テリー

 三島が足を踏み入れたのは十五坪ほどの工場だった。H鋼の柱と梁、それとモルタル壁とコンクリート床。工場と言うより簡素な倉庫といった印象だ。場所柄、トラクターやコンバインを置いたほうがしっくりきそうだ。

 屋外に面したシャッターは開け放たれており、モルタル壁には大きなガラス窓が、広さに対していくぶん高く感じられる天井は、店舗に比べてずっと明るく開放的だった。が、暑さだけはいかんせん。焼けた鉄のにおいも鼻を刺した。


 テリーがいた。

 背中を丸めてしゃがみ込み、一通りの整備機器に囲まれて、フレームだけになったバイクを相手に格闘中だった。

 三島が入って来たことにも気がつかず、ひたすら作業に没頭している。当然、わずかながら冷蔵庫から三島の腹に重量が移行されたことも気づいていない。

 三島は端からカスタムには興味がない。鉄を切ったりくっつけたり曲げたりの何が面白いのかと、ただテリーの背後から傍観した。

 断続的にジージーと音を立て、溶接の青白いアーク光がほとばしる。アーク光が瞬くたびに、三島は大きな目を針のように細め、背けた。

 フレームから分離されたエンジンが、相撲部屋の親方が弟子の稽古を見守るように、無骨な台車の上でどっしりと構えていた。三島が台車のハンドルを、手にしていた缶ビールの底でコツコツ、と音を立てて叩いた。


 背後に人の気配を感じたテリーはようやく溶接の手を休め、毅然と立ち上がった。三島よりミカン一個分背が高く、スイカ二個分は細い。

 暑い最中、やはりテリーは革のライダースジャケットに袖を通していた。アメリカに行って何に感化されたのやら、帰国してからというもの、年中革のライダース一本で通していた。

 テリーは溶接面を脱いで大きく息を吐くと、堀の深い顔の谷をいっぱいの玉汗が流れた。尖ったあごと瘦せた頬の無精ひげには朝露までこさえている。ライダースの下に着たTシャツは、ホットミルクの表面に浮いた脂肪膜のように肌に張り付き、胸骨が浮かんで見えた。まんま長身痩躯の男だ。力士でいえばソップ型、かたや三島はアンコ型。なにやら面白い取組がみられそうな様相を呈していた。


 テリーは三島の姿を目にすると、聞き取れないほど小さな声で「よお」と低く言った。

「よくやるなあ」と呆れ顔で感心した三島。

「あんたもやってみ、痩せるぞ」

 テリーは両手にしていた革手袋をマジシャン顔負けの素早さで外し、決闘を申し込むかのように床上に放った。三島がそれに気を奪われ目を切った瞬間、テリーは電光石火の勢いで、ビア樽のような三島の腹を「前褌まえみつとった!」と鋭く叫んで諸手で掴み、そのまま工場外の田んぼの中へと寄り切った。


 共に四十過ぎ。いい年した大人の悪ふざけが許される、健全な田舎町だった。

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