3. 裏道

 午前6時40分。


 二人は出発する。

 10月のその日の朝は、少しだけ暑さが落ち着いてきており、涼しくて快適な秋晴れの快適なツーリング日和だった。


 バイクには慣れている、京香がPCXで先導する。

 スクーター特有の静かな駆動音が発せられるが、反面、力強い加速を見せ、たちまち真姫は置いていかれる。


(速い)

 と思いながらも、真姫は無理に追おうとはせずに、自分のペースを崩さない。


 彼女は、「自分のペース」で走るのが好きなので、どちらかというと、グループよりもソロで走る方が自分に合っていると感じている。

 それでなくても、彼女は「遅かった」から。


 ただ、走り始めてから思ったことは、やはり信号機の多さだ。


 都内とはいえ、この辺りは、都心部とは違う郊外だ。にも関わらず、頻繁に信号機が現れるし、交通量こそ朝だから少ないが、たまにのろのろと遅い車がいて、しかも大半が追い越し禁止区間だ。


 つまり、元々都内は、「速く走る」ようには出来ていない。


 何とか、20分ほどかけて、ついて行くと、やがて山道に入って行き、ようやく信号機地獄から解放されて、快適に走れる区間に入る。


 真姫が、バイクに取り付けた携帯で見たところ、京香は真っ直ぐに秩父には向かっていなかった。


 こういう時に、直接会話が出来れば、便利なのに、と真姫は思っていたが、会話がかわされることなく、先導する京香のPCXについて行く。


 30分ほど経つと、山間の小さな集落のような街に入り、両脇に申し訳程度の家々と、遠くに山が見えてきた。


名栗なぐり」という地名が見えてきて、右手に小さな川が見える。真姫は初めて見る光景だった。


 京香は、やがて、信号を左折し、小さな橋を渡って、坂道を上り、ダムのような、周囲が開けた場所で、バイクを停めた。


 まだ早朝。人気は少なく、停まっているバイクや車はほとんどいなかったが、ここはちょうど、ダム湖を見下ろす堤防上になっているようだ。


「着いた、着いたー。気持ちいいー!」

 愛用の赤いジェットヘルメットを脱いで、短い髪をかき上げ、京香が叫ぶように、元気な声を上げる。


「京ちゃん、ここ、どこ? まだ秩父じゃないよね?」

 同じようにヘルメットを脱いで、真姫が尋ねると、


「名栗湖だよ。有間ありまダムとも言うけどね」

「名栗湖?」


「そう。この辺じゃ、そこそこ有名なツーリングスポットだね。秩父まではそんなに時間かかんないし、それにまだ店やってないからね。ここでまったりしていこう」

 どうやら京香は、最初からここにターゲットを合わせていたようだと、真姫は気づく。


 堤防上にバイクを停めた二人は、ダム湖を見下ろす石段に並んで腰を下ろす。

 そこからは、眼下に陽光を反射してきらめく人工湖の水と、その向こうに緑の木々が見える。


「どうよ? 初めてのツーリングは?」

「うーん。まだよくわかんないかな。京ちゃんは、お店の配達って、どこ行ってるの?」


「府中の周りかな。稲城、多摩、国立くにたち国分寺こくぶんじ三鷹みたか調布ちょうふ。まあ、大体その辺だよ」

「カブで?」

「うん。今日もカブでも良かったんだけど、あれは一応、店の物だから使うな、ってうるさいんだ、ウチの親が」

 彼女が挙げた地名は、いずれも府中市の周りにある、都内の都市名であり、住宅地が密集している都内においては、ほとんどどこが境目なのかわからない。


 同時に、常に交通量が多く、信号機も多い都内では、ミッションバイクというのは、明らかに不利になり、ストレスになる。


 そのためと、もちろん耐久性も考えて、カブでの配達をしているのだろうが、彼女はプライベートでも、ミッションバイクには乗ろうとしなかった。


「なんで、乗らないの?」

 と、真姫がそのことを聞くと、


「だって、めんどいじゃん。大体さあ。信号機が多すぎなんだよね、都内は。あと、交通量。もうアホみたいに混むからさ」

「わかるわー」


 結局、都内が、バイクにとっていかに「走りにくい」かを、しばらく延々と話していた二人。


 時間はたっぷり30分は経っていた。

 そろそろ出発してから、1時間半くらいが経ち、時間は8時を少し回ったところ。


「んじゃ、行くよー」

 彼女の先導で再び、二人の小さなツーリングが始まる。


 そこからは、わずか30分ほどの旅だったのだが。

(うっわ。なに、この道)


 真姫の前を走る、京香のPCXが向かった先は、細い山道。

 埼玉県道53号、青梅おうめ秩父線とも呼ばれる、いわば主要国道からはずれた「裏道」だ。


 実際、つづら折りの細い山道で、路面状態もあまり良くないし、街灯すらないから、夜は走るだけでも怖そうな道だ。


 初心者の真姫には、少し怖く見えて、一段とスピードを落として走っていた。

 先導するPCXは、150ccのスクーターとはいえ、加速性能が高いので、どんどん引き離されて行く。


 結局、「山伏やまぶし峠」と呼ばれる山道を越えて、国道299号の信号機の前まで行って、ようやく信号待ちをしている京香に追いつく真姫。


 京香は、ジェットヘルメットのシールドを上げて、

「遅いよ、真姫ちゃん」

 と、少し不服そうに言ってきたが、


「んなこと言ったって、しょーがないじゃん」

 真姫は、真姫で無理はしたくないのだった。


 信号が変わり、主要な国道299号に入ると、流れが多少早くなる。

 交通量は多く、東京方面から秩父に至る主要な交通路のため、常に混んでいることが多いが、朝早いこともあり、まだ道は流れていた。


 しばらく行くと、道の駅果樹公園あしがくぼと書かれた看板が目に入り、その入口の信号機を左折して、京香はPCXを停めた。


 周りには、すでに数多くのバイクが溢れていた。


 ここは、秩父に至る玄関口。週末はいつも混み合う。

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