9. 蛍の一言
そこからは、ダラダラと遅い車に従いながら、登っていき、途中で「都民の森」と書かれた看板の前を通過し、約15分ほどで、視界が開ける場所に出ていた。
眼下に奥多摩湖を見下ろせる高地まで上がってきており、カーブの手前の駐車場で、先頭の蛍が右折した。
「やっと着いたね」
と、バイクからゆったり降りて、柵の方に向かって歩き始める蛍と、
「おおー、いい眺め」
と言いながら後を追う京香に対し、真姫は、鋭い視線を脇に向けていた。
こちらをじっくりと見ているその視線に嫌な物を感じていると、その男たちの脇にあったバイクに見覚えがあることに気づいた。
(あいつら。さっきの暴走ライダーども)
関わり合いになりたくない。
咄嗟にそう思って、真姫は二人の後を追った。
柵の手前からは、眼下に広がる緑の大地、その向こうにぽっかりと穴を開けるように広がる奥多摩湖の雄大な景色が広がっていた。
そこで、盛んに写真を撮り、SNSにアップしたり、LINEを杏に送ったりしていた彼女たちだったが。
足音が近づいてきて、真姫は嫌な予感がした。
「ねえ、どっから来たの?」
「俺らと一緒に走らない?」
言うまでもなく、彼らだった。
相手は3人組。
1人は、頭を金色に染め上げた若者で、黒い革ジャンに、黒い革パン姿。最初に声をかけてきた男だ。
1人は、茶髪のロン毛で、耳にピアスをしており、黒いジャケットにジーンズ。2番目に声をかけてきた男だ。
1人は、一番まともそうに見えるものの、服の上からでもわかる筋骨隆々とした男で、角刈りの頭と、鋭い目つきが威圧感を感じる。この男だけは黙っていた。
いずれも真姫が苦手なタイプの男たちだった。
「えーと、府中から」
それでも、人当たりのいい京香は、一応、無難な会話をかわしていたが、真姫は正直、嫌だと思っていた。
だが、男たちは諦めそうにもなかった。
どうしようか、と思っていると。
「お断りします」
意思の強そうな瞳を向けて、はっきりと、否定の言葉を口にしていたのが、あの蛍だった。
真姫にとっては、それが一番意外なことでもあり、初見からどこか「おっとり」していて、どちらかというと「気弱」にすら思っていた少女だった彼女が、一番強気に否定の言葉を口にしていた。
「んな、つれないこと言わないでさあ」
「私は、あなたたちみたいに、ルールも守れない、暴走ライダーは嫌いなんです。しつこいようなら、警察に連絡しますけど」
いつもの彼女からは、想像もできないような、ハキハキとした口調で、真っ直ぐに相手を見つめる、というよりも睨みつけるように言い放っていた。
「ちっ」
「つまんね」
その一言が利いたのと、このやり取りが、実は周りにいた、数名の観光客の注意を引いており、視線が集まっていたこともあるのだろう。
男たちは、諦めて、何も言わずに去って行き、それぞれのバイクにまたがった。
そして、爆音と共に去って行くが、改めて近くで聴くと、明らかに違法改造したような、基準値を超えた爆音だった。
(うるせーな)
内心、改めて真姫はそう思っていた。
「いやあ、すごいね、蛍ちゃん! ありがとう!」
一方で、京香は感動しているようで、蛍の手を握っては感謝の言葉を述べていた。
「いえいえ。私、北海道生まれで、地元ではああいう暴走するバイクや車は多いんだけど、北海道は道幅が広いから、まだいいんだべ。ここであんな走りしちゃ危ないっしょ」
謙遜していたが、真姫も彼女なりに驚きと共に内心、感謝の意を胸に抱いていた。
「マジで助かったよ、蛍ちゃん。私も、ああいうライダーって嫌い。バイク乗りのイメージを悪くしてるのは、大体ああいう奴らが原因」
そう常々思っていたことを口にしていると、
「ホントだよね。そんなにかっ飛ばしたきゃ、サーキットにでも行けっつうの」
「その割には、京ちゃん、全然文句言えてなかったよね。怖かったの?」
「別に、怖くないし!」
京香と真姫のやり取りを見て、蛍は突然、くすくすと小さく笑い出した。
その笑顔が、どこか純粋で、年相応に可愛らしいものだと、真姫は感じていた。
「なに、蛍ちゃん?」
「いえ。お二人とも仲がいいなって」
改めて、そう言われると、何だか照れ臭いというか、気恥ずかしさを覚え、真姫と京香は視線を逸らしていた。
だが、真姫にとっても、言いたいことを全部言ってくれた、蛍には感謝の気持ちしかなかったのだが。
もし、真姫一人の時に、誘われたら同じようにきちんと否定できるか、あまり自信がなかった。
同時に思い返していた。秩父で京香が彼女に言った一言を。
(人は見かけに寄らない、か。それは蛍ちゃんにも言えるな)
ともかく、彼女たちにとって「鬱陶しい」暴走ライダーたちは去って行き、ツーリングは続く。
というより、まだ始まったばかりだった。
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