人間には二種類ある
百万。
それはとても魅力的な話だった。本来、維持費など後先のことを考えれば引き返して然るべきところだけど、百万という数字はそれを度外視させてしまうほどの力を持っていた。
いや、数字的魅力だけじゃなかった。大きな男っぽい大きな車に乗ってみたい気はあるというのは前述したけど、単にそれだけではなかった。やはり僕は、グンさんが乗るマスタングにこそある種の憧憬を持って眺めていた、そう思う。そんな高嶺の花が今、手の届くところまで来ているのだ。
僕の気持ちはマスタングに大きく傾倒し、九割がた腹を決めていた。が、残り一割が二の足を踏ませる。オープンカーという点、その一点だけにはどうしても抵抗があった。
僕が「オープンカー」と口にすると、グンさんは「コンバーチブルね」と訂正した。両者の違いが僕にはわからなかったけど、以降、オープンカーという呼称で進行することをグンさんは許容し、時間があるときにでもオープンカーについて調べておくようにと付け加えた。
僕にとっては本当に悩ましい問題だ。ただでさえ目立つアメ車に加えてオープンカーとは如何なものか。偏見かもしれないけど、オープンカーで街道を行けば周囲から好奇の目を向けられるだろう。それは僕の性分からして針の筵であることは火を見るよりも明らかだ。グンさんのように飄々と振舞えない僕からすると本当に難儀なことなのだ。
僕は「少し考えさせて下さい」と言って、うつむいて腕を組んでは慎重に考慮するふりをした。
自問した、何をそんなに迷っているのかと。ここまできて断る理由が「オープンカーだから」とは笑止もいいところだ。かねてから自分の優柔不断さに自分でも業を煮やす思いだった。
なんとか自分の都合の良いように良いようにと思考回路の組み換えに努める。すると浅知恵が朧に湧いてきた。オープンカーだからといって、常時オープンにしておく必要などないのだ。幌さえ閉じていれば変哲のない乗用車に見えないこともない。僕にしてみれば妙案だ……いやいや、そうじゃない、いやいや…………。
じっと腕組みをして沈黙する僕の姿に、もう一押しだと睨んだのだろうか。グンさんは低く落ち着いた声で「日下部君、いいかい」と言って僕の顔を上げさせた。そして精神科医のような目で僕の顔を凝視して右手でピースサインを作り、謎の持論で攻めてきた。
「人間には二種類ある。オープンカーに乗るやつと、乗らないやつ」
いったいなんのことやら? ではあったけど、いつまでたっても煮え切らない僕を後押しし、残り一割の呪縛から解き放ってくれたのは確かだった。こんなところでもグンさんの手を煩わせる形で、ようやく僕の決心は十割に達した。
僕は強く口を結び、喉奥で「うん」と発音して大袈裟なくらいに頷いた。するとグンさんは立ち上がって僕の頭を手荒に撫で回し、無造作ヘアーをいっそう無造作にさせ、痛いほど力強く肩を叩いたのだった。
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