第二十一話 風は躍り焔は猛る
オズワルド急増闘技場にて始まったレイシアチームとガルドロフチームの戦い。
ネルスの策略によって三者三様の個人戦へと変えられ、試験の趣旨をこれっぽっちも考えていないような展開だったが、意外なことに教師からの評価はそこそこよかった。
「いやはや、初戦からこれとは思い切ったことをしますな」
「ええ、ですがこれも想定内」
「いかにも。そもそもこれまで生徒たちは個人技を磨くよう教えてきましたからな。それを一週間やそこらで矯正できるとは学園長も思ってはおられますまい」
教師たちも学園長からの発案による今回の試験内容の変更には急すぎるものを感じていた。
魔物の脅威は広く、それに当たる人員は王国に所属する魔法士だけではとても足りない。
現地の状況によってはそれまでと全く異なる人員と組むこともあるのだ。
だからこそ、一人一人の力量を高める教育がこれまでの常識だったのだ。最初の段階から下手に連携を学ばせるよりも、まずは一人で戦えるようになる方が先決と、これまでの長い歴史が物語っている。
だからといって彼らは今回のことについて不満はない。今までの自分たちが教育してきた生徒たちならば、この程度のことは乗り越えられると信じているからだ。
「ガルドロフ側は前情報に踊らされた形になりますかな」
「そう見ていいでしょう、その証拠にここまで相手の良いように場を動かされている」
「お互いの最大戦力をぶつけ合い、自分たちは相性のいい方と戦う。これもまた戦略というもの」
「然り」
「上手いものだ」
教師陣が褒め称える視線の先で、生徒たちの歓声を浴びながら戦火を撒き散らす魔法士たち。
始まったネルスとヘイツの戦いの裏では――
「ブッ飛ばせ――《
「ヌルいわ――!!」
一番始めに直接対決を始めたユーリとディーチモ。堅牢な防御を誇るディーチモに対し、優位属性となる風の魔法で攻め立てるユーリ。
触れた瞬間爆発する風の玉によってディーチモの体を覆う土鎧をひっぺがそうとするユーリ。
それを両腕を重ねることで爆発の衝撃ごと防ぎきるディーチモ。
彼も最初は石畳を砕くなどをして投石のような攻撃をしていたが、ユーリには効果が薄く徐々に身を固める戦法へと切り替えざるを得ない状況へと陥っていた。
「そらそら、こんなもんじゃないぜーー!!」
風の
更には――
「もういっちょ――《上昇気球》!!」
――この魔法を発動している場合でも、他の魔法を使うことが出来るのだ。
本来なら難しいとされる二つの異なる魔法を発動させる技術――【同時詠唱】
これと同じようなことが出来るのがこの《疾走具足》という魔法であり――所謂”補助魔法”に分類される魔法である。
魔法そのものには攻撃力はなく、各属性の特色にあった能力を向上させるだけのこの補助魔法、ユーリはその卓越した魔力制御の技術によって人より長くこの効果を持続させることが出来る。
そのために本来ならある補助魔法の”弱点”――魔法の効果が切れ、掛け直す時に生じる隙が他人と比べて極端に少ないという利点はこの戦いにおいても大きな優位を生み出していた。
「ぬぅぅ……」
縦横無尽に戦場を駆け回り、強力な爆発による衝撃は少しづつだが確実にディーチモの魔法具へと負荷を与えていた。
罅の入り出した魔石の状態にこのままではじり貧、ユーリの圧倒的”動”に対して亀のように縮こまるだけでは敗北も必至と冷静に考えるディーチモ。
彼は全身に降り掛かる爆撃の中、静かに反撃の機を待つ。
◇
――そしてもう一方。
”レイシア=スカーレッド”――対――”ガルドロフ=バーンリングス”
今回の試験において一番の注目株ともいえる者同士の戦いは正に”動”と”動”――単純な力のぶつかり合い。
「おりゃぁあああ――!」
自身が扱える上限十の炎の
「無駄だぁああ――!!」
それを手に持った長剣によって弾き、時には切れ込みを入れ損傷させるガルドロフ。
その剣には業火が灯り、彼が剣を振るう度に円を描くような炎の軌跡が描かれる。
「そいつはもう俺に通用しねぇと前から言ってんだろうが――!」
幾度となく戦ってきた二人にとって、お互いの使う魔法、戦術は既に慣れ親しんだものだ。
相手がどういう攻撃をしてきて、それがどう対応されるかなど
手に取るように分かる。
「テメェは――これで詰むってよぉおおーー!!」
レイシアの炎刃を振り払いながらそう叫ぶガルドロフ。彼の周囲ではその過程で生み出した輪炎はその場で消えることなく、しっかりとした形をもって数を増やしていく。
「――《
家名そのまま――バーンリングス家の相伝魔法――。
それは幾重にも重なる炎の輪。
その有り様はまるで重装歩兵が盾を並べるが如し光景。複雑に組み上げられた紋様が迫り来る炎刃の侵入を許さない。
広がるガルドロフの支配領域、必然的に開く両者の距離。
更にその状態からでも彼は相手に攻撃出来る手段があった。
「――《
そう唱えるなりガルドロフの長剣に灯る炎が形を成す。
それは小さな輪炎――長剣の腹に交互に浮き上がり、
「――ッシ!!」
――刺突の勢いによって、連なる輪炎がそこから勢いよく前へと飛び出す――!!
「――っくぅ……!」
狙われた先のレイシアへと真っ直ぐに伸びる炎の輪は、彼女の操る炎刃に勝るとも劣らない熱量を誇る業火の刃。
揺れる炎の先にまで油断できない威力が込められたこれを跳躍し何とか避けるレイシア。
その表情は戦いを楽しむ彼女にしては厳しく彩られている。
それもそのはず。
以前レイシアに破れてから不断の努力を重ねることによって難易度の高いはずの【同時詠唱】を難なく操るまでになったガルドロフ、彼女はこの戦術に前回の戦いで敗北を喫したのだから。
「舐めんじゃないわよ――!」
堅牢な盾の間から伸びる輪炎は再びガルドロフの長剣に装填され、続けざまにまたレイシアへと迫る。
だがそれは彼女にとって最も警戒していた展開だ。
それの打開策を持っていない訳がない。
目前に迫る輪炎の刺突を見据え――
「――《
――そしてそれを、腕に装着した炎刃によって逆に切り裂いた。
「ちぃ……」
その光景に思わず舌打ちが出るガルドロフ。
相手が対応してくることなど予想の範疇だったが、こうも極端な手段を選ぶとは――脳裏に浮かぶ悪態とは逆に、彼の口は好戦的に笑みを浮かべる。
戻した輪炎を補充し再度その切っ先をレイシアへと突きつけるガルドロフ。
迂闊な一手が敗北を招くのを敏感に感じ取っていた。
「――縮こまってる相手をどうするか、そんなもの手段は一つしかないでしょ」
そうして待ち構えるガルドロフとは裏腹に、ようやく一矢報いた形のレイシアは機嫌を取り戻したように明るい表情を見せている。瞳は爛々と輝き、腕の振り払いで発生した風がたなびかせる髪は彼女の偉容を際立たせる。
「意味のない攻撃に費やさず、逆に力を纏め上げて突破する――簡単なことよね」
両腕に装着した緋色の刃――それぞれが元の五割増しの大きさであり、その内に込められた魔力は一本につき五倍。
文字通り五本の刃を纏めたその大炎刃を手に、彼女は敵へと体を傾ける。
「――やっぱり私、力ずくってのが性にあってるみたい」
――前傾姿勢そのままに、突撃していく紅の少女。
――焼け焦げた色の男はそれを迎え撃つ
――二人はこの時、同じような、恐ろしいまでの笑顔を浮かべていた。
チーム対抗戦第一試合。
それは確実に、終わりへと向かっていた。
だが、悪意はただで負けることをよしとする訳がないのは、どんな時代でも同じである。
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