わけありスティード
工場内の床上には、切断されたフレームの残骸や鉄管が転がっていた。その他にもグラインダーや溶接機のコード、ガスバーナーのホースなどが這いまわり、足を置く場所を選ばせた。細かな鉄片や鉄粉が、靴底でジャリジャリと鳴った。
テリーが格闘中だったフレームの随所は手が加えられ、原型とはかけ離れていた。ネック部分は長く伸ばされ、ヘッドチューブは極端に寝かせてある。完成形は、かなり長くなるスタイルと思われた。だが、例えるなら骨格標本の復元途中といった段階で、まだやるべきことは山積しているのだと言ったテリーは、実に淡々としていた。
「こりゃあ大手術だな」
頭のてっぺんから爪先まで、右半分だけ泥まみれになった三島が言った。この格好のまま駐在所に戻るのだろうが、どこ吹く風だ。
「いや、こんなもんだぜ」
左半分だけ泥まみれのテリーが言った。先の取組で寄り切ったと勝ちを確信したが、三島がうっちゃりを試みた。粘りに粘り、もつれにもつれ、二人同時に水を張った田んぼに身投げした。
三島が「同体だ! 取り直しだ!」と口から泥を吐き散らしつつわめいたが、全身泥まみれになるオチだけは避けたく、痛み分けとなった。
「これ、ビラーゴか?」と、フレームを見下ろして三島。
「いや、スティード」
興味がない者にとってはバイクなんてどれも同じに見える。ましてフレームだけとなっては尚更だ。テリーだって、ヒキガエルとウシガエルの見分けがつかない。
「なんで、わざわざ乗りにくくすんのかねえ」
どの口が言う。自分の爪先さえ見にくくなった腹を棚に上げ、しゃあしゃあと三島がぼやいた。残り半分のビールを一気に飲み干すと、空になったアルミ缶を両手で挟み、アコーディオンのようにぐしゃりと潰した。田んぼに突っ込もうが、手にした缶ビールを放さなかったのには感服する。
テリーからすれば、客がどんなスタイルで乗ろうが知ったことではなかった。伸ばしたけりゃ伸ばすし、詰めたけりゃ詰める。飛びたけりゃクスリを売る。それは冗談だが、とにかく金になることをやるだけ、そう割り切っていた。
◇後日談◇
よせばいいのに、結局このあと取り直しが行われ、勝負は決した。
決まり手はテリーの突き倒し。お手本のように綺麗に決まった。三島は、お笑い芸人も舌を巻くほどの飛躍を見せ、めでたく全身泥まみれと相成った。
「テリの富士い!」
田んぼに沈んでぴくりとも動かない三島を見下ろして、自ら勝ち名乗りを高らかにあげるテリーだった。
この取り組みで三島は左膝をぶっ壊して即入院。退院後も左足を引きずるように歩く羽目になる。言わんこっちゃない。警察もクビになった。
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