三島(ヒト科ヒト属オス)

 クワクワッ、クワクワッ、クワクワッ――――


 アマガエルが合唱する農道を、自転車をこいでる警官がいた。カエルのような腹をして、それこそカエルのようながに股で、ぜえぜえ喘いでこいでいた。


 夏の日差しは容赦ない。

 茹でガエルになる前にとは言わないが、オアシスもといバイク屋へと足掻いていたのは、テリーの友人、三島みしまだった。

 テリーがこの地に店を構えてからの、十年以上の付き合いか。

 三島はしばしば巡回中に、テリーの下に顔を出しては冷やかしに来ていた。


 ほうほうの体でバイク屋に着くと、ハンドルを握っていた手を放し、腰とは思えぬ腰に当て、ひとまず呼吸を整えた。

 カエルのようにぴょんとはいかず、よっこらせ、っと自転車を降りた。

 自分の体重に耐えたタイヤを見ては、「大したもんだ」と労った。


 腹をゆらして店舗に寄って、冷気を期待してガラス戸を引くと、出迎えたのは熱気だった。クーラーが効いていないとは殺生だ。

 しかめっ面で舌打ちし、日焼けした顔を突っ込んだ。顔の大部分をしめる大きな目玉を、カエルのようにぎょろぎょろさせた。


 商売っ気がないのだろう。いつ来ても店舗の灯りは点いていない。広さは十台ほどのバイクを二列で並べるのが精いっぱいだ。

 バイクはいつもと変わらぬ顔ぶれ。バイクに鮮度というものがあれば、いまごろとっくに干からびている。

 バイクが並んだその奥に、電話が置かれた事務机があったが、そこに腰をすえてるテリーの姿を三島はほとんど見たことがない。線が切れているんじゃないだろか? 

電話が鳴る音なんてのは一度だって聞いたことがない。


 テリーは大抵、店舗の奥の工場に入り浸っている。この日もほら、工場の方から

ジージーと溶接をする音がする。


 ジージー、ジージー、ジージー。

 背後からアマガエルが被せてくる。

 クワクワッ、クワクワッ、クワクワッ。


 「じゃまするぜえ」

 三島は店舗の敷居をまたぐと、やかましいぞと言いたげに、後ろ手でガラス戸をピシャリと閉めた。

 カエルの合唱が、1オクターブ下がった。

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