なんとなくさ
僕は即座に断った。グンさんが何と言おうと、古い車だけは故障が怖くて敬遠したかった。僕は男のくせにメカに強くない。どちらかと言うと弱いほうかも。いや、めっぽう弱い(大見得を切って言うことではないけど)。なにか車のことで心配事があると、いつもグンさんの整備工場を駆け込み寺として頼っていた。
それに僕は無職の身なのだ(大見得を切って言うことではないけど)。蓄えはそこそこあったけど、それでも古いアメ車というのは現実離れしていた。極端な話、お尻が濡れる程度なら我慢するから“落ちてたスクーター”だって構わないのだ、極端な話だけど。
ついでに言うなら僕はアメ車という柄でもない。中古の軽自動車を車検の度に乗り換え、今は三台目のホンダ・バモス(けっこうガタが来ている)というのが僕の自動車履歴だ。この先もその姿勢を崩す気はない。そのことはグンさんもよくご存じのはずだ。だって、僕の車は全部グンさんのところで買っていたのだから。
この日も、バモスのタイヤが坊主寸前なのを機に次なる車を、言わずもがな中古の軽自動車を手配してもらう約束でグンさんのところに顔を出した次第だったのだ。
グンさん、約束が違うんじゃない?
しばらく押し問答が続いた。
僕は「買いませんよ」の一点張り。グンさんは立ったままの姿勢で上から見下ろし、「モテるよ」「人生観変わるよ」と子供だましにもならない言葉で丸め込もうとする。僕が熱くなればなるほど、グンさんは沈着なる切り返しで応戦してきた。弁が立つグンさん相手に、口下手な僕が太刀打ちできるはずもない。それでも、なんやかんや口実をつけて躱そうとした。
なにも無理して僕に買わせることはない。グンさんだったら自分のところで売ってもいいし、それ以外にも販売ルートなんていくらでも知っているだろう。そちらで売ればどうかと持ち掛けたけど、愛車を手放すというのは娘を嫁に出すときの父親と同じで、どこの馬の骨かもわからない奴に買われるのは嫌だ、と独身貴族がのたまった。
では工場のスタッフに買ってもらうのはどうだろう?
「どいつもこいつも薄情者だよ」
賢明なスタッフを毒づいて、二本目のマルボロに火をつけた。
やはり売らずにグンさんの手元に置くしかないねと宥めたら、二台持ちはしない主義だと屁理屈をこねる始末だ。
だったらなんだって二台目を買ってしまったのだろう?
「なんとなくさ、欲しくなっちゃったんだよね」
肩をすくめて力なくヒヒと笑うと、気恥ずかしくなったのか、縮こまってしまった。
なんとなくで仕事を辞めた僕も僕だけど、なんとなくで車を買ってしまったグンさんもグンさんだ。グンさんの場合、僕と違ってお金はあるけどね。
結局このあとも話は進展することはなく平行線をたどるのだった。
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