グンさんと壊れた太鼓

 ジェームズ・ディーンにサヨナラすると、右手前方に廃車ヤードが見えてきた。この先に僕の行きつけの自動車整備工場がある。最寄りの整備工場ということもあるけど、車のこと以外にも何かと目をかけてくれる人がここの社長さんなのだ、たまにお節介だなと思うこともあるけど。僕がこの街に来てからの、六年ちょっとの付き合いになる。


 金網のフェンス越しは無数の廃車で覆われていた。廃車の配置はカオスのようでもあり、そこはかとなく理もあるように感じる。ふと、廃車ヤードと高台から見えた工場地帯が重なって見えた。似ても似つかないものなのに。

 親子亀みたいに廃車の上に廃車を積み重ねて核家族化している世帯が目立つ。二人か三人家族が多いのは人も廃車も変わらないのか。大きな山を成しているのは三世代同居かな。比較的新しいスポーツカーの上から、とうに現役を退いたエッジの利いたセダンが覆いかぶさっている。廃車ヤードの中に日本の縮図を見た気がした。

 僕が子供のころ、このような所はかっこうの遊び場となっていた。友達と一緒にかくれんぼや鬼ごっこをしたり、漫画を持ち寄って読みふけった記憶がよみがえる。ひょっとしたら、テル君たちも秘密基地の一つや二つは完成させているかもしれない。例えばまだ単身世帯のワンボックスカーの中とかね。機会があればテル君に訊いてみることにしよう。でもそうしたら秘密じゃなくなるのか。


 廃車ヤードの先に、整備工場の事務所であるプレハブのユニットハウスが見えてきた。プレハブの傍らには日に焼けたコカ・コーラの自販機が、その前に、僕を追い越していった軽トラックが停まっていた。

 軽トラックの運転手が荷台に寄りかかり、僕の到着を待ってくれていた。僕の姿を捉えると、手にしていた二本の缶コーヒーを高く掲げて小刻みに振ってみせた。この人が社長さんであり落書きの張本人、グンさんこと、郡司ぐんじさんだ。


 正確には知らなかったけど、グンさんは還暦前後だったはずだ。それなのに、上衣は黒革のライダースジャケットに下衣は極細のデニム、足元はチャッカブーツという出で立ちだ。この格好は、僕が初めてグンさんに会ったときから終始変わらない、真夏でも。流石に頭は白髪勝ちになっていたけど、年齢を感じさせないほど若々しく見えるのは、格好以上に普段の立ち振る舞いによるところが大きい。子供がそのまま大人になったような、そんな人だ。むしろグンさんより二回りは若年の僕のほうが、実年齢よりずっと老け込んで見えただろう。それくらい、僕には同年代の若者なら持っているであろう、熱情というものが欠けていた。


 グンさんが僕に缶コーヒーを手渡し、そして僕を少し見上げるようにして「背え、伸びた?」と訊いてくる。僕の身長は十代後半で止まっている、もちろん伸びているはずはない。これはグンさんが自分より背の高い人への第一声として決めている、いわばお約束の挨拶だ。

 ここで僕も「ええ、ソウル一枚分ね」くらい返せるノリを持ち合わせていればその後の会話も続くのだろうけど、いつも「伸びてませんよ」でぶった切っていた。持って生まれた性格なので、こればっかりはどうにもならない。打っても響かない、壊れた太鼓の僕だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る