさんでいるとき、遠くに小高い人工の稜線が見えてきた。この先の大きな交差点を直進すると、工場地帯へとつながっている。
グンさんが、工場地帯を流して煙突下の労働者に見せつけてやれ、なんて茶々を入れてきたけれど、残念ながら僕にはそんな趣味はないのです。
露骨に不服そうな顔をするグンさんを宥め、ハンドルを右に切り、県道から広い国道へと進路を変えた。
国道はごく最近、片側一車線から二車線に拡幅された。舗装は真新しく、白線も真珠のように輝いて見える。どの車も法定速度などお構いなしに飛ばしていた。追い越し車線の車が風を切って次々とマスタングを追い抜いて行く。
「やられっぱなしかい?」
僕は気乗りしなかったけど、グンさんの煽りに応えてアクセルを踏む足に力を入れる。背中から押される加速感に、毘沙門天みたいだったグンさんが恵比須顔に近づいた。ここで、ちょっとヘヴィーなナンバー、ビートルズの『ドライヴ・マイ・カー』をリクエストする。
「ポールはキー高いんだよなあ」
グンさんは喉に手を当て、無理だよと言いながらも早速イントロのギターを口で奏でると、僕にも“あのアウトロ”だけは一緒に歌うよう命じた。正直、歌にまったく自信はないけど自分から振ったのだ、仕方がない。
昼下がりの国道をひた走る野外ステージから、グンさんの裏返った声と僕の悲鳴にも似た奇声が延々と繰り返し流れた。壊れたレコードプレーヤーのように――。
「Beep beep'm beep beep yeah!」
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