7. 帰り道

 秩父の日帰り温泉施設で、まったりしてから出発したのが、午後4時半頃だったのだが。


 秩父中心部に戻ってくると、早くも京香の危惧していた事態になっていた。


 渋滞である。

 特に国道299号と140号が交差する上野町の交差点。ここが常に渋滞する。しかも晴れた秋晴れの土曜日の夕方。


 そのほとんどが東京か埼玉方面に帰る、行楽目当ての車列だった。


 京香について行きながらも、うんざりするくらいの大渋滞に巻き込まれ、ふとナビに使っていた携帯のマップを見ると、自宅到着時間が、通常よりも30分以上もかかり、たった80キロ弱の距離で、2時間半以上もかかることがわかった。


(マジか。ダルい)

 それが真姫が感じた、正直な気持ち。


 そのままうんざりするような、だらだら、のろのろの運転が秩父から隣の横瀬よこぜ町の坂まで延々と続いている。


 日の入りの時間まではもう1時間もない。暗くなると色々と面倒であり、かつ運転に慣れていない真姫にとっては、余計に億劫になる。


 だが、秩父から東京方面に最短で帰る道は、ここしかない。

 国道299号の片側1車線の道を延々と走る、というよりも進んでは停まり、停まっては進むを繰り返す。


 その度に、いちいちシフトチェンジを強いられる250ccのミッションバイク。それが真姫には、煩わしく感じられた。


 結局、来た時に立ち寄った、道の駅果樹公園あしがくぼをようやく過ぎ、出発から30分以上もだらだらと渋滞に巻き込まれており、すでに陽が西の空に傾き、辺りが徐々に漆黒の闇に包まれていく中。


 正丸トンネル手前の交差点で、満を持したかのように、京香のバイクが右折のウィンカーをつけた。


(あの道を通るのか、京ちゃん)

 来た時に通った、あの細い県道の山道だ。


 ただ、あそこはロクに街灯がない。

 そのことを危惧しており、すでに辺りが闇に覆われ始めていたから、真姫は内心では不安だった。


 それを知ってか、知らずか、京香は県道53号に入ると、一気に加速した。


 まだ不慣れな真姫は、驚きつつも、何とか後に続くが、どんどん引き離される。

(急いでいるな)

 そう、真姫としては感じられるくらい、京香が焦っているようにも見えたが、恐らくは完全に暗くなってしまう前に、この厄介な峠を抜けたいのだろう。


 だが、そんなことで、事故を起こしてしまったり、転倒するのも嫌だった、真姫はマイペースで走り、闇が迫るこの小さな峠を、慎重に抜けていく。


 辺りが暗がりに包まれ始める中、ようやく開けた道に出る。

 行きでも通った名栗湖に至る道の途中だ。


 その途中にある、トイレが併設された、駐車場に京香のPCXが入って行くのをかろうじて後ろから視認した真姫は、緩やかなスピードで入った行き、そのバイクの隣に停める。


「いやー、混んでるなあ。やっぱ土曜日の秩父は、マジ混みだわ」

 ヘルメットを脱いで、深く息を吸い込み、伸びをしながらも、京香が明るい声を上げていた。


「マジで渋滞で疲れるな」

 同じように、腕を少し伸ばしながら、宵闇に包まれる名栗の里に目を向けた真姫。


「でも、真姫ちゃんは、マイペースだねえ。全然急がないし」

「悪い?」

「いや、全然。むしろ、いいんじゃない? バイクに乗ると、みんなスピード出したくなるからね。それで調子に乗って事故った奴は多いし。真姫ちゃんくらい、のんびりしてる方がいいのかもね」

 自分を振り返るかのように、京香が呟く。


 しばらくこの駐車場で休んだ後、

「んじゃ、行きますかー。あ、途中でコンビニ寄ってくからね」

 そう言い残して、彼女は再び先頭を切って走り始めた。


 すでに、日は暮れており、夜間走行になるが、いつも走っている都内の明るい道とは違い、ほとんど小さな街灯だけが頼りの、頼りない田舎の道が続く。


 真姫は、やはり慎重にスピードをコントロールしながら、PCXのテールランプを目印に、ペースを崩さずに走って行った。


 そこからは、混んでいなければ1時間ほどで到着できる距離なのだが。


 当然ながら、道は混んでいた。

 京香は、来た時とは違うルートを選択し、青梅秩父線から県道を乗り継いで、都道44号と呼ばれる道に入っていた。


 だが、そこからはまたも渋滞する。1車線しかない上、道幅も狭く、すり抜けもやりづらいし、そもそも真姫のことを気遣ってか、京香はすり抜けをやらなかった。


 全然進まない道にうんざりしながらも、真姫は途中で、これが国道16号に続く道で、その交差点付近で、詰まっており、進まないことに気づいた。


(たったの20キロほどの道で、これか。ホント、都内は疲れるなあ。自転車の方が速いんじゃない?)

 そう思うほど、信号機のあまりの多さと、交通量の多さに、参っていた。


 ようやく国道16号に入り、車線が2車線に広がるも、そこから先はまたも渋滞。


 のろのろ運転の連続に、スタートとストップを繰り返しすぎ、そしてシフトチェンジのしすぎで、左手が痛くなってくる。


 ようやく、街道沿いにあるコンビニに、京香が停まった。

「やっと近くまで来たね。あとちょっとだよ、真姫ちゃん」

 コンビニで、冷たいココアを買ってきた、京香はそう言って、彼女に微笑んでいたが。


「マジか。まだ渋滞してるんだね」

 真姫は、携帯でマップの交通情報で、道が真っ赤に染まっている様子を見ながら嘆息していた。


「ま、しょうがないよ。それでどうだった? 初めてのツーリングは?」

 感想を聞かれるも、真姫は正直な気持ちを吐露していた。


「面白いんだけど、この渋滞、何とかならないわけ。私は、『のんびり』走るのは好きだけど、『のろのろ』走るのは好きじゃない」

 不満そうな表情を浮かべる、真姫に対し、京香は、その答えを予想していたかのように、笑顔のまま、


「マジ、それなー」

 と言った後、ココアを口に含んで一飲みしてから、


「都内はこれがあるからね。それが嫌なら、めっちゃ早朝に出て、さっさと帰ってくるか、深夜までどこかで時間を潰すか。それが一番、賢いやり方だね」

 そう口にしたので、真姫は、


「面倒」

 とだけ呟いており、その様子に京香は、満足気に頷いていた。


 その後、幾度かの渋滞、のろのろ運転に巻き込まれ、府中市にたどり着いた頃には、時間はすでに午後7時前後になっていた。


 最後に近くのコンビニでもう一度休憩してから、二人は別れた。


 ようやく家にたどり着いた真姫は、内心、ホッとしながらも、

(渋滞ほど時間の無駄遣いはない。日本人は、ホントみんな同じことして、『並ぶ』のが好きだよね)

 そういう思いを強く噛みしめているのだった。


 のんびり、マイペースで走りたいけど、でも渋滞にハマって、のろのろ運転するのは、疲れるし、好きじゃない。


 その「バイク乗り」のジレンマを経験し、彼女は、帰宅後、ネットで「混まない。走りやすい道 関東」と検索をするのだった。


 真姫の、初めてのまともなツーリングは終わった。

 彼女の前に、意外な誘いが来るのは、もうすぐだった。


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