6. 変り者たち
向かった先は、秩父高原牧場。
この店から15キロほど、25~30分程度で行ける。文字通り高原にある牧場で、そこのソフトクリームが美味しいということだった。
秩父の市街地を抜け、次第に標高が上がって行き、やがて着いた場所は、乳牛が放牧されている、文字通りの牧場だった。
眼下に広がる秩父山系を眺めながら、下界よりも涼しい風を浴びる中、牛を見ながら食べるソフトクリーム。
これには、真姫自身も、悪くないという思いがしていた。
「真姫ちゃん。ツーリングにソフトクリームは鉄板なんだよ」
「そうなの?」
「いぇあ。ま、OC」
「……誰か訳して」
眉間に皺を寄せた真姫の真剣な表情と一言に、親友の京香が笑いながら、食べていたソフトクリームを口から離し、
「うん。マジで美味しいだって」
「あ、そう」
(やっぱわかんねー)
改めて、パリピの言葉、というよりも、もはや「若者言葉」を理解していない真姫であった。
「私ら、この後、ベッケンバウアーだしー。今日は、おつー」
しかも、そのギャルは、あっさりそう言って、杏を引き連れて帰ろうとしていた。
京香は、そんな彼女にLINEの連絡先を聞いており、しかもLINEグループまで作り、勝手に真姫を登録して、ツーリンググループを作っていた。
別れ際。
「おつー。マジ激アツだったわ。また呼んでくれたら、秒で行くし」
「ありがとう、2人とも。したっけ」
ギャルでパリピの杏、道産子の蛍は、そう言い残して、それぞれのバイクで去って行くのだった。
その後ろ姿を見送った後、
「京ちゃん。勝手に登録しないで」
少し細目で睨みながら、彼女に声を発する真姫に対し、京香は微笑みを返しながら、
「言うと思った。でも、真姫ちゃん。杏ちゃんに気に入られたよ」
そう切り返してきたので、真姫は、
「いや。私はあいつに誘われても、絶対ツーリング行かないけど」
苦々しげに呟いており、京香は笑いを堪えていた。
だが、遠くの景色に目をやりながら、彼女は珍しく真剣な表情になっていた。
「でもね、真姫ちゃん」
「ん?」
「人は見かけに寄らないものだよ」
京香はそう言ったが、真姫にはどうしても、あのギャルが「そういう風」には見えないのだった。
蛍や京香が言ったことの意味を、真姫が理解するのは、もう少し先のこととなる。
時刻は、まだ午後1時半頃。
まだ日が傾くには時間があった。
「次、どこ行くの?」
「そうだねー。今日は、まだ慣れてない真姫ちゃんをあまり走らせたくないから、温泉行こっか?」
「温泉? あるの?」
「そりゃ、あるよ。着いてきなー」
早速、京香に先導されて向かった先は、山を降りて荒川を渡り、30分ほど走った先にあった。
この辺りに、いくつかある「日帰り温泉」施設の一つで、田舎の風景の中に、佇む和風建築が特徴的な、大がかりな施設だった。
タオルを持ってきていなかった真姫だったが、ここはわざわざタオルが最初から用意されており、それがあらかじめ料金に含まれていた。
多少、割高にはなるが、その分、湯船の種類が豊富で、たまに「イベント風呂」のような特殊な配合を使った湯船が展開される。
そこで、京香と共に、お湯に浸りながら、真姫は思い出していた。
「ねえ。京ちゃん」
「なに?」
「あの子たち、インカム使ってたけど、私たちも使う?」
すると、一瞬、考えたような素振りを見せた後、遠くの景色を眺めながら、彼女は口を開いた。
「真姫ちゃんが、またあの子たちと一緒に行きたいって言うなら、買ってもいいんじゃない。私はどっちでもいいよ」
「いや、私は京ちゃんと話したいだけ」
それを聞くと、京香は隣に佇む真姫に、柔らかく微笑みを返し、
「もう、可愛いなあ、真姫ちゃんは」
と言ってきたため、
「別に。そんなんじゃないって」
慌てて、かぶりを振っていた真姫。
「真姫ちゃんは、きっと一人でツーリングに行く方が好きかもしれないけどさ……」
そう呟いてから、彼女は少し言い淀むようにして、言葉を切ってから続けた。
「みんなで行くツーリングも楽しいもんだよ」
「そうかな」
「そうだよ。一人でも仲間と一緒でも、楽しい。それがツーリング」
「まだ私には、よくわからないけど」
「真姫ちゃんは、ちょっと変わってるからなあ」
「京ちゃんがそれ言うの?」
「あははは」
風呂場で思いっきり笑いながらも、彼女は、人差し指を真姫に向けた。
「いい、真姫ちゃん? 『バイク乗り』ってのはね。みーんな『変り者』なんだよ」
それが、きっと京香が一番言いたかったこと。
真姫は、瞬時に察した。
同時に、思い返してみても、確かに今日、出逢ったあの二人は、少々「変わっていた」ように思えたし、真姫自身が自分を「人とは少し違う」ように感じていた。
流行にも、一般的な女子高生が興味を持つ話題にも、ファッションにも、音楽にも、映画にも、あまり情熱を傾けるくらい好きになることはなかった。
ただ、「バイク」だけは、どこか違うように感じるのだった。
「じゃあ、帰ろうか?」
「うん」
「家に帰るまでがツーリングだよ」
「わかってる」
陽はまだ高いところにあったが、それでもまだ「慣れて」いない真姫を、心配してか、近場にも関わらず、京香は早めに帰ることを提案していた。
もっとも、これには別のもう一つの理由も絡んでいたが。
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