2章 奥多摩

8. 暴走バイク

 初めてのまともなツーリングを無事に終えた真姫だったが、次のツーリングは一人で行こうと、薄っすらと考えていた。


 そんな10月中旬。前回のツーリングから1週間も経っていない平日の夜。自宅でくつろいでいた彼女の携帯にLINEメッセージが届く。


 それは、親友の京香が勝手に登録していたLINEグループからだった。

「今度の日曜日。みんなで奥多摩に行かない?」

 発信者は、蛍とあった。


 秩父で出会った、あの北海道弁をしゃべる、おっとりした少女だ。

 しかし、


「マジ? 行く行く!」

 と、速攻で返信してきた京香に対し、


「ぴえん。その日、バイト~。いつメンで行きたかったけど、つらたん」

 妙な顔文字と、泣き顔のスタンプを送ってきたのは、言うまでもなく、ギャルの杏だった。


「真姫ちゃんは?」

 情勢を見守るように黙っていた彼女の元へも当然、誘いが来る。


 当初、一人で行くつもりだった真姫の行き先は、実は奥多摩だった。

 行き先が同じなら、別に断る理由もなかったし、苦手な杏が来ないなら、ちょうどいい。


 そう思い、

「いいよ」

 とだけ返していた。


「したっけ、待ち合わせだけど~」

 北海道弁でメッセージを送りながらも、可愛らしいスタンプをつけてくる蛍が、何だか女子力高いと感じながらも、見守っていると。


 真姫と京香だけなら、いっそ自宅待ち合わせでも良かったが、はるばる横浜からやってくる蛍のことを考慮し、待ち合わせ場所は、またも道の駅八王子滝山になった。


 もっともこの辺りには、コンビニは多いが、道の駅は少ない。

 最近では、長時間停めていると、店側からクレームが入ることも多いコンビニよりは、道の駅の方が都合が良かったという理由もあった。


 当日の天気予報は、曇り後晴れ。少し微妙な天気ではあったが、こうして次のツーリングが決まる。



 待ち合わせ時間は、午前8時。これは、あまりにも早く行くと、奥多摩周遊道路が開いていないからだという。

 奥多摩周遊道路は、夏季は午前8時から開いているが、10月のこの時期は、9時にならないと開かない。


 いつものように、余裕を持って、自宅を7時10分過ぎに出発した真姫。

 7時40分頃に、道の駅の入口付近にある、二輪車用駐車スペースに行くと、早くも見知った顔があった。


 カワサキ特有のライムグリーンに包まれた、軽二輪車、カワサキ ニンジャ250。ハンドル付近に黒いフルフェイスヘルメットが架かっていた。その傍らにいた少女は、丸顔で垂れ目で、天然パーマみたいな巻き毛と、茶色のライダースジャケットが特徴的だった。


「おはよう、真姫ちゃん」

 この間、知り合ったばかりなのに、もう数年来の友達のように、気軽に挨拶をして、笑顔を見せるのは、蛍だった。


「おはよう」

 何だか照れ臭くなって、ついぶっきらぼうに挨拶をしていた真姫を見て、彼女は何も言わずに、ただ微笑んでいた。


 早速、二人でその日のプランを話し合っているうちに、時刻は7時55分。待ち合わせ5分前になっていた。


 そこへ猛烈な勢いで、滑り込むようにして入ってきたのが、例の白いPCX150だった。

「いやー、ごめん、ごめん。寝坊した!」

 赤いジェットヘルメットを脱いで、屈託のない、悪びれてもいない、笑顔を見せたのは、もちろん京香だった。


「一番張り切ってたくせに、ギリギリかよ」

 鋭く突っ込む真姫に、


「まあまあ、真姫ちゃん。間に合ったんだからいいっしょ」

「そうだよ、真姫ちゃん。細かい奴は男に嫌われるよ」

 逆に蛍と京香に責められ、


(なんで私が悪いみたいになってんだ)

 真姫は内心、納得がいかなかった。


 早速、出発する3人。先頭は蛍、真ん中が真姫、最後尾が京香になった。

 インカムについては、今回は時間がなくて、つけていないし、杏がいないことで、蛍も持ってきていなかった。


 都道を乗り継いで、あきる野市に入る。この辺りまでは、まだ都内でも住宅街だから、信号機の数が多い。


 その多さにうんざりしながらも、何とか武蔵五日市むさしいつかいち駅のある交差点までたどり着き、左折。


 そこから先は、信号機が少ない一本道になり、次第に緑が濃くなっていく山道だった。


 「山梨県道・東京都道33号上野原あきる野線」。それが正式名称だが、檜原ひのはら村を通過することから、「檜原街道」とも呼ばれる。


 休日には、東京都・埼玉県・神奈川県などの近隣のライダーが数多く集まり、走るツーリングスポットとしても有名だ。


 その道をさらに数十分走り抜けると、ようやくカーブが多い、深い山道に入って行く。


 道は、やがて「東京都道206号川野かわの上川乗かみかわのり線」と名を変え、そして、奥多摩周遊道路が有料道路だった頃のゲート前を通過し、いよいよ奥多摩周遊道路に入って行き、上り坂になっていく。


 前方には、車が何台かいて、当然バイクよりも上る速度が遅く、それにつられて流れが悪くなっていた。


 だが、ここは「追い越し禁止」区間だ。


 そして、この時、真姫は後方から迫る爆音を聞いていた。


 台数は3台。

 異常に甲高いエンジンの音を轟かせながら、対向車線にはみ出して、強烈なスピードで迫ってきたバイクたち。


 あっという間に真姫の横をすり抜けて、1台のバイクがかっ飛ばして行き、続いて2台、3台と同じように抜いて行き、対向車線にはみ出しながら、前方の車をどんどん抜いて上がって行った。


(危ねーなあ)

 真姫にしてみれば、慣れていないのに、恐ろしいほどのスピードで平然と追い越し禁止を無視して、しかも明らかにスピード違反でかっ飛ばしており、横を通られる時は恐怖すら感じていた。


 明らかに制限測度を越えており、恐らく80キロ以上、いや100キロ近くは出しているだろう。


 その時、真姫の目に止まったのが、道路脇にある看板だった。


 地元警察署からの「安全運転のお願い」と書かれてあり、


1. 制限速度(40キロ)を守る

2. カーブの手前では減速する


 と書かれてあり、その下に書かれてあった項目が、まさにこの辺りを象徴していた。


「けがをしますと病院に収容されるまで約2時間かかります」


 実際に、この辺りには病院がない。救急車を呼んでも片道で1時間、往復で2時間はかかるから、重症を負えば、その間に亡くなる人も多い。


 それを見ていた真姫は、先程の暴走ライダーたちを思い出し、

(死ねばいいのに)

 普段、滅多に他人には見せない、「黒い感情」が湧き上がっていた。


 真姫は、「バイクを速く走らせる」ことが偉いと思っていないし、「安全運転」の方が重要だと思っているのだ。


 だが、奥多摩周遊道路には、この手のやからが多いのも事実だった。

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