桃の節句?
グンさんのプライベートガレージは暫く見ない間に大きく変わっていた。文字通り大きくなっている。セスナ機でも格納できそうだ。グンさん曰く、半年ほど前に新しく建て替えたらしい。黒に近いグレーの外壁に幅広のトリコロールが縦に走っていた。僕が住むアパートとは比較にならないほどクールな外観をしている。
ガレージを前にして「どうだい?」と得意気に言うグンさんに、「まあ、いいんじゃないですかねえ」としか言いようがなかった。
こう言ってはなんだけど、整備工場の事務所よりずっと大きく立派な構えをして、ガレージと事務所を入れ替えたほうが様になるように見える。ガレージはあくまでもグンさんのプライベートなものだから、どちらに力を注ごうと僕は口出ししないけど。そのうちスタッフから恨まれても知りませんよ。
グンさんはスクーターをガレージの側壁に寄りかからせると、ライダースジャケットの内ポケットから、おもむろにリモコンを取り出した。ガレージのシャッター開閉のリモコンだった。以前のガレージはシャッターを手で押し上げるタイプのものだったけど、今度のシャッターは電動式だ。
グンさんは胸の高さでリモコンを握りしめ、僕をキッと睨んで「ハイテク導入」とドスの利いた低い声で唸り、片方の口角を吊り上げ歯を見せた。これから金庫破りでもするかのようだ。僕は半ば呆れ顔で苦笑し、両の手のひらを上にして、どうぞ早くやってくださいなと扇ぐのだった。
太陽を背にしていた僕とグンさんの影が、クリーム色のシャッターにくっきりと投影されていた。ガレージに向けてリモコンのボタンが押されると、シャッターはカラカラと音を立て、じれったいほどゆっくりと上昇した。
最初、シャッターが床上に作り出していた横一直線の影は次第に朧なものになり、その境界を曖昧にさせた。徐々にガレージ内部が明るみになる。ガレージの中に潜んでいた二つの物体が、足元からベールを捲るようにして姿を露にした。
シャッターが上がりきると、「桃の節句はとっくに過ぎてるけど?」なんて無粋なことが口を突いて出そうになった。二つの物体を前にして、いったいどういうことだろうか? と或る疑問を覚え傍らのグンさんを見ると、無言であごに手を当てて無精ひげを撫でているだけだった。
グンさんの横顔を見て疑問を反復する。本当に、どういうことだろうか?
僕らの目の前に現れたのは二台のフォード・マスタング。正面を向き、横並びでこちらを見ていた。
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