5. 秩父の名物
改めて、見ると。
ギャルの白糸杏のバイクは、黒と白を基調としたカラーリングのスズキ GSX250Rだったが。ヘルメットを思いっきりデコっており、何だかよくわからない花柄やら、プリクラのような物が貼ってあり、しかもピンク色の派手派手だった。
一方の、道産子の若松蛍のバイクは、カワサキ ニンジャ250。カワサキのイメージカラーとも言える、ライムグリーンの車体が美しい、まだ新車に近い状態の新古車だった。ヘルメットは、彼女だけフルフェイスの黒いヘルメットをかぶっていた。
「とりま、秩父湖行って、ワンチャン、大滝でフロリダ後、あたしのふぁぼのわらじカツ丼で、おけ?」
「りょ」
杏と、京香はすっかりわかり合っているみたいだったが、会話内容もロクにわからず、何が何だかわからないまま、真姫は着いて行く羽目になった。
先頭は、パリピギャルの杏、2番手は道産子の蛍、3番手に真姫、そして最後尾が京香という順番で、即席マスツーリングがスタートする。
だが。
(流れ悪いなあ)
国道299号から、秩父市内に入り、国道140号に抜け、そのまま真っ直ぐ奥を目指すだけなのだが。
やたらと流れが悪く、しかもほとんどが1車線で進まない。
休日はいつもこの辺りは混み合うが、天気がよく、しかも午前9時を過ぎた辺りだとなおさら混むのだ。
そのまま流れの悪さがずっと続き、道の駅あらかわを越え、荒川の橋を越えた辺りからようやく流れが良くなってくる。
見ると、先頭の杏と2番手の蛍が、口を開いている。何か話しているように見える。
聞こえないはずなのに、何故だろう? と真姫には不思議に映った。
秩父鉄道
休日のその日、どちらの車線もライダーの姿が多く見られ、時折、手を上げて「ヤエー」をしてくるライダーもいた。
(速いな)
ただ、真姫は、先頭を走る杏が予想以上に速いことに気づいていた。
マスツーリングの常で、速い奴のペースに引きずられる。それが「遅い」真姫には少し苦痛に思えた。言い換えれば「ついて行くだけでやっと」の状態だった。
やがて出発から1時間ほどで、ようやく目的地にたどり着く。
そこからは、荒川の流れ、そして秩父湖が眼下に見下ろせる、絶景が広がる。新緑に映えるダム湖が圧倒的な存在感と共に広がる。都内では到底見ることができない光景だった。
(おお。いい眺めだ)
初めて見る絶景、そして天気が良かったその日、真姫の目には陽光に照らされて、キラキラと光る湖面、果てしなく広がる青空が目に焼き付いた。
そうして、柵の前で感動のあまり、携帯で写真を撮っていると、いつの間にか隣に例のギャルが来ていて、
「ヤバみ?
と聞いてきたので、真姫は、
「はあ? 沸く? 何それ、意味わかんないだけど」
と返したので、彼女は大袈裟に笑い出し、
「きゃははは! 草! あんた、イケボだし、あたしは、すこ」
真姫には、杏が何を言っているのか、正確にはわからなかったが、何故だか気に入られていた。
(こいつ、苦手)
一方の真姫は、やはりこのギャルの妙なテンションには、ついていけないのだった。
時刻は、10時を回ったところ。
「どうする? もう店、行く?」
携帯を見ながら、京香が杏に質問していた。
「そだねー。ここから1時間くらいかかるし、どうせ行列できるっしょ、あそこ?」
代わりに、道産子の蛍が杏に尋ねていた。
「あーね。大滝寄ったら、無理ゲーだし、いいんじゃね?」
という、杏の「鶴の一声」で4人は、杏の先導の元、再び来た道を走り出す。
道すがら、真姫が観察すると、面白いことがわかった。
(あいつら、通信してるのか)
それは、杏と蛍がインカムらしき物を装着し、走行中も話していることだった。
どうやら小型のインカムを装着しているようだった。
1人で走るのが好きで、そういう発想すらなかった、真姫には少し新鮮な物に映るのだった。
結局、11時の開店の少し前に店に着いた時には、もう駐車場に車やバイクがいっぱいで、行列が出来ていた。
西武秩父駅にほど近い、その「わらじカツ丼」屋は、秩父では一、二を争うくらいの人気店だという話だった。
待っている間に、
「ここ、マジで飛ぶぞ。時差スタグラムでも、うぷするのがよき」
「おけ。後でうぷするンゴ」
杏と京香が盛り上がる中、会話が成立しないであろう、真姫は、隣にいた、まだ会話が通じそうな蛍に、尋ねていた。
「ねえ。二人はインカム使ってるの?」
「うん。あると色々、便利だよ。トイレ行きたくなった時とか、渋滞でわやになった時とか、すぐに連絡取れるし」
「わや?」
「ひどいって意味」
「なるほど」
まだ、この子の方が、話が通じる。少なくとも、あのギャルはよくわからない。と、真姫が思いながら、自然と杏の方に視線を向けていたのが、わかったのだろう。
「杏ちゃんはね。ああ見えて、優しい子だよ」
まるで見透かされるように、彼女に先を越されて言われていた。
「え、マジで? 全然そんな風には見えないけど」
「杏ちゃんの家は、ちょっと特殊なんだよ。まあ、詳しくはいずれ本人に聞いてみるといいよ。私の口から勝手に言うのもあれだし」
蛍は詳しくは語ってくれなかったが、真姫には、あのパリピギャルの杏が、「優しい」ようには、どうしても見えないのだった。
結局、30分近くも並び、ようやく中に通され、さらに20分近くも待たされて、ようやくそれが出てきた。
わらじカツ丼。
ここ、秩父地方の名物、B級グルメの一種で、巨大な「わらじ」のようなカツがご飯の上に乗っていることから、この名がある。
本来なら、「男子」が食すようなもので、あまり女子グループで食べに行くようなものではない。
だが。
「とりまヤバたん! バイブス、爆上げ!」
ギャルの杏のテンションは、めちゃくちゃ上がっており、すごい勢いで、カツ丼を口に運んでいた。
初めて食べる、わらじカツ丼。
正確には、その店の味は「豚みそ漬け」という、秘伝の特製のタレを使った「豚みそカツ丼」に近いが、食べる前から、すでに味噌と炭の香ばしい香りが鼻腔をくすぐっていた。
真姫にとっては、初めての体験だったが、一口含むだけで、口中に広がる濃い味噌と、豚肉の何とも言えない味わいが、新鮮且つ食欲をそそるものだった。
あっという間に4人とも食してしまう。
しかも、昼時、土曜日ということで、次から次へと客が行列を作っており、回転率は速い。
仕方がないので、食後に休む暇もなく、店を後にした。
「めっちゃよき! じわるわー、これ」
「それなー」
相変わらず、杏と京香が意気投合している横で、
「そうだ。口直しに、ついでだからアイス食べに行こうか?」
蛍が提案していた。ちょうど昼過ぎになり、太陽が南に上がり、気温が高くなってきており、暑い陽射しが降り注いでいた。
「りょ。高原でおけ?」
「うん。いいっしょや」
ギャル語で話し、北海道弁で返す二人。
(これは、カオスだ)
真姫は、内心、そう思って苦笑していた。
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