プレゼンテーション

 グンさんはパイプ椅子の背にもたれ、煙草を大きく吸い込んだ。口を円く開けて短く息をホッと吐くと、頭上に煙の輪っかを漂わせ、ここでクエスチョン。

「これ、なあんだ?」

「ドーナツ」

「はずれ、天使の輪でした」

 グンさんは煙草を大きく吸って、二つ目の輪っかを漂わせてワン・モア・チャンス。

「これ、なあんだ?」

「じゃあ、天使の輪」

「煙だよ」

 僕は動じない、こんな茶番はもう慣れっこだ。数年程度の付き合いだけど、グンさんがどういう人か大体分かっていた。こういう時は決まって古典的な道化を必須とする。


 グンさんは「はい、おしまい」と言って短くなった煙草を缶コーヒーの中に放った。飲み残しに触れた煙草が、シュっと鳴った。

 ウォーミングアップだったのだろうか、僕をからかい終えたグンさんは組んでいた足を解き、両膝をポンと叩いて「では始めようか」と言って腰を上げる。何が始まるのか分からなかったけど、僕は深く座り直し、背筋を伸ばしてみせた。

「早速だが日下部君、アメリカの独立戦争はいつか知ってるかい?」

「ええ、“むかし”、ですね」

「正解。でも完璧ではない」

 グンさんは僕のふざけた解答など相手にせず、Wikipediaを空で読んでいるのではないかと思うほど、独立戦争以降のアメリカ史を得々と語り始めた。

 この日のために練習を重ねてきたのか、グンさんの語りは活弁士のごとく巧みだった。史実を見てきたのかのように身振り手振りを交え、さながら冒険活劇だ。

 数年程度の付き合いだけど、グンさんがどういう人か大体分かっていた。こうなってしまうと先は長い。僕は事の成り行きを見守るしかないのだ。ポップコーンでもあればよかった。

 

 ようやく時代は一九六〇年代、グンさんの語気は尻上がりに熱を帯びてゆく。

 『初代マスタングの章』に入ると鬼気迫る勢いで僕を吞み込んで、初代マスタングの蘊蓄を披露しはじめた。独立戦争からの約二百年は前振りで、結局要点はここだったのだ。

 初代マスタングの蘊蓄を語り尽くすと、こんどは自らの愛車のプレゼンテーションに移行した。数年程度の付き合いだけど、グンさんがどういう人か大体分かっていた。胸騒ぎがする。

 グンさん曰く、目の前のマスタングは一九六五年製。外観はほとんどノーマルだけど中身はかなり手が入っており最近の車と比べても遜色はない、とまでは言わないけれどコンディションは申し分ない。もちろん無事故。ちょっと型は古いけどカーナビもついている。そこまで言うとグンさんは、「と言うわけで」と言ってマスタングの馬のエンブレムを指さして、突拍子もない形で締めくくった。


「コイツを買わないか?」

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