第4話
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「キミの話が聞きたいな。キミと幼馴染さんの話」
幽霊さんが歩きながらそう言うので、特に面白くもない僕の話をした。
たとえばあれは、奈月と旅行に行ったときだった。
家族ぐるみの付き合いだったため、僕の家族と奈月の家族で旅行に行ったことも何度かあった。確かその時は伊豆を訪れていて、小学生ながら早熟だった僕らはどこに行ってもある程度楽しむことが出来た。定番の神社や熱海の風景に触れても、全然退屈しなかった。
事件は、夜に起こった。
家族ごとに宿の部屋は分かれており、夕飯を食べ終えるとしばらくは両親と他愛のない話をしていた。僕は自販機でジュースを買ってくると親に告げ、500円玉を握りしめて一階に降りた。階段を下る僕はなぜか早足になった。そこに、奈月もいるという確信があった。
案の定、奈月は赤いコカ・コーラの自販機の前にいた。ジュースを選ぼうとするよりは、僕を待っていたような表情だった。自分の予想が当たっていて嬉しかったのか、僕は少し熱に浮かされてしまい、こんな提案をしてしまった。
「奈月、ちょっとだけ冒険しよう」
そう言って、自動ドアの外を指さす。普段から優等生タイプの奈月は初めは渋ったが、僕の執念に最後は折れた。かくして、奈月と二人で熱海の町へ繰り出したのだ。時刻はまだ20時すぎくらいだったけれど、僕らにとってはもう充分に夜だった。
威勢よく出発したは良いものの、熱海はかなり複雑な町だった。港からは船の動く音が聞こえ、町では人々が皆浮かれているように見えた。喧噪に揉まれるうちに経路を見失い、あっという間に帰り道が分からなくなった。
迷子になったことを悟ったのか、奈月は僕の服を掴みながら歩いていた。発案者の僕はできるだけ冷静なフリをしながら、来た道を必死に探そうとしていた。僕はそこまで賢くなかったのでことの重大さに気づいていなかったが、聡明な奈月は早い段階から知らない土地で迷子になることの重さを理解していたのだと思う。
時間の経過とともに不安になっていく奈月を落ち着けるため、僕らは近くのベンチに座った。いつもは僕が奈月の立場なのに、僕が奈月を宥める構図が不思議だった。
「落ち着いた? 奈月」
ふるふる、と奈月が首を振る。ショートカットが寂しげに揺れた。
「じゃあ、こうしよう」
僕は奈月を落ち着けたい一心で、彼女の手を握った。一瞬びっくりした顔をしてから、奈月は少し笑った。
それからどれくらいそうしていたかは分からないが、宿からいなくなった子供たちを捜すため、両親は警察に連絡を入れていた。その捜索願はすぐに達成された形になるのだけど、案の定僕らはこっぴどく叱られた。発案者の僕は特にだ。おかげで、残りの旅行は全然楽しくなかったのを覚えている。
しかし、その事件をきっかけに、僕は決定的な勘違いをしてしまうようになった。僕が奈月を支えに生きているように、奈月も僕という存在に助けられていると思い込んでいたのだ。
普段から「ゆうくんと居る時が一番楽しいよ」といった言葉をかけられていた僕はすっかりそう信じていた。これもまた、僕の人生が狂った元凶だった。
そんな具合に昔の話をいくつかすると幽霊さんはきまって「なるほどねえ」と意味深に笑う。よくわかんない人だな、と思いながら嫌な気はしていなかった。
「それにしても、キミは本当に変人さんなんだね。普通、理想の夏を幼馴染に押し付けたりする?」
「今はそう思えますけど、当時の僕の世界は奈月しかいなかったんですよ。井の中の蛙が見ている世界は狭いかもしれないけど、それが世界であることに変わりはないのと同じです」
「じゃあさ、私にも教えてよ。キミの想う『最高の夏』ってのを。幽霊にとって季節なんてあってないようなものだからね。たまには夏らしいことをしないと、退屈で死んじゃうよ」
幽霊なのに死んじゃうんですか? と冷やかそうとしてやめた。それは比喩でもなんでもないような気がした。
「……分かりました。でも、僕の未練の方もちゃんと手伝ってくださいよ」
「分かってるって。まずは何からやればいい?」
「そうですね、手始めに『少年、こんなとこで何してるの?』って小悪魔っぽく話しかけてきてもらっていいですか。首を30度ほど傾けて、麦わら帽子のつばに手を添えるとベストです」
「ちゅ、注文が多いね……」
「当然です。妥協はできませんから」
幽霊さんは軽く引いていた。
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